8.青春継続中
一瞬でもイシューなんぞに見とれるなんて、どうかしている。
私はヤツが今までにとったムカつく態度を逐一思い出し、胸のときめき(?)のようなものを追い払うことに成功した。
さっきのはあれだ。美術工芸品を見たら感動する、的な。イシューって顔立ちは綺麗だし。
じゃなければつり橋効果かプラシーボだかビックリ箱だか、とにかく気の迷いみたいなものに違いない!
だってイシューは私と友達になりたい、と言ったのだから。私の返事を待たないで、ヤツは歩き出してしまったけれど。
この国の服装というのは、ツナギ、絨毯、それからジャラジャラした装飾品の全てが揃っているのが当たり前なのだそうだ。というわけで、休憩を終えた私たちは装飾品を扱う露店を覗いていた。
金や銀のキラキラした腕輪、大振りの石が嵌ったリング、細かい意匠が施された木製のイヤリングなど、種類や材質さまざまなものが並んでいる。何とも言えず綺麗なものばかりでワクワクしてきた。飾り物ってテンションあがるよね!
イシューは店先にしゃがみ込んで、私のためにあれこれと物色してくれている。
さっきの短い問答でヤツの緊張はすっかり解けたようだ。こちらとしては非常に有難い。いつまでもぎくしゃくした空気なんて耐えられないもの。
ていうか『スキンシップしまくる』と『緊張して甘酸っぱい空気』の二点が解決されたら、イシューってけっこう良いヤツだ。見ず知らずの私を一応助けてくれたし、服とか買ってくれるし。
まあそれを帳消しにするくらいイヤミでむかつくけどな! ……しかし、ちゃんと話せば案外いい友人になれるかもしれない。
なんかイシューに対してすごく楽観的というか、友好的になってる気がするけど、まさか服やら装飾品やらでつられているわけじゃあるまいな、自分……。それどころかまさかカッコイイとか思っちゃったから……いや、それはない。もしそうなら、いっそ死にたい。男の趣味悪すぎるだろ。
イシューはめぼしい品を物色し終え、店の人と値段の交渉をしている。
うーん、それにしても。
「さっきから気になってたんだけど、イシューって王子さまのくせに買い物とか慣れてるよね」
交渉は上手いこと成立したらしい。銀の腕輪、ガラス細工のベルトと交換に代金を払うイシューに声をかけると、ヤツはニヤリと笑った。
「おー、慣れてるぞ。俺は不良だからな。よく抜け出して街で遊んでたんだ」
「あ、やっぱそういう感じなわけね……」
「社会勉強ってヤツだよ」
店から離れ歩きながら楽しそうにうそぶく。お城なんて見たこともないが、こりゃお城の人たちは散々苦労させられたことだろう。ナシロも含め。
まだ見ぬお城の人たちに同情していると、イシューの腕が目の前に突きつけられた。買ったばかりの腕輪とベルトだ。
「ちょっと寂しいがとりあえずこれだけ着けとけ」
「あ、ありがと」
さすが、というべきか、イシューの見立てた品はあっさりと上品且つ存在感のあるもので、今着ている紫絨毯だけでなく、買った服全てに似合いそうだ。
しかし、この世界に馴染むためとはいえ、こんなチャラチャラしたものを王子様(血税)に買ってもらって、本当にいいんだろうか……。うーむ。でも、値段交渉もしてたし、さすがに露店で売ってるだけあって、さほど高級なものではなさそうだ。お世話になってもいいかな……。
少し悩みながら受け取ると、イシューは
「あとこれも」
と付け足し、首から下げていた金色のネックレスをはずして寄越した。受け取ってみてぎょっとする。
ネックレスは露店で買った腕輪やベルトとは比べ物にならないほど高価そうで、ずっしりと重い。いかにも本物の金ですよ~というオーラを纏っている。
さすがにこれはちょっと……。
私は慌ててネックレスをイシューに突き返した。
「これってだいぶ高いんでしょ? 持ってるの怖いからいいよ、それにイシューのだし」
「え? いや、別に……今更かまわんだろ」
「構うよ! てか今更って何が今更なんだよ!」
いくら下町に慣れてても、やっぱり王子様(贅沢三昧)の金銭感覚は狂ってんな!
イシューは困ったように私の胸元を指した。
「だってそれ、俺のだし」
え?
それ? 何が?
恐る恐る下を見るとオバチャンから「上等だねぇ~!」と評された紫絨毯が目に入る。そして私は気付いた。
「えっ、これナシロのじゃなかったの!?」
「俺のだよ! お前がその……砂漠で、気ィ失ったから、風邪でもひくと悪いと思ってさ」
そ、そうか……。まさかこいつがそこまで親切な振る舞いをするとは思わなかったので、ナシロの絨毯だとばかり。
「ごめん、勝手に着ちゃって。すぐ返そうか?」
「いい」
イシューはなぜかもじもじと落ち着きのない様子で視線をさ迷わせている。
しかし、返さなくていいってコレ血税で買った高級品ですよね!? 汚しても弁償とかできませんよ私。 ていうかさっき既にライチ風ジュースちょびっと零しちゃったんだからな! あとでナシロに謝ろうと思ってたんだからな!
やばいやばい、と焦りつつシミの確認をしていると、
「俺のだけど、やる」
ぶすくれた様子でイシューが言った。
え? やる? この高級品を? なんでまたそんな大盤振る舞いな。
びっくりして顔を上げると頬を赤らめたイシューと視線が合った。
ええと、これも夕日のせい……なわけがない、辺りはそろそろ薄暗くなってきている。えっ、なんで?
「その。よく、似合ってる、と、思う」
叩きつけるようなぶっきらぼうな声。イシューはそれきり顔を背けてしまった。耳が、妙に赤い。
えーと。
ええーと。
イシューは素直じゃないなあとか、ああだからさっきのおばちゃんとこでも態度おかしかったのね~とか色々思うことはあるけど、一つだけ。
どうやら私は大きな勘違いをしていたらしい。
『スキンシップ過剰』の危機は去っても、『甘酸っぱい青春』フラグは折れてなかったのだということを。
……イシューとの友人づきあいは前途多難そうだ。
*******
それから微妙な空気を継続しつつ、身の回り品購入行脚は続いた。日はとっくに沈んでいて、物売りの露店も殆ど撤収してしまっている。
必要なものを買い集め、最後にサンダルを購入したところでタイミングよくナシロが現れた。
「イシュー様、天秤、お待たせしました。お買い物はお済みになりましたか?」
ニコニコと微笑むナシロ。会いたかったよお母さん! しかしこの街広いのによく見つけられたな。
ナシロは私の荷物をごく自然な動きで受け取ってくれた。けっこう重くなってきたところだったので助かる。
何より助かるのはこの青春真っ只中の王子さまと二人きりじゃなくなるってことですけどね!
気まずかったのはイシューも同じだったようで、さっきまでの態度はどこへやら、急に元気になっている。ほんとお母さんに会った子どもみたいだな。
「買い物なら丁度終わったところだ。でも遅いぞナシロ。何してたんだ」
「すみません、ちょっと医者のところに行ってまして」
「え、どこか悪いの?」
思わず尋ねると、ナシロが困ったように笑った。
「いえその……」
「顎か?」
イシューに指摘され、見てみるとナシロの顎に湿布のようなものが貼られている。アゴ? え、それってもしかして……。
「ははあ、さっきの石頭が効いたか」
イシューが意地悪く言った。
さっきの、ってパラウマの上で目を覚まして、ナシロの顎に頭ぶつけたときのこと……だよね。
うわあああ、やっぱり!?
なんかあの時凄い音したもんね、そりゃ腫れたりするよね!
「ご、ごめんナシロ」
「いいんです、たいした怪我じゃありませんから」
「そーかあ? 丈夫なのが取り柄のおまえが医者にかかるなんて、よっぽど痛かったとしか思えないけどな」
「ひいいい! ほんとごめんなさい!」
「大丈夫です、私が大げさにしすぎてしまっただけで、医者にもすぐ治ると言われましたし。お気になさらないでください」
「ナシロ……」
ほんとごめんナシロ。痛かっただろうにむしろ私を気遣ってくれるあなたは本物のお母さんより温かい存在だよ……。
「いやー石頭は怖いなー」
それに引き換えあなたの息子は最低だよ、どんな教育したんだよホント。本気で落ち込む私をよそに、ケケケと笑うイシュー。
むかつく。まあ緊張状態じゃなくなったのはよかったけどさ! 三つ編みは引きちぎっておくべきな気がする。
――それにしても、仮にも王子様のお付きの人に、怪我なんか負わせて大丈夫なのか、私?