大嫌いな幼馴染が「『大好き』と言って」と告げてきたあの日、私は恋に落ちた
数ある中から作品を選んでいただきありがとうございます!
ベタな展開も大好きです!
フィッツロイ大聖堂内──。
「またオズワルド様の隣ですか?」
フェアモント伯爵家のジェシカは膨れっ面で訴えた。
両親は聞く耳を持たず、ジェシカの訴えは流された。
オズワルド・ダンウィックは私の大嫌いな幼馴染なのだ。
ジェシカが幼い頃から隣の領地で、同じ爵位で、同じ歳という理由で行事の度に会う。
そして会うとなぜか同じテーブルや隣に座ったりするのだ。
背が低くて、童顔なジェシカとは違い、背が高くてジェシカと歳が離れて見えるほど、大人っぽい。
オズワルドは栗色の髪に鼻筋の通った大人びた顔立ちは、誰がどう見てもジェシカと同じ歳とは思わないだろう。
それだけじゃない。
今もそうだが、いつも眉間には深い谷が出来ている。
たまに向かいになると、小さく口が動いていることがある。
その時も眉間には皺ができていた。
もしかするとジェシカに聞こえないだけで、オズワルドから悪口を言われているかもしれない。
この前の家族同士の集まりでは、ジェシカが何かを言った際に膨れっ面をされた。
ジェシカはあの時も怒らせるようなことは言っていなかったはずなのに⋯⋯。
オズワルドがジェシカに会う時は、大体仏頂面だった。
今もまたいつもの顔を向けてくるので、ジェシカは胸に泥水が溜まるような不快な思いかする。
たぶんオズワルドもジェシカのことが嫌いなんだと思う。
大聖堂の礼拝で、清らかな心で祈りを捧げたいのに、ジェシカの心は濁っていた。
それなのに、彼はジェシカの隣に座ることを断らない。
当てつけなのだろうかと思うこともあった。
ジェシカとオズワルドの両親は仲がいい。
ジェシカの物心がついた頃から「もしかして将来は家族になっちゃうかしら?」などと、本人の意思を介在しない例え話を何度も聞かされていた。
それに笑顔で謙遜したのは最初の三回だけ。あとは無表情に会釈をする。
オズワルドの整った顔は、たくさんの令嬢が頬を赤らめるほど格好良い。
ただいつも不満そうにしている顔はジェシカは大嫌いだった。
もっと楽しそうな顔をすればいいのに。
今もまた隣に座るオズワルドは、ため息をついた。
(礼拝が早く終わればいいのになぁ、もう!)
天井の高い礼拝堂は声がよく響く。
今もまだジェシカとオズワルドの両親が世間話をしている。
すると司祭様がやってきた。
波が引くように人々の声は萎んでいく。
静寂の時。
司祭様のご挨拶が終わると、祈りが始まる。
人々は両手を組み瞳を閉じる。
その瞼を閉じる短い間だが、隣のオズワルドの顔を見ていた。
瞳さえ開いていなければ、格好良いと思う。
ジェシカはそんな失礼なことを考えながら、オズワルドの閉じた目に並ぶ長いまつげが忘れられなかった。
* * *
ジェシカとオズワルドの通う学園の廊下──。
ジェシカは落ち着かない様子で学園の廊下を一人で歩いていた。
なぜか自分にまとわりつく不快感が拭えない。
「珍しいわ、今日はいつもの“保護者”がいないのね」
砕けた話し方ができる唯一の友人のヘレナがジェシカの横にやってきた。
ヘレナの“保護者”というのはオズワルドのことだ。
オズワルドは飽きもせず、学園内でもジェシカにくっついている。
と言っても、冗談を言い合う仲というわけではなく、ジェシカの後ろにくっついてくる。
なぜか立ち位置が護衛なのだ。
ヘレナといる時も、会話の邪魔をすることなく後ろに立っている。
たぶん、ジェシカの両親から、ジェシカを見てくれるよう、オズワルドは頼まれているんだと思う。
そんなこともあり、ジェシカとヘレナの間ではオズワルドのことを“保護者”と呼んでいる。
「ヘレナ、そうなの。今日は大事な用があるみたいだから、午後から来るんですって」
「へぇ、今頃、保護者は気が気じゃないと思うわ。ジェシカは愛されているわね」
“愛されている”!?
どうやって見たらそんな考えになるのだろうか。
そういえば、ジェシカとオズワルドの両親もそんなことを言っていた。
(ヘレナもそのうちそんなことは勘違いだって分かるはずだわ)
ジェシカは強い目をしてヘレナに主張した。
「ヘレナ、そんなわけないじゃない。私とオズワルド様なんて絶対にありえないわ」
強い口調のジェシカに対して、あまり伝わっていない様子のヘレナ。
「分かった、分かった。あ、ごめん、さっきの教室に忘れ物をしちゃったわ。ジェシカ先に行っててくれる?」
「分かったわ。次の教室で待っているわね」
感情が高ぶって顔が赤くなってしまったジェシカは深呼吸を何度もする。
『愛されている』
ヘレナの言葉を思い出し、耳まで赤くなってしまったジェシカは正気に戻ろうと、頭を横に振った。
頭に衝撃がきた。
それは誰かに当たったということだ。
ジェシカが慌てて顔を上げると、見たことのない令息が立っていた。
ジェシカは頭を下げる。
「不注意でぶつかってしまって申し訳ありませんでしたわ。お怪我はございませんか?」
目の前の令息はジェシカのことをじっと見た。
「あ、怪我はありません。それよりもこちらこそぶつかってしまい申し訳ありませんでした。失礼ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
なんだか令息の目の色が変わったように見える。それは令嬢たちがオズワルドを見て、惚けるのと同じような熱のこもった感じに見える。
ジェシカは朝から自分に向けられる視線がようやく分かった。
今日は人から、特に貴族令息と目が合うことが多かった。
気のせいだろうと思っていたが彼らから向けられる視線は目の前の男と同じであった。
ジェシカは思わず一歩後ろに下がった。
「ジェシカと申します」
「ジェシカ⋯⋯美しい名前ですね。私はトマス。トマス・リンドモアだ」
ジェシカはトマスに不信感を抱くのと同時に腕を掴まれた。
一瞬頭が真っ白になって思考が止まる。
「今日はオズワルドがいなくて、俺は運が良かったな」
トマスの態度と言葉でジェシカは頭に警鐘を鳴らす。
いつも側にいてくれたオズワルド。
いつも嫌そうに眉間に深い谷を作っていたのに。
嫌な記憶しかなかったはず。
トマスは肩に腕を回してくる。
ジェシカはトマスの胸を強く押すがびくともしない。
「人を呼びますよ」
「呼んでみるといいよ。俺たちを見た周りの人たちはどう思うだろうね」
トマスの言葉に真っ先に思い浮かんだのはオズワルドだった。
オズワルドの不機嫌そうな顔は大嫌いだったけど、トマスから向けられる鳥肌が立つような気持ち悪い視線ほどじゃない。
人を呼びたいのに、こんなところをオズワルドに見られたくない。
そう思ってしまった。
だが、そんなことを考えている余裕も無くなった。
近づいてくるトマスを避けようと一歩ずつ下がっていたが、ジェシカの背中が壁に当たった。
ジェシカの心臓は大きく跳ねた。
トマスとの距離はゆっくりと縮まっている。
トマスの息がジェシカの顔に掛かりそうになった時──。
咄嗟にジェシカは、反射的に彼の名を呼んだ。
「オズワルド様!」
鈍い何かが当たる音がしたかと思うと、トマスが視界から消えた。
トマスが床に手をつく音が聞こえる。
ジェシカの頬に少し息遣いが当たった。
それは大きく目を見開いたオズワルドだった。
ジェシカの感情が込み上がってくる。
それは目から溢れてこぼれた。
それを見たオズワルドはまるで自分ごとのように顔を歪めて痛がった。
「怖い思いをさせてしまって、ごめん」
それでもオズワルドはジェシカを抱きしめることもなく、目の前に立っている。
ジェシカは大嫌いなはずのオズワルドが来たことに、安堵してしまった。
(なんで、嫌なはずなのに、『怖い思いをさせてしまって、ごめん』なの〜!)
ジェシカが感じてしまったオズワルドの優しさを心から追い出そうとする。
「オズワルド様なんて大嫌い。いつも不機嫌そうで、楽しくなさそうで、私の隣りにいるのは嫌だったのでしょう?」
ジェシカの言葉に自分の顔を抑えるオズワルド。
「いや、そんなことはない!」
ジェシカは真っ直ぐオズワルドの眉間の皺に指を当てた。
「それならこの眉間の深ーく刻まれた皺は何ですか?」
オズワルドは虚を突かれたような顔をした。
ジェシカは初めて見たオズワルドの驚いている顔に首を傾げた。
「君は強大な『魅了』の持ち主だ」
『魅了』スキル──。
それは周りにいる人に好意を持たせるスキルだった。
その力が強くなればなるほど、近くで当てられた人は理性を失う。
先程のトマスのように。
「そんな、嘘よ」
ジェシカの顔は熱くなった。
あるわけがない。
「君は昔からそうだった。君から溢れる『魅了』を周囲に届かないよう掻き消すには、それなりの魔力が必要だったんだよ」
『魅了』を掻き消す?
そう疑問に思っているのに、頭の中にはオズワルドの口の中でぶつぶつと言っていた記憶が蘇る。
(あれは『魅了』を掻き消す呪文を唱えていたというの?)
「もしかしてオズワルド様の不機嫌そうな顔って⋯⋯」
「そう思われていたのならすまない。私は生まれつき『魅了』の影響を受けにくい性質でね、君の『魅了』をなんとか抑え込んでいたんだ。君を守れればいいと思って必死だったよ」
ジェシカはオズワルドをずっと勘違いしていた。ジェシカはオズワルドのことが嫌いだったんじゃない。
顰め面顔を向けてくるのが嫌なだけだった。
本心は、オズワルドにいつも笑っていてほしかった。
ジェシカに笑顔を向けてほしかった。
ジェシカは自分の気持ちに気がついてしまった。
そこに、一つだけ分からないことがジェシカの胸に浮かぶ。
「それなら家族だけで集まった時にも、膨れっ面をしていましたよね? あれは何だったのですか?」
オズワルドは気まずそうにジェシカから視線を外すと、頬が紅潮した。
「⋯⋯ジェシカがあまりにも可愛かったから⋯⋯緩む顔を元に戻そうとしてた」
「えっ⋯⋯!」
今度、耳まで赤くさせたのはジェシカだった。オズワルドの不意打ちの照れ顔に膝から砕けそうになる。
ジェシカは嬉しさに胸が苦しくなる。
オズワルドはうつむきがちになり、袋から金色の腕輪を取り出した。
そしてオズワルドはジェシカの手を握る。
それだけのことなのにジェシカは手に熱を感じ、全身の神経がそこに集まったような気がした。
「数日前からジェシカの『魅了』が急激に強くなって、私一人では抑えきれなくなってきた。それで慌てて作ってもらったんだ。これは今朝、受け取ったばかりの魅了を阻害してくれる腕輪だよ。これがあれば私が側にいなくとも良い」
オズワルドは傷ついたように悲しそうな目をジェシカに向けた。
それはまるで自分の役目が終わったと言わんばかりに──。
「いらないわ。だってこれからもオズワルド様が隣にいてくれるのでしょう?」
オズワルドは下を向いて長い息を吐いた。
だが、ジェシカは嫌じゃなかった。
オズワルドの赤くなった耳を見たから、たぶん照れているのだ。
オズワルドが顔を上げると、眉間には見たこともない深い皺に膨れっ面。
嫌じゃない。
だってオズワルドの顔が火照って蒸気が出そうになっているから。
ジェシカはそれが見られるだけで十分だった。ジェシカはオズワルドに今にも抱きつきそうになっている。
ジェシカはオズワルドに完全に恋に落ちたのである。
オズワルドはジェシカの目を真っ直ぐ見た。
「もしジェシカが私の好意を受け取ってくれるなら、『大好き』と言って」
ジェシカはオズワルドの言葉に、胸が強く掴まれすぎて、息が出来なかった。
(く、苦しい⋯⋯答えなんて一つしかないわ!)
ジェシカはオズワルドの胸に飛び込む。
「ジェ、ジェシカ!?」
オズワルドの声がジェシカの頬を伝って直接聞こえる。
オズワルドの胸に顔を埋めたジェシカは、そのまま頬ずりした。
「大好きっ!」
そこに空気を壊しかねない勢いでヘレナが走ってきた。
* * *
その後は大変だった。
ヘレナに質問攻めにされた。
そしてヘレナにも、ジェシカとオズワルドの両親からも自分の『魅了』に気がついてなかったことを伝えると呆れられた。
オズワルドの両親は満足そうに『ジェシカちゃんへの愛ね〜』と言った。
珍しく狼狽しているオズワルドの姿がジェシカにとって、とても新鮮だった。
ジェシカの両親は『オズワルドくんで良かった〜』とほのぼのしている。
「今頃多くの学園の令嬢と令息は嘆いていると思うわ。それにしても、四六時中ジェシカの隣にいなくとも誰かに頼めば良かったんじゃない?」とヘレナが言ったことにジェシカは何度も頷いた。
オズワルドは眉間に深い皺を作りながら、顔を赤くさせた。
「私以外の人が隣にいるなんて嫌だ」
ジェシカは顔から湯気が出るほど赤くして下を向き、顔を隠した。
(私、オズワルド様に嫉妬されてる〜)
「やっぱりジェシカは愛されているのね」
ヘレナの呆れた声が響いた。
その後、朗らかな笑い声が皆から沸き起こった。
ジェシカはあれ以来魅了阻害の腕輪をつけるようになったが、オズワルドとの距離は変わらなかった。
いや、近くなった。
⋯⋯いや、むしろくっついている!
オズワルドと手を繋ぐようになって⋯⋯婚約をして⋯⋯。
結婚式が訪れた。
ジェシカはあの日以降、オズワルドの仏頂面も気にならなくなった。
ウエディングドレス姿のジェシカの隣には、正装したオズワルドが立っている。
いつもの癖で眉間に皺を作る。
「オズワルド様」
ジェシカは自分の眉間をとんとんと指で叩いて見せた。
オズワルドは何のことか気が付き、ジェシカに謝る。
「すまない。また眉間に皺を作ってしまった」
「いえ、オズワルド様のその顔は私を愛してくれている証ですから」
二人は笑顔で結婚式の会場に入っていった。
二人を祝福する声が響く中、色とりどりの花びらが宙を舞った。
お読みいただきありがとうございました!
誤字脱字等ありましたら、ぜひご連絡いただきますようお願いいたしますm(__)m




