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心に残る何かに

作者: k
掲載日:2026/03/23

朝日が昇ると同時に陰鬱な空気が流れる駅のホームを横目にボクは電車に乗った。どこまでいけるのだろうか、と少し胸を躍らせるが、青春18きっぷを買っていることを思い出す。3日間の間なら、どこへだっていける。線路が許す限り、どこへだって。ただ、どこへ向かうのか。それを知っている人はボク意外いない。大人たちは誰一人このことを知らない。今頃、親は朝になって子供が急にいなくなっていることに驚いているだろう。ヒステリックに喚いている姿を想像すると、面白可笑しくなり、口元に笑みが零れる。こんな子供でも心配してくれる優しい親であることは知っている。けれど、戻るつもりはない。できる限り遠くへ遠くへ、逃げてしまいたかった。30分ほどで、名古屋駅に到着した。乗客のほとんどがこの駅で降りてしまった。列車は再び動き出す。先刻よりもレールからの振動や音が鮮明に聞こえる。今は、それすらも心地いい。西の方に向かおう。そう思った。

目を閉じてふと考えてみる。どうして、大人たちからの逃避行を決行したのか。思考ばかりがぐるぐると頭の中を駆け巡り、うまく言葉にできない。ただ、一つ言えるのは、あの街は、あの学校は、あの家では、あの人たちの中では、ボクは息ができなかった。あの水槽では、泳ぐことができなかった。一緒に連れてきたジンベエザメのぬいぐるみを抱きしめる。家を出る際なるべく荷物は減らそうと思っていたが、これだけは連れていきたかった。泳げないほど狭い水槽の中に共にいたような気がしたからだろう。

気が付くと列車の中は再び人が増えていた。案内放送に耳を傾けると、大阪が近いことが分かった。

ああ、もうそんなに乗っていたのか、と思い、10分ほどで大阪駅に到着した。朝ご飯を食べていないので、駅弁でも買おうかと考えた。ホームに降りる。少し暖かくなる季節を感じながら歩きだす。痛々しいほどの春風を全身で感じながら、駅弁が売っていそうな売店まで、適当に歩き始めた。もう、後戻りはできない。


売店に到着すると、あることに気が付いた。駅弁というものは想像以上に値段が高い。金欠家出には苦しい。結局、駅の立ち食いそばで安く済ませることにした。さて、これからどこへ向かおうか。少し悩んで、さらに西、中国地方の方を目指すことにした。今日中にどこまで行けるのだろうか、そう考えながら、スマホの電源を入れて、乗換案内を見る。着信の数がとんでもないことになっているということは、見て見ぬふりをした。

 

再び電車に乗った。列車の揺れが心地よくなってきて、眠気を連れてくる。影木のキオスクで買った、ペットボトルのコーヒーを取り出し、飲んだ。飲み終わって前を見ると、不思議な人がいた。ボクと同じくらいの年齢の子だ。大きなバックパックを持っている。不思議と目を奪われた。気が付いたとき、その子はボクの前に立っていた。そして、ぶっきらぼうに言った。

「君も、家出?」

何故だろう。どうして心地よい。ボクは答える。

「そうだよ。」

「じゃあ、僕たちは同族だね。」

その少年はボクの隣に座る。彼は言う。

「何処までいくつもり?」

ボクは答える

「行けるところまで。」

「そっか。」

「君はどこまで行くんだい?」

「一緒だよ、行けるところまで。見つかってしまうまで。」

それから、時間を忘れて、他愛もない、年相応の会話をした。我に返ったのは、車内放送で、間もなく、相生に到着するときいたときだった。

久しぶりだった。話しをして心地のいい人がいるのは。誰かと一緒にいて、楽しいと思えるのは。

話を続ける。

笑う。

きっと大人たちは、こういう子供の姿を求めているのだろう。あの水槽ではなれなかったことが、今此処ではできている。永遠があるのなら、これが続けばいいと願った。


いつの間にか眠っていたのだろう。終点を知らせる車内放送で目を覚ました。そこで気づいた。隣には誰もいなかった。

ああ。

そっか。

なんと表現したらいいのだろうか。無力さ、焦燥感、失望、いや、何に期待していたんだ。あの子は今あったばかりの他人。何の思い入れもある筈がない。ある筈が、ない。

涙がこぼれる。

 あの子がいなくなったことに対して?違う。勝手に期待して、勝手に裏切られている都合のいい自分に。ああ、うるさい。なっていないはずの線路の音がうるさい。車掌がやってきて降車を促す。無力感を感じながら立ち上がると、一つの紙が落ちた。なんだろう、と思いながら拾い上げる。短く、書かれていた。

 

 楽しかったよ、戦友。君の旅が心に残るすべてになるように・


 そうか。心に残る。残ったのかな。じゃあ、ボクは。心に残る旅を刻んでいこうか。次の列車はもう目の前にいる。


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