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12.ルーパの夜

「ナツキ! ちゃんと座ってたか?」

「お待たせしてすみません、天秤」

 イシューとナシロが食堂に戻ったのは私が席に着いてからほんの五分ほど後のことだった。急いで帰ってきたのだろう、二人とも少しだけ息が上がっている。私が戻ってくるのがあと少し遅れていたら面倒なことになっていたに違いない。そう思うと唇の端が引きつる。

「あ、うん、ちゃんと待ってたけど」

「おや、食事はまだ出てきていないのですか?」

 テーブルの上に何も乗っていないのを見て、ナシロが軽く眉をひそめた。

「いくらなんでも時間がかかりすぎでしょう。店員に尋ねてきます、イシューさま、天秤、少々お待ちください」

 言うが早いか天幕の奥の厨房部分へ姿を消すナシロ。何につけても動きに無駄のない人だ。きっとかなり優秀な人材なんだろうなあと思う。そしてテーブルには、向かい合う私とイシューだけが残された。


 ……気まずい。


 別に何か問題があるわけじゃないけど、さっきまで言いつけを破って辺りをうろついていたものだから、罪悪感というか、何というか。

 しかもさっきイリヤから教えてもらったある事実が頭の中をぐるぐる回っている。


 王族侮辱罪。

 王族のきまぐれで刑罰の重さが決まる不敬罪の一種のようなもの。

 仮に(というか、もうほぼ事実なのだろうと思っているけれど)イシューがこの国の王子だとするならば、さっき私が砂をかけまくった目の状態如何によっては、最悪死刑もありうるのだとか。

いきなり異世界に飛ばされて死刑だなんて笑えない冗談だ。が、しかし、異世界トリップなどという常識を遥かに超えた体験を実際にしてしまっている以上、もう何が起きてもおかしくないとは思う。ていうかむしろ、王族を傷つけたから死刑、とか、いきなり降ってきた殺人雹に比べたら格段に筋が通っているとさえ思える。

……なんにせよ、傷の具合を詳しく聞いてみなければ。


私は勇気を振り絞り、おずおずと尋ねた。

「目、どうだったの?」

 イシューは軽く肩をすくめる。

「ん? ちょっと炎症起こしてるけど、たいしたことないってさ。洗っときゃ治るらしい」

「よかったあああああ」

 私は心の底から安堵のため息をついた。その程度で済んだならよもや殺されるってことはないだろう、多分。


しかしイシューは私の安心を違う意味で捉えたようだった。

「な、なんだ、その……そんなに、心配してくれてたのか?」

 妙に押し殺したような、けれど嬉しそうな声。

 嫌な予感を感じつつ顔を上げると、そこには謎の甘酸っぱさを吐き散らかすイシューの顔があった。やめろ、照れた感じで尖らせたその口をやめろ。

 反射的に否定しそうになって、ぎりぎりで言葉を飲み込む。


 そ、そうだ、こいつの機嫌を損ねると命に関わるんだった……。


 私はぎこちない笑顔を浮かべてイシューに同調した。

「そ、そりゃそうだよ。だって、一応私のせいだし。ほんと、よかったなー、何事もなくて」

「ま、まあな、それなりに鍛えてるから」

 どうやって眼球を鍛えるんだよ! と喉まで出かかったツッコミをガマンして笑顔で頷く。イシューはすっかり機嫌を良くしたらしかった。調子に乗ってべらべらと喋りだす。

「しっかし、まさか天秤に会ってすぐ目に砂かけられるなんて、思ってもみなかったけどな。言い伝えほどリッパな感じでもないし」

「ていうか人違いなんじゃないの?」

 そういえばその可能性について考えてなかったなと思って意見してみる。しかしイシューは首を横に振った。

「それはない。ナツキが現れた場所も、衣服も姿も伝承の通りだし、なによりあの天秤」

 言われて思い出す。そういえば砂の中からやじろべえみたいなのを掘り当てたんだっけ。確か鞄に入れて、今はナシロが宿に運んでくれている。

「砂漠から天秤を見出すことが出来るのは、異界から来た砂漠の天秤だけだといわれてるからな。ナツキが砂漠の天秤なのは間違いない」

「ああ、そうですか……」

 よくわからないがここまで力説するのだから、そうなのだろう。まあ、もし違ったとしてここで放り出されたりしたらかなり困るし、違ってもお城についてからイシューたちが恥をかくだけなので、これ以上意見はしないことにする。

 気が付けばなぜかイシューはテーブルから身を乗り出して、やけに近くで私の顔を見つめていた。な、なんだこの近さ!

 思わず身構えているとイシューは意を決したように言った。

 やたら悩ましそうな声で。



「ナツキ。オレはお前に頼まなきゃいけないことがある。お前には説明もろくにしないままこちらの都合だけ押し付けるような形になってすまないと思う、けど――どうか、どうか、オレのものになってほ」

「お二人とも、料理ができたそうですよ!」

 このときほどナシロに感謝した瞬間はない。私は「わーいやったーお腹ぺこぺこー」と騒いで、イシューの話は聞かなかったことにした。



******



 さすが異世界というべきか、料理の味付けや食材は始めてみるものばかりだったものの、なかなかに美味しくいただくことができた。満腹になった私達はすっかり暗くなった街を通り抜けてナシロのとってくれた宿にたどり着いた。ご丁寧に3部屋とっているそうだ。まあ、私は女だし、イシューは一応王子様らしいし、当然といえば当然なのかもしれない。

「それでは、明日、出発前にお部屋の外から声をおかけしますので」

 ナシロの言葉に頷いて部屋に入ろうと扉を開けると、背中からイシューの切羽詰った声が投げかけられた。

「おい、ナツキ、その、さっきの話!」

「おやすみなさい」

 できるだけ丁寧に答え、私は扉を閉めた。

 石造りの部屋は丁寧なつくりのようで、防音の備えも割と整っているらしい。イシューが「待て! 最後まで話そうすぐ終わるから! ナツキ!」と叫ぶ声が遠くに聞こえる。扉を背にして、私はずるずると座り込んだ。心臓がばくばく言っているし、ぐるぐると眩暈がする。うええ、とうめき声が口から漏れた。



 あーもうだめだ。

 完全に許容量を超えた。さっぱりわけがわからない。


 ていうか、そもそも異世界に来た時点で本当はかなり混乱していたのに、何とか自分を抑えて頑張って順応しようとしていたのだ。目の前の出来事に集中することで、パニックになるのをガマンしていたというのに。

 今度は目の前の出来事がいろいろありすぎたせいで、私はパンクしそうになっていた。

 間違いなくイシューのせいである。


 ナシロが戻ってくる直前のイシューの言葉を思い出す。


『オレのものになってほ』


 ええと。

 とりあえず文章を完成させてみよう。

 ほ、のあとに続く言葉はなんだろう?

 オレのものになってほにゅうるい捕まえてこい?

 オレのものになってほけんきん掛けてくれ?

 オレのものになってほ……いやいや待て待て、そもそも「オレのものになって」の部分が問題だ。

なんだそれ、ほんとになんだそれ。

 それじゃまるで、結婚の申し込みか何かみたいじゃないか!!

 しかも「気まぐれで庶民を死刑にできるぐらいの権力を持った王子さま」からの。それ、断れない系統のヤツじゃないの!?


 私は扉にもたれかかったまま頭を抱えた。


 まさか、異世界に来ただけでは飽き足らず、一晩のうちにこんな悩みまで抱える羽目になるとは!!


 夜はしんしんと更けていった。


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