表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/8

第7話:硬さが欲しい

「……ねえ、ネム。ちょっとステータス見せてもらっていい?」


アルカディアの街を出て北へ向かう道中、エレオノーラが恐る恐る尋ねてきた。 彼女の視線は、ネムの頭上に浮かんでいる(パーティメンバーにだけ見える)情報の羅列に注がれている。


「ん? ああ、構わないが……何か変か?」


ネムは欠伸を噛み殺しながら答えた。 彼は今、新しいパジャマの着心地を確認しながら歩いている。 歩くたびにシルクが風をはらみ、適度な涼しさを提供してくれる。最高だ。


「変というか……貴方、いつの間にそんなにレベルが上がったのよ」 「レベル? ああ、視界の隅にある数字のことか」


ネムは自分のステータス画面を指差した。 そこには、自分でも驚くような数字が刻まれていた。


名前:ネム レベル:28


「28……!? この周辺の適正レベルは5前後よ? 私だって必死にクエストをこなしてやっと21なのに、なんでただ寝具を作ってるだけの貴方が追い抜いてるのよ!」 「いや、俺も知らん。羊の毛をむしったり、うるさい草を黙らせたり、蜘蛛から糸を貰ったりしていたら、勝手に上がっていただけだ」


ネムにとっては、経験値などオマケに過ぎない。 だが、その「オマケ」の積み重ねが異常だった。 フィールドボスを単独撃破し、変異種の群れを壊滅させ、ダンジョンボスを撃退(逃走)させた経験値は、通常の狩りの比ではない。 結果として、彼はプレイ開始数日にして、トッププレイヤー層に匹敵するレベルに達してしまっていたのだ。


「はぁ……。貴方といると、私の努力が馬鹿らしくなってくるわ」 「レベルなんて飾りだろ。重要なのは、今の俺の枕が『軽すぎる』という事実だ」


ネムは手元の枕をポンと叩いた。 羊毛100%の枕は、柔らかくて素晴らしい。 だが、唯一の欠点があった。 軽すぎるのだ。 寝返りを打った拍子にどこかへ飛んでいってしまうし、何より頭を乗せた時の「ドッシリとした安定感」が足りない。


「俺は、低反発かつ重量感のある枕が欲しい。頭を固定し、どんな悪夢を見てもズレない、あのお婆ちゃんの家にあるような蕎麦殻枕の重量感が」 「だからって、岩山に行くの? 素材、石よ?」 「石じゃない。鉱石だ。適度な粒状の鉱石をクッション材として混ぜれば、理想の重量と指圧効果が得られるはずだ」


そんな会話をしているうちに、目的の場所に到着した。 『嘆き(なげき)の岩山』。 植物が一切育たない、荒涼とした岩の砂漠。 そこに生息するのは、生体鉱物で構成されたゴーレムたちだ。


「グルォォォ……」


岩陰から、重厚な地響きと共に姿を現したのは、身長4メートルを超える巨体。 **『ロック・ゴーレム』**だ。 全身が硬い岩盤で覆われ、その腕の一振りは城壁をも砕くと言われている。


「出たわね。物理攻撃がほとんど通じない相手よ。私の魔法剣で……」 「待て。まずは素材の確認だ」


エレオノーラの制止を振り切り、ネムはふらりとゴーレムに近づいた。 ゴーレムは動きが遅い。 ネムのAGI(敏捷性)なら、攻撃を避けるのは造作もない――はずだった。


ネムはゴーレムの足元に転がっている「破片」を拾い上げようとしゃがみ込んだ。 「……うん、いい手触りだ。角が取れて丸くなっている」 完全に油断していた。 否、素材への探究心が、生存本能を上回ってしまったのだ。


「ネム、上ッ!!」


エレオノーラの悲鳴。 見上げると、ゴーレムの巨大な拳が、落石のように降り注いでいた。 避けられない。 ネムの紙装甲(防御力5)では、かすっただけで即死だ。


「あ」


ドゴォォォォン!!


轟音と共に、ネムの体が地面に叩きつけられ、土煙の中に消えた。 HPバーが一瞬で消滅する。 視界が暗転し、システムメッセージが淡々と流れる。


>> あなたは死亡しました。 >> リスポーン地点アルカディアに戻りますか? >>  YES / NO


暗闇の中、ネムの意識は漂っていた。 (……死んだのか?) 痛みはなかった。 ただ、急に電源を切られたような感覚。 そして、今猛烈に襲ってきているのは「悔しさ」ではない。


(ふざけるな……)


ネムの魂が憤慨した。 死ぬことに対してではない。 「これから枕の素材を集めて、最高の昼寝をする予定だった」のを邪魔されたことに対してだ。 せっかくここまで歩いてきたのに、また街からやり直し? そんな面倒なことができるか。 まだ眠くない。 いや、今はまだ「永眠」する時間じゃない。


「……あと、5分」


ネムは心の中で呟いた。 毎朝、目覚まし時計を止めた後に思う、あの切実な願い。 あと5分だけ寝かせてくれ。 まだ起きたくない。 まだ、ここ(現場)にいたい。


その強烈な「怠惰」と「執着」が、システムのルールをねじ曲げた。


>> プレイヤーの異常な精神干渉を検知。 >> 死亡状態からの復帰リクエストを受信……承認。 >> 固有スキル《強制覚醒》の派生条件をクリア。 >> 新規スキル《二度寝》を習得しました。 >> 効果発動。死亡判定をキャンセルし、HP全快で起床します。


「……あと5分だけだぞ」


土煙が晴れる。 そこには、ペシャンコになった――はずのネムが、何事もなかったかのように立ち上がっていた。 いや、立ち上がってはいない。 地面に横になったまま、不機嫌そうに頬杖をついている。


「な……!?」


エレオノーラは我が目を疑った。 確かに死んだはずだ。 HPバーもゼロになったのを見た。 なのに、なぜ彼は無傷で、しかもあんなに機嫌が悪そうに寝転がっているのか。


「グルゥ……?」


ゴーレムもまた、困惑していた。 確かに潰したはずの虫が、ピンピンしている。 そのAIの思考がフリーズした一瞬の隙。 ネムの「寝起き」の機嫌の悪さが爆発した。


「人が気持ちよく素材を選んでる時に……上から物を落とすな」


ネムは手元の枕を掴んだ。 そして、寝転がった姿勢のまま、足元の岩を蹴って滑るように跳躍した。 狙うはゴーレムの膝関節。 岩の塊であるゴーレムに、打撃は通じない? 関係ない。 今のネムは「二度寝」から無理やり叩き起こされた怒りで、ステータスに謎の補正がかかっている。


「どけッ!!」


枕フルスイング。 『アイアン・ウールの枕』を作る前段階の、ただの羊毛枕だ。 だが、その一撃はゴーレムの膝を「砕く」のではなく、摩擦係数ゼロのパジャマの袖で「滑らせて」バランスを崩させた。


ズザッ!


巨体が大きく傾く。 ネムはその反動を利用して、今度はゴーレムの胸板へと飛び乗った。 そこにあるのは、動力源である魔力鉱石の輝き。


「これだ……この程よい大きさの石が欲しかったんだ!」


ネムはゴーレムの胸に手を突っ込んだ。 通常のプレイヤーなら武器で破壊するコアを、彼はまるでクレーンゲームの景品のように、素手で掴んで引きずり出した。


「オラァッ!」


ブチブチブチッ! 岩が砕ける音と共に、輝く鉱石が引っこ抜かれる。 動力源を失ったゴーレムは、断末魔を上げることもなく、ただの岩の山へと崩れ落ちた。


>> レベルが上がりました(Lv.29)。 >> スキル《解体》を習得しました。 >> レア素材『ゴーレムの魔力核』『重い砂鉄』を入手しました。


「……ふあ」


着地したネムは、大きな欠伸をした。 手には、ソフトボール大の美しい鉱石。 ずっしりとした重みがある。


「うん、いい重さだ。これを砕いて枕の中材にすれば、適度な沈み込みが期待できる」 「ネム……貴方、今……死んでなかった?」


駆け寄ってきたエレオノーラが、幽霊を見るような目で尋ねる。 ネムは首を傾げた。


「死ぬ? まさか。ちょっと意識が飛びかけただけだ。二度寝みたいなもんだよ」 「二度寝で即死ダメージが治るわけないでしょ!?」


彼女の悲痛なツッコミは、岩山に虚しく木霊した。 こうしてネムは、最強の保険スキル《二度寝リレイズ》を手に入れた。 レベルも上がり、素材も手に入れた。 次はいよいよ、この鉱石を使って枕を凶器――いや、至高の寝具へと進化させる時だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ