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押し入れの怪物

作者: 耕路


 礼一郎が神社の茂みで見つけたのは、飴玉ほどの大きさの、半透明なゼリー状の生き物だった。ほんのりと温かく、鼓動のように脈を打っている。奇妙な光景に心を奪われた礼一郎は、それをこっそり家に持ち帰った。

 親に見つからないように、礼一郎は自室の押し入れの奥に箱に入れたそれを隠した。翌朝、そっと覗いてみると、ゼリーは一回り大きくなり、うっすらと緑色の筋が走っていた。次の日もそれはひとまわり大きく成長していた。よくみると透き通った体の中に、無数の脈動する細い管のようなものが見えた。礼一郎は、毎日学校から帰ると、二階の自室に駆け上がり、押し入れの戸を開けるのが楽しみになった。成長する、その生き物は礼一郎にとって毎日の生き甲斐のような存在になったのである。

 三週間後、礼一郎が箱を開けると、そこにはもうゼリーはいなかった。代わりに鎮座していたのは、猫ほどの大きさの、まるまるとした生き物だった。体表は光沢のある黒色に変わり、二つの大きな目が、礼一郎をじっと見つめている。それは、礼一郎の顔や声、匂いを記憶しているかのように、警戒する様子も怯える様子もなく、ただ静かにそこにいた。

 「宇宙からきたの……」礼一郎がそう呟くと、その生き物は、まるで返事をするかのように、体から微かな光を発した。礼一郎はこっそりと冷蔵庫から食品を物色すると、毎日、押し入れの戸を少しだけ開けて、その食品を生き物に与えた。

 生き物は、食べ物を飲み込むと嬉しそうに身体を揺らした。

 だが、その成長速度は常軌を逸していた。わずか数日で、生き物は押し入れの半分を占めるほどに巨大化し、礼一郎が与える食料では、その食欲を満たすことができなくなったようだった。これからどうしよう。このときになって礼一郎は、初めて不安になった。

 ある夜、生き物は、ついに押し入れの戸をこじ開けた。それは、まるで漆黒のなだれが押し寄せてくるかのように、礼一郎の部屋を黒い体で埋め尽くしていった。礼一郎は恐怖で動けなかった。その巨大な体は、この部屋を、家を、そしてやがては街を、地球を飲み込んでしまうのではないかという絶望的な悪夢が、礼一郎の頭をよぎった。

 そのときである。部屋に溢れていた光沢のある黒いその生き物は、喘ぐような声をだし、急激な勢いで、しぼみはじめた。黒い表皮は、震えながら発光し、血管のような管の液体の流れは透過して見えた。数分後、生き物は、半分ほどの大きさになり、床に横たわった。体はすっかり半透明に変化し、全体が溶解したような、もとのゼリー状の物体に戻っていた。やがて見つけた最初のときの飴玉ほどの大きさに戻っていた。

 礼一郎は、それを指先でつついてみた。もはや生物とは連想できない固まりだった。

 食べ物があわなかったのか、地球の大気が生命の維持に適してなかったのか、生き物はそのサイクルを閉じたのだ。

 礼一郎は部屋のカーテンを開けるとサッシを開放し、夜空の星のまたたきを見上げた。

 たぶん、また星から人間とは異なった生命はやってくるのだろう。そのとき人間はどう対応できるだろう。

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