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17.甘い宴

 村長は「何もありませんが」と言っていたものの、夕食は村をあげての宴会だった。ささやかな広場の中央と四隅に篝火を焚いて、火を囲むようにして砂地の上に敷物が並べられている。その中でもとても目立つところに私たち「王子様ご一行」は座らされた。

 はっきり言って苦行だ。村民のみなさまのキラキラしたまなざしに晒されているためである。宴ということもあって村の人たちは歌や踊りなども披露してくれているのだが、あまり集中できない。ピーヒャラドンシャンアイオエオボエーなどという音がどこか遠く聞こえる。でもそれはたぶん村の人たちも同じだ。踊ってる人じゃなくて私たちの方をガン見してるもの。

「つまらないものですけど、よろしければお召し上がりください」

 女の人たちが休む間もなく交代で料理を運んでくる。にこやかな口調の陰には純粋な歓待の気持ちの他に私たちに対する興味が見え隠れしていた。もちろん、王子様の嫁候補に対する関心である。


 まあ、そうなりますよね。あれだけ村長の話が筒抜けてたらそうなりますよね。


 身から出た錆とは言え心底後悔しつつ、私はなるべくイシューから身を離してナシロの後ろに縮こまっていた。だって、みんなの視線痛い。


「ナツキ、この魚うまいぞ」

 一方イシューはというと、いっそ殴りたくなるほどにマイペースだった。もしゃもしゃと串焼きの魚を食べる阿呆ヅラが、篝火でオレンジ色に照らされている。幸せそうだ。さっきまで疲れた顔をしていたくせに、食事が出てきた途端こうである。この意地汚さ、本当に王族か? 呆れ顔でイシューを見ると、目が合ってニコッと笑われた。

「なんだよ、遠慮してるのか? おまえ女にしては結構食べるほうだろ、ほら半分食うか?」

「うるさい、ちょっと今話しかけないで」

 イシューが魚を持ったまま身を乗り出してきたので、私は逃げるようにのけぞった。


 ああ、感じる。視線を感じるよ。村のおばさまがたの好奇に満ちた視線を。


 私はイシューやナシロと違って他人に注目されることに慣れていない。だからこうして宴の真ん中に座らされるだけでも苦痛だというのに、このうえイシューの嫁候補疑惑のせいで一挙手一投足、奴とのやりとりの隅々まで村の皆様に見張られていると思うと本当に気が滅入ってしまう。

 しかしイシューは私の気持ちになど全く気付いていない様子で、かえって大きな声をあげた。

「お、お前な、こっちが気を使ってるのにそういうこと言うか」

 ちょっと涙目になっている。どうやら私の返事が冷たすぎて傷ついたらしい。分かりやすすぎる。こいつの幼稚園男児並のメンタルはもう少しどうにかならないのか。

 イシューが噛みつきそうなくらい体を乗り出してくるので、人目も気になって、私は一層身を縮めた。

「いや、ごめん、だけど本当、今はちょっと……わっ」

 ふいに背後から大きな手が伸びてきて私の肩をそっと抱いた。優しいけれど力強い。ナシロの手だと気づいたときには、私はすでに彼の方へ引き寄せられていた。

「殿下、あまり大きな声を出されては。慣れない旅でナツキ様もお疲れですから、食欲がないのですよ。ですよね、ナツキ様」

「え、あ、うん」

 私は肩を抱き寄せられたことに自分でも意外なほどドギマギして、ナシロの顔を見上げられないままうなずいた。

 お母さん、ナイスアシストなんだけど、なんだけど。


 ナシロが私のことを天秤ではなくナツキと呼ぶのは、夕方、イシューがいない間に取り決めたことだ。王都に着くまでは騒ぎにならないよう、なるべく私の正体は隠した方がいいという。確かに、天秤というのがこの世界の人たちにとってサンタさんレベルの存在なのだとしたら黙っていた方がいいと私も思う。

 天秤以外の呼び名で私を呼ぶとしたら、それはもうナツキと呼んでもらうしかない。イシューがそう呼んでいる以上、まさかサワムラさんというわけにもいかないだろうし。だから頭の中ではわかっているつもりなのだけど。

 だけど、と私は心の中で呟いた。

 ナシロのやたら整った顔で、妙に色っぽく微笑む視線に射抜かれてからというもの、どうにも落ち着かないのだ。特に名前を呼ばれると。

 俯いたまま戸惑っていると、イシューが微妙な表情を浮かべ、もごもごと答えた。

「あ、そ、そうなのか。なんだよ、そういうの早く言えよ」

 イシューはナシロが私を名前で呼ぶのを初めて聞いたときから何だかおかしい。「えっなんで名前で呼んでるの!?」という疑問があからさまに顔に出ているのだが、何故か尋ねてはこない。これはこれでとても面倒くさい。少し怯えているようにも見える。なんなんだ幼稚園児。

 イシューはわざとらしい咳払いを一つすると、気を取り直したように言った。

「先に休んでろと言いたいところだが……」

「ええ、ですが殿下のそばを離れるわけにも、ナツキ様をおひとりにするわけにもいきません」

「だよな。せっかくの宴を途中で抜けるのも失礼だろうし、悪いがナツキ、もう少し辛抱できるか?」

 話している間もナシロの手は私の肩に乗せられていて、ほんのりと暖かい。うう、やっぱりなんだか落ち着かない。私は何だかよくわからないくらいそわそわしながら大きく頷いた。

「さて、食欲がないとはいえ、やはり何か召し上がらないとお体に触りますよ。果物などいかがですか?」

 ここでようやくナシロが私から離れた。いくらかほっとしてもう一度頷く。イシューの方からもほっとした気配が伝わってきたことは無視したい。

 ナシロが席を立つと、要求を察した村のおばさまの一人がすぐに果物の乗った木の大皿を運んで来てくれた。

「すみませんねえ、食後にお出しするつもりだったもんで、ちょっと失礼してここでお切りしましょうねえ」

「あ、いいんです、私がわがまま言っちゃって。自分で切りますから」

 そう言ってナイフを受け取ろうとする私の手を、戻ってきたナシロの手が上から遮った。

「いえ、私がやりましょう。お借りしますね」

 柔らかく、けれど有無を言わせない力強さで言い切ってナイフを受け取り、ナシロは私に顔を向けた。


 広場中央の篝火がナシロの横顔に映えてゆらゆら揺らいでいる。炎を映すナシロの瞳は昼間とは違う不思議な深い煌めきを湛えていた。妙な色気さえ感じる。

 イシューの顔もむやみやたらと整っているが、内面の幼さが筒抜けの残念美形とは違い、ナシロのイケメンぶりは全く大人のそれだった。隙がない。じっと顔を見られるとなにも考えられなくなるくらい、綺麗だ。


「ナツキ様? どれを剥きましょうか?」

 声をかけられてはっとした。つい見とれてしまっていたらしい。私は一瞬にして顔に血が上るのを感じた。

 お、お母さん美人すぎるよ!

 果物を運んできてくれたおばさまが「あらまあ」と笑い含みに呟く。あああ、気まずすぎる。

「パッ、パチェッ」

 突然イシューが横から奇声をあげた。ヒッ、いきなり何言ってるんだこいつ。しかしナシロもおばさまも特に驚く様子はなく、大皿から茶色い拳大の木の実を取り上げた。

「パチェですか?」

 どうやら奇声ではなくて木の実の名前だったらしい。イシューが得意げに言い放った。

「そうだ! ナツキはパチェが好きだからな!」

「えっ何それ初耳なんだけど!」

 つい突っ込むとイシューは片眉を上げて見せた。

「何言ってんだよ、昨日、果汁をずいぶん気に入ってがぶがぶ飲んでたじゃないか」

 言われて思い出すと、どうやら昨日ルーパの広場で飲んだライチっぽい味のジュースのことを言っているらしかった。

 ……確かにあれは美味しかったけど、イシューが私の好きな果物把握してるって、なんか、イヤだ。


 私たちのやりとりを見ていたおばさまがまあまあと嬉しそうに手を組み合わせる。

「イシューさまはずいぶんナツキ様を大事になさっておられるのねえ」

 ほらきたこういう勘違い。そのタネを探すためにさっきからおばさんたちが入れ替わり立ち代わりで食べ物を運んできているというのに、イシューのあんぽんたんめ! 軽くにらむと、奴もようやくミスを犯したことに気付いたのか、顔を真っ赤にして慌てている。ええい、頼むからそういう反応やめろ。

「ち、違、これは偶然昨日二人でいたときにパチェのジュースを飲んだせいでだな」

「墓穴だよ! イシューそれかなり深い穴だよ!」

 疲れて元気がないという設定も忘れて私はイシューに噛みついた。案の定おばさまは嬉しそうだ。

「まあお二人で。 睦まじいのですねえ」

「「睦まじくないっ!」」

「ナツキ様」

 イシューと揃って叫んだところにナシロの柔らかな声が投げかけられた。つられて顔をそちらに向けると口にそっと何かを押し込まれる。反射的にくわえて気がついた。


 私は今、切り分けたパチェの実をナシロの指ごと口に含んでいる。


 フリーズする私とたぶんイシューをよそに、ナシロは私の唇からゆっくりと指を引き抜いて、少し首を傾げて微笑んだ。

「美味しいですか?」

 お、おいしいですかって、そんな、とりあえず、甘いけど。

 びっくりしすぎて咀嚼する事も忘れ、私はナシロを凝視してしまった。ナシロは照れたように笑う。

「すみません、切り分けたものを置く皿がなかったもので、そのまま差し上げてしまって。あ、もう一切れいかがですか?」

「い、いいいいいえもう充分ですっ!!」

 ナシロが当たり前のようにもう一切れ切り分けようとしたので、私は大急ぎで首をぶんぶん横に振った。

 何だ今のは。いやもしかしてこの世界の文化か何かか!?

「おい何だ今の!?」

 イシューが叫んだ。どうやら文化とかではないようだ。

 少し離れたところで村人たちからおお、とかいうどよめきが聞こえてきた。みなさま今の私たちのやりとりを御覧になっていたらしい。は、恥ずかしすぎる。

 ナシロはそんな周囲の騒ぎを全く意に介した様子もなく、私の口に突っ込んだ指を布で拭っていた。ちょっと安心した。もしその指を舐めて「甘いですね」とか言われたらどうしようかと思っていたところだ。

 ……いや言われなくてもどうしようだよ! 何なの今のは! 天然なの!? ナシロは天然さんだったの!?

 ナシロは上機嫌におばさんに話しかけた。

「このパチェはしっかり実が詰まっている。今年の実りは良いようですね」

「ええ、おかげさまで。……ところで、ナシロさまもとうとう実りの季節をお迎えになったのでは?」

 揶揄するようにおばさんが言うとナシロはやっぱり照れたように、少しだけ頬を赤らめて笑った。

「いえ、まだまだ。これからですよ」

 おおっと……。

 否定しているのかしていないのか微妙な返答だ。村人たちのどよめきがますます大きくなった。恥ずかしいので私としてはできればはっきり否定しておきたいところだけど、ナシロの言葉に重ねて何か言うとかえってわざとらしくなりそうで怯んでしまう。

「お、おい! ナシロ、俺も」

 イシューが村人のどよめきに割って入るように声を上げた。

「いや、その、だな。器も串もないなら確かに切ってそのまま渡すしかないわけだし、だったらつまり俺がパチェを切ってやった場合」

「あ、殿下もですか。どうぞどうぞ」

 ナシロは流れるような速さでパチェを一切れ剥くと、私に食べさせたのとは反対の手でイシューの口元へ運んだ。

「おいしいですか」

「うん甘い。……いやまて、なんか違う!! なんか違うだろう!」

 騒ぐイシューをよそにナシロはにこにこと嬉しそうだ。やっぱり天然か、と思いかけた私に、ほかの誰にもわからないようにこっそりとナシロがウインクをしてみせた。私の背中を冷や汗が一筋流れた。

 ……完全に計算でやってるじゃないですか、お母さん。


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