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14.出発

 ナシロが「朝食に」と渡してくれたのは、串に刺さったお餅のような食べ物だった。みたらしのように甘辛く、香草の香りがするタレが満遍なく塗ってあり、焼きたての皮はパリっとしていて美味しい。買い物は思いのほか時間がかかるようで、私はナシロがパラウマをひく横で歩きながらご飯を食べた。立ち食いだけど、なんだか楽しい。観光旅行にでも来たみたいだなーと気を緩めていたとき、ナシロが言った。

「それじゃ、昨日、私達が医者に行っていた間どこにいらしたのか教えていただけますか?」

「んぐっ」

 モチが喉に詰まって私は盛大に咳き込んだ。ナシロが慌てて飲み物を差し出してくれる。

「大丈夫ですか」

「んなっ、なっ、なんで」

 昨日、言いつけを破ってこっそり外を歩き回ったのは秘密のはずだ。それがどうしてバレているのか? 飲み物でモチを流し込み、何とか息を整える。その間ナシロは私の背中を優しくさすってくれていた。

「ゆっくり召し上がってください、危ないですから」

「いやでも、その、なんで!」

「いえ、昨日、厨房に料理を催促に言った際、聞いたものですから。席に誰もいなかったので料理を運ぼうにも運べず困った――と。どこか別のところにいらしたのでしょう?」

 なんと、昨日の時点でもうバレていたとは。今の今まで何も聞かれなかったので、てっきり隠しおおせているものだとばかり思っていたら、とんだ見当違いだったようだ。

 言いつけを破って、怒られたりするのだろうか?

 ナシロは相変わらずにこにこと愛想のいい笑みを浮かべている。……なんだか、余裕を感じる。とても誤魔化せそうにないので、私は正直に話すことにした。


「なるほど、そんなことが」

 話し終える頃には買い物はほとんど終わっていた。かなり日も高くなっていたので、私達は宿に向けて歩き出していた。

「えっと、このこと、その、イシューには」

「ええ、もちろん内緒にしますよ。大騒ぎになるでしょうからね。もとよりそのつもりで二人のときにお尋ねしたんですから」

 恐る恐る切り出した私に、ナシロは大きく頷いた。さすがお母さん、言わずとも私の気持ちを分かってくれている。一番気がかりだった点が解決して、私はほっと胸をなでおろした。

「ですが、次からはお一人で夜の街を出歩くなど、お控えください。装飾品の代えはあっても、天秤のお命に代えはないのですから」

「うう、ごめんなさい……」

 優しく諭されると、それはそれで胸にくるものがある。なんかすごく悪いことをしたような気がする。私が縮こまって謝ると、いいんですよ、とナシロがフォローを入れた。

「それにしても、天秤を助けてくれたそのイリヤという少年には感謝しなければなりませんね。何かお礼ができればいいのですが」

「うん、でも、名前しか聞いてないから」

 こんなことならもう少し詳しく身元を聞いておけばよかった。ナシロに頼めば、イリヤにも相応のお礼をすることができたのだろうに。首に下げた金色の首飾りを指で触りながら、私は月光の下のイリヤの立ち姿を思い出した。銀色で、涼やかで爽やかな少年。優しくてとても不思議な雰囲気の男の子だった。私の考えていることがわかったのか、ナシロが付け加えた。

「白い羽織物を着ていたのなら、恐らくは行商人でしょう。この国の交易の要は王都ですから、彼もいずれは王都に現れると思いますよ」

 だったら、もう一度会えるだろうか。

 そう言おうとした時、空気の読めない男の声がそれを遮った。

「ナシロ! ナツキ! 黙ってどこに行ってたんだっ!?」

 ……イシューだった。



「お前らなあ、寝てるからって声もかけないで置いていくか、普通!」

 イシューは憤懣やるかたないといった様子で騒いでいたが、よく見ると若干涙目だった。置いていかれて寂しかったのかもしれない。どこまでも子どものようなヤツだ。

 目が覚めて私達の姿が見当たらないので、慌てて宿を飛び出してきたらしい。よく見つけられたなと思ったが、なんのことはない、私達はいつの間にか宿のすぐ側まで戻ってきていたのだった。

イシューの肩を覆う淡いブルーのペルシャ絨毯は少し着崩れていて、髪の毛もあちこち寝癖がついている。昨日はあれだけじゃらじゃらとぶら下げていた装飾品も、今は耳飾が申し訳程度にくっついているだけだった。これは寝起きで走ってきたに違いない。

 騒ぐイシューを前にして、ナシロは全く動じる様子が無い。いつもどおり笑顔を浮かべてイシューをなだめている。この慣れた様子からも、イシューが日常的に子どもっぽい行動をとっていることが察せられる。

「まあまあ、落ち着いてください。イシューさまが寝ているうちに朝の買出しに出かけるのはいつものことじゃありませんか」

「それでも二人で出ることないだろ! ナツキまでいないから、俺は、その」

 なぜかもごもごと口ごもる。真っ赤な顔でイシューがこちらを見たので、私はナシロの背後にサッと隠れた。

「いやだほ!」

「はっ?」

 さっきナシロに教わったとおりに言ってやると、間抜けな返事が返ってきた。ふんだ、こっちにはお母さんがついてるんだからな! 離さないぜ命綱。ナシロの絨毯をぎゅっと握ってイシューにあかんべをしてみせると、ヤツがイラっとしたのが分かった。

「お前なあっ」

「天秤までいらっしゃらないから、どう思ったんです?」

 イシューの文句を遮って、ナシロが言った。さっきイシューが言葉を濁したところだ。ナシロの反撃を受け、イシューはとたんに居心地が悪そうな表情を見せる。

「えっ……いや、その……置いていかれたのか、と」

「なぜです?」

 ナシロは強かった。口調は優しいものの、確実にイシューを追い詰めていく。いけいけナシロ!

「何か置いていかれて当然というような、心当たりがあったからではないですか」

「う……」

 イシューの視線は落ち着き無く宙をさまよっている。

「だ、だけど、オレはナツキに話が」

「ちゃんと天秤のお気持ちを考えてのことですか。こちらの都合を押し付けただけではないのですか?」

「それは……」

 イシューはうなだれた。

 す、すごい、ナシロ。頼りになるとは思っていたけどここまでとは。イシューは完全に最初の勢いを失ってしょぼくれていた。

「天秤は急な環境の変化で、今は不安なお気持ちのはず。まずは王都に無事お連れして、しかるべき者から詳細な説明をさせるのが先でしょう。それともイシュー様は天秤を困らせたいのですか?」

「それは違う」

「だったら、昨日のお話はひとまずなかったことに」

「……わかった」

 ナシロは惚れ惚れするほど綺麗にまとめてくれた。思わず拍手を送りたくなる。……ひとまず、というのがちょっと気にかかるが。

 イシューはバツの悪そうな顔でこちらに向き直ると、視線を下に下げたままもごもごと謝罪した。

「その……昨日は、悪かった。勝手なこと言いかけた。忘れて欲しい」

「あ、うん」

 謝ってくれたのはいいが、一晩悩まされたのにこれで終わりかと思うとなーんか釈然としない。何と声をかけたものか思案していると、頭の上からナシロの明るい声が降ってきた。

「さ、これで仲直りですね。イシュー様はほら、朝食を召し上がって、支度ができたらすぐにも出発しましょう。もう喧嘩はいけませんよ」

 明るいトーンだが、それは有無を言わせぬ強い意志をはらんでいた。ナシロに朝食の入った包みを渡されたイシューが、青い顔でそれを受け取っている。


 ……ナシロは、思ったより怖いお母さんかもしれない。




*******

 ルーパの関所を出たのは太陽が頂点を過ぎて少し経ったぐらいのことだった。初めに通った関所とは間逆の、南側の関所だ。地理のことはよくわからないが、ここルーパはナディール王国の北端に位置しており、王都はもっとずっと南の、海岸に程近い辺りにあるのだとナシロが教えてくれた。関所を過ぎればパラウマに騎乗できる。私は当然ナシロのほうに載せてもらうことにした。


 ナシロに補助してもらって鞍に手を伸ばしていると、背後からじっとりとした視線を感じた。イシューである。

「……ナツキ、こっちに乗ってもいいんだぞ」

「絶対いやだ」

 イシューの誘いをきっぱりと断る。何を好き好んでそんな危険に自分から飛び込んで行かにゃあならんのだ。

「なんだよ。そっちのほうが荷が多いんだから、そこにお前まで乗ったら重くて大変だろうが!」 

「重いとか言うな!」

「事実だろうが! だいたい人の朝飯、横からバクバク食っといて」

「んなっ……そ、それは美味しそうだったからちょっと分けてもらっただけじゃん! てか、そっちがくれるって言ったから!」

「ああ言ったよ、こっちは一個のつもりだったのに、お前一串全部食っただろ!」

「もたもた食べてるほうが悪い!」

「何だと!?」

「お二人とも」

 頭上から冷え切った声が聞こえ、私とイシューはぴたっと口を閉じた。恐る恐る顔を上げると、ナシロが無表情で私達を見比べていた。


「喧嘩はいけませんよ、喧嘩は」


 声がめちゃくちゃ怖い。

「すいませんでした……」

「わ、悪い、もうしないから」

 私とイシューは素直に負けを認め、ナシロに謝ることにした。なんだかパワーバランスが決まったような気がする……。

 とはいえ、ほんの少しだけこちらの世界に馴染めてきた気もする。それはきっとナシロのおかげであり、ちょっとシャクだがイシューのおかげでもあるのだろう。むかつくけど。



 こうして私達は一頭のパラウマに私とナシロ、もう一頭にイシューという構成でルーパの街を離れた。

 さらば、ルーパ。異世界にきて一番最初に覚えてしまった地名。波乱の一夜を過ごした街は、砂の向こうにゆっくりと姿を消していったのだった。


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