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15.旅は波乱万丈

 砂の上をパラウマが歩く。硬い地面の上ならばカポッカポッとでも音がするのだろうが、砂漠では静かなものだ。その代わり、一歩進むたびに少しだけ砂に沈む。パラウマの鞍の上はゆらゆらと揺れて、割と乗り心地が良かった。

 ナシロが後ろでしっかり支えてくれているからかもしれない。私より一回り肩幅の広いナシロは、まるで私を後ろから包むように抱えてくれている。おかげで体は安定していて、もしも居眠りしても落ちたりはしないだろう。

 目の前の大地はただただ白く乾いていて、遠くに見える砂山の上に果てしない青空が見えた。ぐるりと周りを見渡すと360度同じ視界が広がっている。その中をぽてぽてとパラウマに揺られてゆく私達は、なんとちっぽけな存在なのだろう。日本の片田舎で育ってきた私にとっては、ものすごくスケールの大きな光景で、私はナシロの腕の間で感心することしきりだった。

 昨日は混乱していて景色を見るどころではなかったが、落ち着いて眺めるとなかなかのものだ。

 不思議なことに、砂漠だというのに気温はさほど高くなかった。だからこうして昼間にパラウマで旅しても平気なのだろう。


「この辺りは北の大砂漠と違って気候が落ち着いていますからね」

 パラウマに揺られながら、ナシロが説明してくれた。

「今、私達は南西寄りに進んでいます。もう少し行くとトゥーラ河の岸に合流して、それに沿って行くことになります。王都はトゥーラ大河の河口の程近くにありますから」

「川沿いはこの辺りと違って豊かだからな、少しはラクになる」

 斜め前を行くイシューがナシロの言葉を引き継いだ。

 それにしてもコイツ、王子のくせに旅慣れている。ナシロの話だとお城を飛び出て早半年らしいし、その間このあたりの街や村をうろうろしていたそうだから、当然といえば当然か。

 パラウマに騎乗した後姿は姿勢よく、様になっている。背中に流した細い三つ編みがパラウマの歩みにあわせてゆらゆら揺れていた。


「イシューってさ」

 話しかけるとイシューはこちらを振り返った。

「なんだ」

「出てきて半年って聞いたけど、そんなに帰らないで怒られたりしないの?」

 ナシロに話を聞いてから気にかかっていたことだった。半年と口で言うのは簡単だが、随分長い期間だ。イシューは私と年もそんなに離れてないし、親御さんはけっこう心配してるんじゃないだろうか。てか親御さんってつまり王様か、なんかすごいな。

 イシューは少し眉をひそめた。

「まあ、時間がかかるってのも含めて周りを説得して出てきたからな。帰ったらいろいろあるだろうが、大丈夫だろ。それより、お前自身はどうなんだ?」

「え? ウチ?」

 言われて、ふと考える。そして大変なことを思いだした。そういえば私、今まさに謎の失踪中なんだった……。


 向こうは今頃どうなっているだろう。

 もしかしたら今頃大変な騒ぎになっているかもしれない。だって砂丘見に行って帰ってこないとか、どうなの。夜通し遊べるような場所でもなし、普通は何か犯罪に巻き込まれたかと思うだろう。

 夜になっても帰ってこない私を心配して、きっとお父さんとお母さんが捜索願を……。


「いや、多分大丈夫だと思う」

私は自分の両親の顔を思い浮かべて、頭を横に振った。あの能天気でホワホワした親が、たった一晩でそこまで血相変えるわけが無い。


 うちの両親はいい人たちなのだが、どこか一般常識からズレたところがあった。いい年をして人目をはばからず愛を語り合うし、むやみと踊ったりするし。二人とももう40近いはずだが妙に無邪気なのだ。

 昨日は確か、「砂丘に寄って帰る」と朝告げたら、


「そうか、見聞を広めるのはいいことだ! なんならそのまま大陸を目指してもいいんだぞ!」

「可愛い子には旅よねアナタ!」

「そうだねハニー。踊ろうか?」

「ええ!」


とよく分からない盛り上がりを見せていた。結局、登校時間になっても踊っていたのでそのまま家を出た。あの人たちのことだから、私が本当に大陸を目指して旅に出たとでも思っているに違いない。……それに近いことをしているような気もするが。

昨日は異世界に来ちゃったことに動転して、「ここで待ってれば助けにきてくれるかも」などと思った私だったが、そもそもそういう行動を期待できるほど危機感を持って暮らしている人たちじゃなかった。

 そんな二人を見て育った私は、彼らのように能天気に育つどころか、妙に冷めた人間になってしまった。突っ込みをいれる人間がいないと澤村家は崩壊するぞ、と子ども心に思ったからである。

 ……とまあ、そんなわけなので、私がいきなり失踪しても多分「ナツキちゃんなら大丈夫だろう」とか言ってると思う。

 いろいろ考えていると、イシューがなるほどな、と呟いた。

「ナツキは親に信頼されてるってわけだ」

「いや、そういうわけじゃ……」


 否定しかけて、まあある意味そうかも、と思いなおす。それに、仮に心配してくれているとしても、元の世界に帰る方法も分からないし、こっちから何かを伝えることはできないのだ。


 そんな私の考えが伝わったのか、頭上からナシロの優しい声が降ってきた。

「ご安心ください。私達はあまり詳しくありませんが、王都に着けば異界について研究をしている者もおります。何か分かることもあるでしょう」

「うん、ありがとう、ナシロ」

 見上げると、ナシロの微笑む顔が見えた。

 それにしても、と私は意識をナシロの顔に切り替えた。

イシューもそうだが、近くで見ると、本当に良く整った綺麗な顔だ。青い瞳が柔らかく細められている。優しそうで温かな表情。それが自分に向けられていると思うと胸が熱くなるな。これがイケメンの笑顔というものか。

 思わず見とれているとイライラした声でイシューが言った。

「おい、前見ないと危ないぞ」

「いやそっちこそ前見なよ!」

 斜め前を行くパラウマの上で、上半身を思い切り後ろに捻った男に言われても全く説得力がない。私はひとしきりイシューとぎゃあぎゃあ言い合い、再び笑顔のナシロに冷や汗をかく羽目になったのだった。




******

 砂漠を抜けてすぐ、大きな水の流れに出くわした。ナシロによると、これがトゥーラ大河といって、ナディール王国の生活を支える生命線とも言える河川なのだそうだ。ずっと昔、ナディールの人たちはトゥーラの流れに沿って村を作り、街を作り、やがて王国を作り上げたのだという。

 夕刻も近づいていたので、私達はトゥーラ河沿いの小さな集落で宿を借りることにした。かやぶきの小さな家が二十件ほど並ぶ、とても小規模な村だった。

「少し早いですが、次の村までは一日かかりますから」

 私をパラウマから抱えおろしながら、ナシロが言った。半日近くパラウマに揺られていたせいで、地面に降りるとかえって浮遊感を感じる。なんだか足元が危うい。

 ナシロとイシューは当然この感覚にも慣れているようで、パラウマを牽いてすたすた歩き出す。特に宿の交渉を請け負っているナシロは早足だ。昨日ルーパで人ごみに消えていったときと同じイリュージョンのような速さで遠ざかっていく。

「ちょ、待って待って」

 慌てて呼び止めるとイシューが立ち止まり、振り返った。

くっ、コイツに助けを求めることになるとは……。しかしナシロの姿は既に集落の奥のほうに消えている。

 不本意だが仕方ない。何せ膝がフワフワしていて、真っ直ぐ歩けそうに無いのだ。ぐらぐらしている私を見て、イシューが呆れたように首を傾げた。

「なんだ、歩けないのか」

「し、仕方ないでしょ、乗りなれてないんだから」

 むっとして言い返す。

くそっむかつく。できるなら今すぐコイツをワゴン車の最後列に乗せて山道を疾走してやりたい。


 イシューはしばし何かを考えていたようだったが、すぐにパラウマを牽いてこちらへ近づいてきた。……ってちょっと待て、なんだそのムッとしつつも照れくさそうな甘酸っぱい表情は!

 嫌な予感に身を震わせると、果たして予感は的中した。

 すっと目の前に差し出されたのは腕輪がじゃらじゃらついたイシューの腕だった。

「……ほら」

 ほらってなんだ、ほらって! 思いっきり嫌な顔をすると、イシューは唇を尖らせた。

「どうした、歩けないんだろ」

「そうだけど! なんかやだ!」

「なっ、なんかやだってなんだよ! ナシロにはさんざんひっついてただろうが!」

「だってナシロは『オレのものになってほ』とか言わないし」

「そ、その話はなかったことにしたはずだ!」

「でも言いましたー」

「うるせー、ナシロに言いつけるぞ!」

「うっ……」

 我ながらなんと低レベルな言い争いだろう。しかも言い負かされているし。イシューは勝ち誇った笑みを浮かべ私を見下ろした。

「ほら、早く掴まらないと置いていくぞ」

「……その絨毯の端じゃダメなの」

「あいにく、手しか貸したくない気分だな」

 くそっ……完全に足元を見られている。こんなヤツに負けるなんて死ぬほど悔しい。なんとかやり返すことはできないものか。

 あれこれ考えを巡らせているうちに、一つのアイディアが浮かんだ。正直実行したくない案だが……形勢逆転のためには効果的な手だ。私は意を決してイシューの腕を掴んだ。

「やっと観念したか……って、おい!」

 そのまま腕を抱きかかえるようにしてもたれかかる。ぎゅう、と体を押し付けるとイシューが固まるのが分かった。

自分の身をも危険にさらす捨て身タックルのような行動だが、最早こいつをやっつけられればなんでもいいような気がしたので。イシューが焦って騒ぐ声を聞いて私はニヤリと笑った。

 ……本末転倒って気もするが、なんかもう、どうでもいい。

 効果は思った以上で、イシューはばたばたと腕を振って暴れた。負けじとこちらも腕にしがみ付く。

「なななにしてんだよ! こら、おい!!」

「馬鹿め、キョドれキョドれ、醜態をさらせ」

「何だそれ怖! とっ、とにかく離れろって!」

「女に免疫がないのが仇となったな!」

「いやおかしいだろ!」


 二人でぎゃあぎゃあ騒いでいると、


「イシューさま!! よくいらしてくださいました!!」


 おじさんの声が聞こえた。反射的にイシューと二人、動きを止める。

 顔だけゆっくり動かして、声のした方を見ると、ニコニコ顔で恰幅のいいおじさんと、少し驚いた表情のナシロが立っていた。

 え、いやいや、まずいだろ。私はイシューの腕にしがみ付いたままで、それはイシューをやっつけるための行動だけど、でもこの状況を人に見られるって、だめだろ。駄目なパターンだよそれ。

 おじさんは私達を見て、首を傾げた。


「おや、そちらのお嬢さんはイシュー様のお嫁さんですか?」


 どんなに不利な状況でも、捨て身タックルは良くないなと、私は心底思った。

 


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