プロローグ:英雄不在の寝室
西暦203X年。 人類はついに、第二の現実を手に入れた。
フルダイブ型VRMMO『ドリーム・ダイブ・オンライン』。 その売り文句は、狂気とも言えるほどの「究極の自由度」と「99%のリアリティ」だ。
視覚、聴覚はもちろん、土の匂い、風の冷たさ、そして焼けるような痛みまでもが完全に再現されたこの世界では、プレイヤーの行動そのものが《スキル》となってシステムに刻まれる。 剣を振れば《剣術》を覚え、料理を作れば《調理》を覚える。 システムによる補助は最小限。頼れるのは己の知恵と工夫、そして執念のみ。
世界中のゲーマーが熱狂した。 ある者は最強の騎士を目指し、ある者は全ての魔法を極める賢者を目指し、またある者は一攫千金を夢見る商人となって、この広大なファンタジー世界へ飛び込んでいった。
――だが、そんな熱気渦巻く初期リスポーン地点の広場に、システム支給の装備にすら文句をつけている男が一人いた。
「……最悪だ。麻のシャツに革のズボン?ゴワゴワしてて、これじゃあとても安眠できない」
周囲のプレイヤーが「すげぇ!布の感触までリアルだ!」と感動する中、その男――プレイヤーネーム「ネム」だけは、眉間に深い皺を寄せていた。 彼がこの世界に求めたのは、栄光でも最強の称号でもない。 現実世界の不眠とストレスから解放され、安らかな眠りを貪るための「究極の快眠ライフ」なのだから。
「武器なんていらない。まずは……寝具だ」
ネムは支給された「初心者の短剣」を道具屋で即座に売却すると、その金で生産キットを購入した。 目指すは草原エリア。そこに生息するモンスターから、最高の詰め物(素材)を剥ぎ取るために。
これは、後に『枕王』と呼ばれ、サーバー最強の一角として恐れられることになる男の、ふざけているようで極めて真面目な冒険の始まりである。




