第4話 ツェーレン高原のソロ冒険者、水を浴びる
旅の男をテントに残し、俺一人だけでツェーレン高原に着いた。
ツェーレン高原はバルラ大陸に広がる大草原地帯だ。かつてここには野生の羊が放牧されていたのだが、抵抗のない羊を狙う冒険者が増えたせいもあって番人の意味も兼ねて羊飼いの宿屋が設けられた。
羊飼いといえども腕利きが集められたという噂が広まり、高原を歩く冒険者は少なくなったと聞く。今はどうか分からないが、羊飼いが経営する宿屋に冒険者が立ち寄る程度だろう。
高原は王都バーネルからかなり南に位置する自然豊かな場所なのだが、だだっ広い草原地帯というだけなので単なる通り道に過ぎない。乾季が続くと草が枯れるおそれがあるが、魔法を使う者が羊飼いにいるらしく枯れる心配ないのだという。
俺が冒険者パーティーにいた頃、この辺りは魔物が周辺を徘徊し続けていて、どうしても戦わなければ回避出来ない地帯だった。後ろで様子を眺めるしか出来なかった俺は仲間たちが魔物を狩るのを大人しく見ていただけだが、最終的に他の冒険者の手によって魔物の多くは森林の奥にある洞窟へと追いやられた。
当時はそれくらい多くの冒険者が高原で戦っていたからな。
……さて、石をぶん投げてくる冒険者はどの辺りにいる――あぁ、いたいた。
「うああああああああああああああ!!! あっちへ行け!! 行け!!」
錯乱状態の声が草原地帯に響いているせいか、対象の冒険者をすぐに見つける。
冒険者の状態を見ると、幻の粉を全身に振り撒いたのか錯乱状態であることが分かる。道具が反応してるということは、間違いなくレンタルしていった冒険者とみていい。
一方の石つぶてに関しては回数制限付きの消耗品。レンタル道具ではあるものの、無くなっても補充の利く道具だ。あたりかまわず投げまくっているせいか、残り僅かな反応しかない。
問題は幻の粉をかぶった本人を正常に戻す必要があるのだが、俺が近づけば近づくほど距離を取りだし、逃げ惑っているようだ。
旅の男と違い、武器を手にしている俺が現れた影響でもあるのか、とんでもない魔物に見えているとしか思えない後退りっぷりを見せている。
「ひっ! ひいいいいいい!! む、無理です無理無理!!!」
……そこまで怖がらなくてもいいと思うが。
「つまらん。てっきり石が連続的に投げられてくるものだと期待していたのに」
「に、人間の言葉!? ま、魔族なのか?」
少しずつ粉の効力が切れ始めてきたように思えるが、片手に石つぶてを握っているところを見ると、まだ現実かどうかの区別はつけられていないとみえる。
正気に戻すにはいくつかの方法があるが、一番手っ取り早いのは水を浴びせることだ。魔物相手ではなく冒険者に使うことになるとは思っていなかったが。
何せ魔法道具が有効になる対象は本来は魔物だからな。ダメージを負うほどではないから、たまにはこういうのもいいかもしれない。
「そらっ! いいものをやるぞ! しっかり受け止めろよ!!」
そんなわけで、冒険者が動いていない隙にそれを投げた。
「魔族が物を投げた!? ど、どこだ?」
冒険者は空を見上げたり地面を見つめたりして混乱しているが、その場から逃げ出す様子が見られないのは都合がいい。
魔法道具で作られた水の塊はダメージを与えるものばかりではなく、使い方次第では単なる水浴びの道具として使うことが可能だ。
今回の相手にはそういった使い方をするのが適当だと判断した。
水の塊の滞空時間はやや長めだが、そう遠く離れているでもない相手には間違いなく命中する。
しばらくして。
「ぶわっ!? つ、冷たい水が何でいきなり……うっ? だ、誰だ?」
「正気に戻ったか?」
単独で動くソロ冒険者にしては軽装備でロクな武器も手にしていないが、それほど高ランクでもないところを見ると駆け出しを抜け出したばかりか。
「あ、あぁ。訳が分からないけど、どうやらあなたに助けられたみたいだな?」
「大したことはしてない。だが、旅の男にはかなり迷惑がかかったみたいだぞ。覚えていないか?」
「わ、分からない。どうしてこの草原地帯に来てしまったのか、自分でも分からないんだ」
どこから高原に迷い込んだかは不明だが、道中に間違って粉を浴びたか魔物に振り撒くつもりが自分にかかって混乱状態のままで来てしまったんだろうな。
「それは災難だったな。ところであんたが手にしてる石つぶてだが……」
「えっ? あ、そうだった! 威嚇のつもりで握っていたんだ。それなのに、途中で訳が分からなくなって……気づいたらここに」
あの旅人は完全にとばっちりだったか。
「あんたがさっきまで全身にかぶっていたのは幻の粉だ。王都バーネルでレンタルしたやつだろ?」
幻の粉は消耗品だ。しかし魔物に対し正しく使えば、粉そのものは一度霧散して再び袋の中に戻る仕組みになっている。
だが今回は……。
「あなたの言う通り、バーネルのレンタル道具屋で借りたものだ。石はともかく、幻の粉をどうやって使えばいいのかを店主に訊かずに外に出てしまったんだ……」
言いながら冒険者の男は俺の顔をまじまじと見る。
「あ、あぁぁ……! あの時の店主ですか!? あっ! こ、粉が……」
俺の顔を見るなり、後ろに手をつきながら後退りをし始めた。
「逃げることはないと思うが? 幻の粉は元々消耗品だからな。だが、使い方を知らずに店を出たのは間違いだったな」
「すっ、すみませんでした!!! 道具をレンタルしたのは初めてで、それで有頂天になってしまって、早く使ってみたくてそれでこんなことに……」
「それについては気にしてない。あんたはきちんと頭を下げて素直に謝ったんだからな。それで十分だ」
「し、しかし、借りたものを返せない取り返しのつかない状態にしてしまって、私はどうすればいいのか……」
謝り続けられてもって話になるが、俺よりもまず先にテントで休んでいる旅の男に頭を下げてもらうことにするか。
「あんたには先に誠意をもって謝らなければならない相手がいる。そこに案内するから、俺への謝罪は後回しにしてくれ」
「分かりました。案内をお願いします」
話してみたら素直な男だった。
これから出会う冒険者連中がこの男のように、素直に話を聞いてくれるやつばかりならどんなに楽か。




