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6.わからない男

「だから違うって言ってるだろ!」

 イシューは顔を真っ赤にして声を荒げていたが、おばちゃんの含み笑いに軽くいなされてしまった。

「恥ずかしがんなくていいんだよ、ほら、これとかどうだい」

「恥ずかしがってなんかない!」

「あんたホントに照れ屋だねえ。あんまり強情はってると彼女に嫌われるよ。さあ、どれがいいかね、これもこれも、彼女美人だからきっと似合うよお」

「かっ、かの……いや、だからだな!」

 おばちゃんはゆったりした口調とは裏腹に、目にも止まらぬ速さで赤やら緑やらの布を広げていく。実に商魂たくましい。イシューも頑張ってはいるがこれでは何時間かかっても誤解は解けないだろう。どうやらおばちゃんには敵わない、というのはどこの世界でも共通のようだ。

 あまりいい気はしないが、この場では無理に誤解を解く必要もなさそうなので、私はイシューの肩をぽんと叩いた。

「もういいよイシュー、ここはとりあえずそういうことにしといて、さっさと用事を済ませよう」

「は!? でもお前、嫌なんじゃないのか?」

「そりゃ、別に嬉しくはないけど、この場限りのことだし」

 イシューは妙な顔をした。

「そうか……まあ、お前がいいなら」

「さあさ、どれにするね?」

「あー、と。そうだな……」

 おばちゃんの促しに応じて、イシューは色とりどりの布の前に屈みこんだ。憮然とした表情はそのままだが、頬の赤みはいつの間にか引いている。

 うーん、なんだかよく分からないヤツだ。


 結局、イシューが選んでくれたのは桃色、深緑、橙色の三枚だった。どれも金やら銀やらの糸で細かな刺繍が施されており、高級そうな一品だ。個人的には深緑色が気に入った。これは唐草模様にも龍にも見える、絶妙なバランスの柄が縫い付けられていてかっこいいのだ。イシューはその下に着るスカートとズボンも二枚ずつ買ってくれた。そっちは思ったとおり、サイズは関係ないらしい。しかし、異世界でも新しい服を買うとわくわくするもんだね。

 買うものを決めるとその場で着付けてもらうことにした。初めての衣服だから勝手が全然分からないし、教えてもらおうにもナシロやイシューに着替えを手伝わせるわけにはいかないからだ。

 おばちゃんに連れられて試着スペースに行こうとすると、イシューがこっそり言った。

「言い忘れてたが、その異界の衣装、見つからないようにしろよ。ばれたら騒ぎになる。お嬢さん育ちで自分で脱ぎ着できませんってことにして教えてもらえ」

 紫絨毯を被らされた時から薄々感づいてはいたが、どうやらこっちの世界にとっても異世界人は珍しいものらしい。いろいろめんどくさい。

 おばちゃんの露店は奥に木箱が積んであり、そこで着替えができるようになっていた。紫絨毯の下に着ていた制服はなんとかバレないように片付けて、スカートの方を着せてもらう。ワンピースのように頭から布を被って、右肩のところであまった布を結んで……うん、思ったより簡単に着られるみたいだ。

「大きさはこれで良さそうだね。じゃあ今度は上か。どれがいいかねえ」

 おばちゃんは買ったばかりの三枚を見比べていたが、ふと私が手に持っている紫色の絨毯に目を留めると、ぽんと手を叩いた。

「あんた滅茶苦茶な着方してたけど、その紫のもよく見りゃ一級品じゃないか。夕方から新しいのを卸すのもなんだし、それでやってあげよう」

 おばちゃんは紫絨毯を取り上げると、あっという間に私の体に巻きつけ始めた。うーん、これ多分ナシロのだから返さなきゃいけないんだけど……まあいいか。ナシロには悪いけどしばらく借りさせてもらおう。


 しばらくごちゃごちゃと結んだり引っ張ったりを繰り返した後、おばちゃんは満足そうに私の全身を眺めた。どうやらこれでできあがりらしい。絨毯を巻く工程はちょっと複雑だったが、多分、次は一人で着られそうだ。

「まー、思ったとおりよく似合うね。あんたはえらく肌が白いから、濃い色が映えるよ」

 鏡に映る自分は、今やどこからどう見ても異世界の住人だった。

 白い生成りのスカートに紫の布を重ね、余った部分が右肩からだらりと垂れ下がっている。つまりイシューたちとお揃い、というわけだ。しかし慣れないと腕に垂れ下がってる部分邪魔だな。

 おばちゃんにお礼を言って外に出ると、イシューは店の前の木箱に座って暇そうに通りを眺めていた。

「お待たせ、イシュー」

 後ろから声をかけるとヤツは振り向き、あんぐりと口を開けて硬直した。

 なんかもう慣れてきたけど、やめろよそういう青春っぽい反応。

「お、お前それ」

 何が原因だか知らないがイシューはしばし口をぱくぱくと動かし、急に背を向けて立ち上がった。

「終わったならもう行くぞ!」

「は? ちょ、ちょっと待ってよ」

「またどうぞ~」

 こうして私たちは逃げるようにおばちゃんの露店を後にしたのだった。



 雑踏の中を早足で歩きながら、イシューの背中を見失わないよう目で追う。

 ちくしょう、仮にも女の子連れなのになんてヤツだ。

 本当にワケが分からない。

 急に距離を縮めてきたかと思えば、おばちゃんにからかわれるだけで真っ赤になったり、ムキになったり。

 今みたいにマイペースに行動したり。

 男友達はあんまり多いほうじゃないけど、イシューぐらいの年頃の男の子って皆こんな感じなんだろうか。いやいやそんな馬鹿な。

 だいたい、と歩きながら私は思う。

 だいたい、イシューの見た目はそれなりに格好いいのだ。それこそ年頃の女の子にわあきゃあ騒がれそうなくらいには。すらっと伸びた足、やたらと綺麗な髪の毛、ちょっと生意気そうだけど整った目鼻立ち。それでいて本人の言を信じるならば王子様なわけで、私よりは多分年上。このハイスペックぶりなら女の子と遊び慣れてて良さそうなものなのだけど。

 でもイシューと接してみた感じ、その辺りはどうもウブな印象を受ける。でなけりゃちょっと店のおばちゃんにからかわれたくらいで、あんなにムキになるはずがない。

 もしや深窓のお嬢さん育ちならぬお坊っちゃん育ち? いや、それにしては下町を歩くのが上手すぎるしな……。

 ただ、私はイシューが王子様かどうかは置いておいて、身分の高い人物なのは間違いないと踏んでいる。すれ違う人々の装いを見れば、ヤツやナシロの身なりが格段に立派なのはすぐ分かったし、私の服もぽんと買ってくれたし。(そういえばもし本当に王子様ならこれって血税ってやつ?) それに初対面の相手に対するこの偉そうな態度、そこそこの地位がなければ身に付かないんじゃないか? だって普通こういうヤツは生意気だって殴られたりすると思う。いや私が殴りたいだけだけど。

 それに輪を掛けて意味が分からないのが私のことだ。

 イシューとナシロは初めて会った私のことを天秤と呼んだ。それがどういう意味なのか、なぜ私がそう呼ばれるのかは全く分からないが、彼らにとって天秤は何か特別な意味を持つものらしい。そして私が天秤だから、イシュー王子さんは出会ったばかりの私を相手に甘酸っぱい何かを撒き散らし続けていると。

 ……あー、ダメだ、どうしても『天秤』から『青春』に繋がる過程が理解できん。言っておくが私は異世界で出会った王子様に突然一目ぼれされるような、そんな素晴らしい容姿なんぞでは決してない。プロポーションも顔も十人並みだ。恋愛経験も……女子高生になったことだしこれからする予定だったんだよ! といいつつ初めての夏は何事もなく終わってしまったんだっけ。むなしくなってきた。

 だから男の子にこんなに近づかれたり、分かりやすくソワソワされるのは初めてのことで。余計にわけがわからないのだ。一体ヤツの感情はどういった論理に従って動いているのだろうと。

「おい」

 うーん考えてもわかんないなーなどと唸りながら歩いていると、立ち止まったイシューの背中にぶつかった。

「わっ」

「ぼけっとしないでちゃんと前見て歩いとけよ」

 呆れたような声。くぅ、確かにぼーっとしてたけどいちいち本当にむかつくヤツだな! むっとして見上げると、イシューは何故か緊張したように言った。

「ちょっと休憩してくか、ナシロがいないうちに話しときたいことがある」



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