第34話 ス・ジア氷河洞門 3
「アクセル様、わたくしがお先に!」
「いやっ、待て! 相手の出方を――って」
俺が止める間もなく、シャンテが槍を片手に携えながら壁の前で待ち構える連中に向かって飛び出した。
向こう側に攻撃してくる意思があるかを見定めてからでも遅くはないと思っていたにもかかわらず、シャンテの動きはかなり素早かった。
隙のない相手、恐らくリーダー格の女に向かって突っ込んでいくのだが――。
「恨みつらみなどはございません! ですが、アクセル様の前に立ちはだかるとなる以上、わたくしは刃を向けさせていただきます!」
随分と丁寧な物言いで攻撃を始める辺りがシャンテらしいが。
「――アクセル……? その名前、覚えがある……って、攻撃してくるのであれば、こちらとしても引くわけにはいかないな」
リーダー格の女が一瞬だけ俺を見たが、シャンテの槍の切っ先が届きそうだったせいか、女はすぐに鋼鉄製の盾でそれをしのいだ。
「――っ! やはり当たりませんか。不意打ちをかけた攻撃だったのですが、力の差は歴然。隙が全く生じないのは存じていました。ですが、アクセル様の為にも引くわけにはまいりません!」
自分の攻撃が通じない相手に対し、シャンテは槍を収めるつもりがないのか盾で弾かれた槍を構えたままその場から動こうとしない。
俺から見ても実力の差がかなりありそうだが、なるべく俺の手を煩わせたくないつもりなのか、シャンテは俺を気にしながら相手の出方を窺っている。
連中からは特に目立った動きは見られないが、俺や後方のアルマたちを気にしているのは確かなようで、警戒は全く解いていない。
「どうやら誤解されているようだし、構えを解かせてもらう!」
だが、意外なことに先に防御態勢を解いたのは冒険者パーティーの方だった。
アルマから聞いていたのと展開が異なるが、彼女たちの事情も知らずに襲い掛かったこちらにも非があるので、シャンテと一緒に俺も頭を下げることに。
「てっきり攻撃意思があるかと思って、こちらから一方的に攻撃してしまったことを詫びる。すまなかった」
「も、申し訳ございません!」
俺に続いてシャンテも深々と女性たちに頭を下げた。
「ああ、思い出した。あなたは王都バーネルのレンタル道具屋! いつぞやに出合ったのだが、あなたは思い出せないか? パルーデの手前なのだが……」
パルーデ王国の手前?
そういや、俺の道具を借りてる気がするとか言いながら持っていなかったソロの女冒険者が通りがかった気がするな。
俺が思い出すのと同時に、後ろにいたクレアが俺の元に寄って来たかと思えば、女冒険者に指差して声を張り上げる。
「あなた、S級冒険者のシンシア・エース! そうよね?」
「見たことがあると思ってたが、クレア王女もレンタル道具屋に従っているのだな?」
「そうだけど、悪い?」
「いや、悪くない。パルーデの泉はレンタル道具屋に?」
「ええ。そうよ! S級冒険者でも手に負えなかった毒はあっさりと消え失せていたわ」
パルーデの泉の毒の浄化といえば、確かシャンテのおかげで消え失せたはず。あぁ、そうか目の前にいるS級冒険者は泉の毒を放置してパルーデからいなくなったんだな。
どうりでクレアだけが怒りを露わにしてるわけだ。
「ふっ、そうか。レンタル道具屋アクセル殿はそのような力を有していたわけだな! そうであれば、私たちはあなた方に敵意を向ける必要性を感じない」
そう言うと、女性パーティーは俺たちに頭を下げた。
俺は思わずアルマの顔を見るが、何食わぬ顔で誤魔化すかのように顔を背けている。
……お互い単なる誤解と勘違いで済んで良かったわけだが、問題はまだ解決していない。
「落ち着いたところで話を訊くが、目の前の氷の壁。お前たちもその壁を壊したいのか? 目的は?」
遠目からではっきりと見えたわけじゃないが、S級冒険者パーティーが必死に攻撃を繰り出していても、氷の壁はびくともしないように見えた。
何か目的が無ければそこまでしないと思うのだが。
「アクセル殿はアルゾス共和国の使者に呼ばれてここに来たのだろう?」
「まあな。お前たちは違うのか?」
冒険者のアライアンスパーティーを容易く倒しまくっていた使者を知っているということは、遭遇していた可能性が高いがS級冒険者なのに招待を受けていない?
「私らは呼ばれてなどいない。だからこそ、壁を破壊しようとしていたところだ」
……なるほど、そういうことか。
「……ん? 使者に招待された俺は壁を壊さなくても通れるのか?」
「そのはずだ」
その言葉に振り向いてアルマを見るが、彼女は完全に視線を外している。適当なことを言って誤魔化していたわけだ。
氷の壁の試練がどうだとか言っていたのも、俺には全く関係なかったことになる。とりあえずアルマに近づいて真相を問いただすしかないな。
そう思って近づくが、
「大変申し訳ございませんでした。アクセルさまにおかれましては、聖女の言葉をどこまで信じて頂けるかを試し――聖女の惑わしが通じるかを確かめたくなっただけで悪気はなかったのです……」
などと、俺に話していたことが冗談だったのだと平謝りされた。
「じゃあ、S級冒険者の言ってるように俺たちは壁を壊す必要はないんだな?」
「その通りです」
聖女の割にいまいち信用出来ないと思っていたが、どこまで信じていいのか分からなくなりそうだ。
「それと、成り行きで攻撃してしまったことだ、S級冒険者たちの通行も認めてやれ!」
「……それは流石に都合が良すぎ――」
「聖女のお力で何とか出来るはずだ!! 共和国は俺を頼ってるんだろ?」
「ちっ、仕方ねえな」
口が悪い方が本性なんだろうが、本性を出してくれた方が信用しやすいのは確かだし、アルマを信じて進むしかないんだろうな。
「聖女と話をつけた。S級冒険者のお前たちも、俺と一緒にアルゾス共和国に入国出来るそうだ。一緒に来るんだろう?」
「……もちろんです、アクセル殿。私どもパーティーはみな、アクセル殿についていくことをたった今、決めました。S級冒険者の力をいかようにもお使いくださって構いません」
俺の言葉に対しS級冒険者の女性たちは俺の前で膝をつき、俺を見る目が途端に変わりだす。
「ん? 何で言葉遣いそのものも変わっているんだ? 俺が何かしたか?」
道具による力すらも見せていないのに。
「聖女をも従わせるアクセル殿に敵う者などおりません。それをまざまざと見せつけられた以上、私たちはあなたに従う以外に道はないと覚えた次第……」
何だか知らないが、俺自身何もしてないのにS級冒険者までもが俺に何らかの勘違いを見て従うようになるとか、俺の知らない間に精神的な影響でも出始めているのだろうか?
「あぁ、アクセル様がS級冒険者パーティーをも慕わせるなんて、ついてきて良かった――!!」
シャンテが俺の前で膝をつきながらそんなことを言い出したせいで、この場にいる女性たちが一斉に俺に対し崇めのポーズを取り出してしまった。
――身に覚えがないんだが、何かしたのか俺は。




