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16.勘違い集落

 人の良さそうなおじさん――もとい、その集落の村長さんの家に招かれた私達は、必死で弁解をしていた。応接室には長椅子がテーブルを挟んで二つ並んでいる。何故か私とイシューが並んで座り、対面に村長さん、その後ろにナシロが立って向かい合う形になっている。


「いやいや、まさかイシュー様が女性を連れていらっしゃるとは。おめでたいですなあ」

 村長はニコニコと嬉しそうだ。やめて何もめでたくない。

「いや、違うんですさっきのは! その、ちょっと仕返ししてやろうと思って悪ふざけしただけで」

「そうだそうだ、オレはコイツが歩けないっていうから、手を貸してやろうと――ナシロ、そんな顔で見るな!」

 ふと顔をそちらに向けると、ナシロが生暖かい表情で私達を見ていた。いやいや初対面の村長さんはともかくナシロまでその勘違いおかしいだろ!

「いつのまにか仲が大変よろしくなったようで、安心しました」

「なってないってば! 険悪! 険悪!」

「えっ険悪!?」

思い切りナシロを否定するとイシューが隣でショックを受けたようだったが、この際そんなことはどうでもいい。とにかく何とかして誤解を解かねば、すごく不名誉なことになってしまう。


 イシューが気を取り直した様子でテーブルをドンと叩いた。

「だっ、だいたいお前がナツキをほったらかして先に行くからこんなややこしいことになったんだぞ」

「え、ナシロは悪くないよ、そもそもイシューがつまんない意地悪するからでしょ」

「はあ!? ナツキが嫌がるから悪いんだろうが! 手ぐらい黙って繋げよ!」

「嫌なものは嫌だほ!」

「ああ! 『ほ』って言った!! 今『ほ』っつったろ!」

「『ほ』って言っただけですぅー。それの何が悪いんですかー、説明してください」

「くっ」

 いつの間にか最初のテーマからそれて、私とイシューは互いに言い争っていた。初めはナシロと村長さんのほうを向いていたはずが、今やなぜかイシューと向き合っている。イシューの顔は怒りのためか赤らんでいて、多分私も同じなのだろう。

 喧嘩している場合じゃないのは分かるが、ここまで白熱すると引くに引けない。にらみ合う私とイシューに、村長さんがホッホと笑った。


「いやあ、喧嘩するほど仲が良いというやつですかな」

「「違う!!!」」


 私とイシューの声がこの時だけは見事に揃った。




******

 それから三十分ほど弁解を続け、ようやく村長さんとナシロの誤解を解くことに成功した。もっとも、村長さんは「そういうことにしておきますか」とウインクなんぞしていたので、勘違いしたままだと思われるが。昨日の露店のおばちゃんといい、村長さんといい、中年の方々ってどうしてこう若者をくっつけたがるのだろう。

 夕食と宿は村長さんが手配してくれるとのことだったので、私達は用意が整うまでの間、外で時間を潰すことにした。別に村長さんの家にいたっていいのだが、あの微笑ましいものを見守る視線に私とイシューが耐えられなかったのだ。それから、イシューの方は他に何か用事があるらしかった。


 空は既に赤く染まり、東の空はうっすらと藍色に変わりかけている。昨日の砂漠に沈む夕日の代わりに、今日はトゥーラ河の水面が一面橙色に輝くのが見えた。まぶしくて、一瞬息を呑むほど綺麗だ。オレンジ色の光が、この集落のわずかな家々を美しく照らしていた。

 夕日の中で改めて見てみると、この村は本当に小さいのがわかる。昨日滞在したのが広い街だっただけに何か不思議な気がする。こんなに少ない世帯数で暮らすというのは一体どんな風なのだろう。家と家の間には小さな畑がぽつぽつと並んでいる。家自体も昨日ルーパで見たものに比べ貧相で、ほとんどが土壁に茅葺屋根の家だった。


 どうやらイシューたちは半年の間、この集落にも何度か訪れたことがあったようだ。村長さんの家を出た途端、小さな子どもたちがわらわらと近寄ってきた。みんな小さいペルシャ絨毯を肩から垂らしていて可愛らしい。男の子も女の子も目をきらきらと輝かせ、頬を紅潮させていた。

「イシューさま、こんにちは!」

「ナシロさまもこんにちは」

 子どもたちは手に手に花や木の実を持っていて、我先にとそれをイシューとナシロへ差し出した。みんなニコニコと嬉しそうで、イシューたちが好かれているのが分かる。ちょっと意外だ。

 イシューはその場にしゃがんで子どもたちと視線を合わせると、彼らの頭をぐりぐりと撫でた。

「おう、久しぶりだな。元気にしてたか?」

「元気でした!」

「お二人はどうですか?」

「はい、私達も元気でしたよ。どうもありがとう」

 女の子から花を受け取りながらナシロが微笑んだ。その子がぱっと顔を赤くしたのが見える。まあ、それもそうか。イケメンってのは罪深い生き物である。

 などと考えていると、私の側に寄ってきていた一人の男の子と目が合った。彼は興味津々といった顔で私を見ている。

「あのっ、あなたもイシューさまのお連れの方ですか」

 ちょっとたどたどしいけど丁寧な喋り方だ。すごくかわいい。思わず顔を綻ばせて屈みこんだ。

「うん、一応、そうだよ」

「やっぱり!」

 男の子は嬉しそうだ。しかし彼の次の一言は私を凍りつかせた。


「イシューさまのお嫁さんですね!」


 ……何で村長の勘違い広まってんの!!?


 隣でイシューも硬直したのが分かった。子どもたちは私達の気持ちも知らず無邪気なものだ。きゃあきゃあと甲高い声で騒いでいる。

「すごーい」

「すごいね」

「おきさきさまだ」

「いやいやいや待て待て待て」

 私は目の前の少年の肩をガッシリと掴んだ。無理やり視線を合わせると若干怯えた様子を見せたが、子どもに誤解を与えるのは良くない。ここははっきり否定しておかねば。

「あのね君、わたしそういうアレじゃないから」

「えっ、で、でも」

 少年は戸惑っている。……なんか、絵的にすごい悪い感じになってるな、これ。周りの子どもたちも困惑したようで、ざわざわしている。隣でしゃがんでいるイシューが、さっきまで撫でていた子どもの頭をわしっと掴んで青ざめた。

「お前らその話どこから聞いたんだよ」

「ええっ、どこって、その」

 その疑問は子どもが答えるまでも無く、すぐに解決した。


『いやーイシューさまも隅におけないなあ! ずいぶん長くお城を空けていらっしゃると思ったら、こういうワケだったとはねえ!』


 やたら響いて聞こえるその声は間違いなく村長のものだった。もちろん、見える範囲に村長の姿は無い。声は村長の家の、薄い壁の向こうからガンガン聞こえているのだった。そして私達は悟った。

 さっきまでのやり取りが完全に村中につつぬけていたことを。


「喧嘩するほど仲が良い、んじゃないんですか?」


 子どもたちのうちの一人が困った顔で言ったのが、すごく印象的だった。




「もういやだ出発したい、野宿でいいからこの村出ようよ」

 ぼそぼそと呟くように言うと、ナシロがまあまあ、と私を宥めた。さっきまで集まっていた子どもたちは皆散らばって行ってしまった。私とイシューがすごい勢いで「お嫁さん説」を否定したので怖かったらしい。仕方ないか、最後らへん、やっぱりイシューと喧嘩するだけになってたし。

 夢中になりすぎて子どもたちには悪いことをした。申し訳ない上に、これから会う村人たちの生暖かい視線を思うと気が重く、わたしはぐったりしていた。もしかしたら昨日より疲れたかもしれない。

 それはイシューも同じようで、死んだ魚のような目をしている。

「俺も出発したいけど、そういうわけにはいかないだろ……。まだ用事、済んでないし」

「あっそう……てか用事って何なの」

「や、ちょっと商談ぽいこと……。ナシロ、ナツキのこと頼むな」

 イシューは嫌々感を溢れさせながら集落のうちの一軒に向けて歩き始めた。その後姿は心なしか煤けた雰囲気を纏っている。

 ナシロが心配そうにイシューを呼び止めた。

「お一人で大丈夫ですか、殿下」

「だいじょぶだいじょぶ、それよりお前らも疲れただろ、その辺で休んどけよ」

 イシューは振り向かず、片手だけ上げてそれに答えた。若さのかけらも無い仕草だ。その背中が目的の家の中へ消えていくまで見送ってから、私はぽつりと呟いた。

「や、あいつも充分疲れきってるように見えるんだけど」

「イシューさまは強がりで格好つけたがりなところがありますからねえ」

 さらっとひどいことを言うナシロ。お母さんの厳しい側面にも段々なれてきた自分がいる。

 私は畑を囲む低い柵にもたれかかった。大きなため息を一つ。

「ていうかここの人たち勘違い激しすぎないかな。なんかもう、すっごい疲れたんだけど」

 河を渡って吹く風が気持ちいい。いっそ私のこともどこかに吹き飛ばしてくれないかな、などと考えつつ遠い目をしていると、ナシロが苦笑いした。

「初対面でアレだと、仕方ないような気もしますよ」

「うわああ! やめて! あれは私がどうかしてた!」

 パラウマから降りたあとのことを克明に思い出してしまい、私は柵に頭をガンガンぶつけた。


 イシューの腕がやけに熱かったこととか。

 なんか汗ばんでたこととか。

 ほんの少しだけ震えていたこととか。


 やけに鮮明に蘇ってきてぞっとする。

 忘れたい。いや、忘れよう。消えろ忌まわしき記憶!!

 目指せ記憶喪失!! とばかりに反動作を思い切りつけると、ナシロが慌てて私の額と柵の間に手を差し入れた。

「そ、そんなに嫌ならなぜ」

「捨て身タックルのつもりだったんだよ!!」

「捨て身!?」

 ナシロの手が私のおでこを覆っているせいで衝撃が和らぎ、逆にナシロの手がガツンと柵にぶつかる音がした。……やめよう、これ以上後悔のタネを増やすことはない。動きを止めるとナシロは少し安心したらしかった。

「ま、まあ、先ほどのことは置いておいて。ウワサになるのは天秤のせいじゃありませんよ。この辺りの方々は以前からイシューさまのその手の話に興味があるようでしたから」

 恐る恐る、といった様子でナシロが切り出す。やばい怯えさせている。ちょっと、落ち着かねば。

 私は大きく深呼吸をして息を整えると、しゃがんだままナシロを見上げた。

「なんで、そんな話に興味あるの?」

「そりゃあイシューさまはそろそろご結婚を考えられてもいいようなお年ですし、この国の王子でいらっしゃいますからね。国民の興味は多かれ少なかれ集まる話題です」

「えっ……ああ、そうか」

 ついつい自分のいた世界の常識で考えてしまっていたが、この国の結婚適齢期は日本より少し早いようだ。イシューは多分まだ十代だと思うが、年頃の王子様の結婚話なんて、そりゃあ興味の尽きない話だろう。それが珍しく女の子を伴って現れて、あんな……いや、思い出すのはやめよう。

 女の子を連れてきたのだから、邪推されても仕方ないというわけだ。

 言われてみると納得で、なんだか騒いだのが馬鹿らしくなって私はうなだれた。


 どうもいけない。これじゃ過剰反応すぎると思う

 イシューに対して、ちょっと警戒しすぎているのかもしれない。まあ、私も同年代の男子には殆ど免疫ないし、イシューはイシューで色々とアレだから仕方ないけど。


「でも、この辺りの方たちがイシューさまのことを気にするのは、やっぱり殿下のお人柄に惹かれている部分が大きいと思いますよ」

 ナシロが少し得意げに言った。

「イシューさまはここ半年でちょっとした人気者になりましたからね」

「そうなの?」

「ええ、とても気さくな方ですから」

 言われてみれば確かに、王子様だという割にはいちいち気安い性格の男だ。私はイシューのことを思い出しながら、ふうん、と相槌を打った。

「ですから、みなさんイシューさまに良い伴侶が現れるのを願ってくれているんです。それでつい勘違いしてしまったのだと思いますよ」

 イシューが、ねえ。

 それだけ聞くとなんだかものすごくいい王子様のような気がして、私は少し違和感を感じた。だって、ねえ。初対面で砂かぶってた残念なヤツだよあいつは。

 私が微妙な表情をしているのを見て、ナシロがまた苦笑いした。

「確かに困ったところもおありですけど、良い方ですよ、イシュー様は」

 ここはナシロに免じてそういうことにしておこう。


「でもさ、イシューだけじゃなくてナシロも好かれてるみたいだったけど?」

 村長の家から出たとき集まってきた子どもたちは、ナシロの名前も口にしていた。そう指摘するとナシロは嬉しそうな顔をした。

「そうですね、殿下のおかげでしょうか、良くしていただいてます」

「そんなことないよ、ナシロがいい人だから好かれるんだと思う」

 心底そう言うとナシロはますます嬉しそうに笑った。

「天秤に褒めていただけると嬉しいですね。ありがとうございます」

「いや、こっちこそありがとうだよ……。そういえばさ」

 ふと疑問に思ったことを口にしてみる。

「結婚適齢期っていうなら、ナシロも割とそうじゃないの? なんかこう、自薦他薦入り混じってモテたりしないの? あ、てかもしかしてもう奥さんいたりする?」

 だとしたらちょっとショックだ。妻子持ちだったりしたらどうしよう。カルチャーショックってやつに近い気がする。

 ナシロは今度は困ったような笑みを浮かべて首を振った。

「まさか。私はまだ……ああ、でもそういう話になることは多いですから」

 一瞬、真剣な顔をしたナシロは、すぐににっこりと綺麗な笑みを浮かべて私を覗き込んだ。

 風がナシロの黒い髪を揺らしている。澄んだ青い瞳とばっちり目が合って、私はどぎまぎした。

 ナシロの唇がゆっくりと動いて、私だけに聞こえるくらいの小さな声で語りかける。


「あなたが私の恋人だと思われる可能性もあったわけですね」


 じっと見つめられて私は自分の胸が高鳴るのを感じた。

 ず、ずるいよこれは。


 あらためてイケメンの威力を痛感し、私は慌ててナシロから目を逸らしたのだった。


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