第32話 ス・ジア氷河洞門 1
冒険をするつもりはない――俺はただのレンタル道具屋なんだ。
そう思いながら、気づけば女性だけの弟子を得て気づいたら辺境やら大国やら、世界の果てのような場所にまでたどり着いてしまうとは、王都を出た頃の俺は考えもしなかった。
今頃王都では、帰還を果たしたミレイが穏やかに過ごしていると思うと、今の俺の行動は後悔でしかない。
「寒波は耐氷装備で何とかなる――が、足元が常に不安定な状態での歩行は恐怖を覚えるし、年を感じずにはいられないんだが?」
アルマによると、アルゾスへ行くには寒波に見舞われた洞門を抜ける必要があり、強制的に氷の上を歩かなければならなくなった。
「それはみんな同じだぜ? 聖女もダークエルフも王女も……ツルツル状態の氷の上を歩くなんざ、誰も経験なんてしてないんだからな!」
と言いつつ、聖女アルマだけは平気そうに歩いている。
……それにしてもなんてこった。
前世でもアイスリンクの上で転びまくっていたのに、まさか異世界でも氷上で苦戦することになろうとはな。
「他に道はないのか?」
「我慢だ、我慢! あたしだって聖女になる前はここを通らされたんだ。ス・ジア氷河洞門は誰にでも試練を与える場所なんだ。文句を言ったってしょうがないのさ」
「……ス・ジア氷河洞門か。この洞門を通らないとアルゾスへの入国が認められないって言ってるようにしか聞こえないんだが?」
「そうだけど?」
冒険者なら苦もなく通行するんだろうが、俺はもちろんクレアなんかは苦戦してるんじゃ?
「これも試練の一つということなのでしょう。ですが、あらゆる道具に長けたアクセル様のおかげで耐氷ピアスはもちろんのこと、寒さに耐えられる防寒コートをご用意して頂けたではありませんか! ここを抜けるのも、今までの経験で乗り越えられる――そうわたくしは信じております!」
シャンテはずっと俺を何かの達人だと信じて疑ってないんだろうな。過酷な環境下で育ったダークエルフの彼女から見れば、氷上を歩くことくらい苦にもならないんだろうが俺はずっと暇な店番をしてきただけ。
冒険者としての経験だって大したことは何一つしてない。ここまでやってきたことと言えば、道具を駆使してるってだけだからな。
「乗り越えてはきてないぞ。道具を使いこなしてるだけだ」
「それこそがアクセル様のお力なのです。だからこそ、わたくしはアクセル様についていくことを決めたのです」
「……そ、そうか」
シャンテには妙な確信をもたれたものだ。
「リミアはずっとあんたにおんぶされっぱなしだしずっと眠ってるけど、起こさないの?」
氷上を気にして歩いているのは俺だけではなくクレアも焦りを見せているが、ずっと俺の背中におぶられているリミアを気にしている。
「いいんだ。氷上を歩かせるのは酷だと俺が判断した。賢者の知恵を借りるのは洞門を抜けてからでも充分だからな」
「賢者、ねぇ。魔法に長けた王女ならここにいるんだけどな~? 半端な魔法道具を指導してあげてるのはどこの誰でしょう?」
「それは悪かったな。魔法の知識についてはクレア王女の協力があってこそだからな。感謝してる。それと、クレアは自分の力だけで対処出来るだろ? だがリミアはその力を持たない。ずっとおんぶしてるのはそういう意味だ」
そもそも獣人とはいえ、猫に氷上を歩かせるのは厳しいはず。
本人が賢者と名乗って以降賢者っぽい感じは受けてないが、俺を慕ってついてきてる子は守る必要がある。
――とはいえ、足元がおぼつかないのはどうしようもないな。
「別に責めてるつもりはないし。半端なあんたでも、その子を守るって言うなら何も言うつもりはないよ。アクセルだし」
「なんだそりゃ?」
「気にしなくていいってば!!」
シャンテは従順なのにクレア王女はプライドが高く聖女は荒っぽい――とか、俺についてきてる仲間は個性的なメンバーすぎるぞ。
「ムニャ……ふわぁぁ。アクセルさま、まだ着かないにぁ?」
アルマ、シャンテ、クレアの三人が個性を放つ中、俺の背中でスヤスヤと寝息を立てて寝ていたリミアが目を覚ました。
力を蓄えていたでもないようだが、歩かせても平気だろうか。
「起きたか。ところでリミア。氷の上は歩いて平気か?」
「にぁ? 平気にぁ。寒いのが嫌なだけで、氷の上でも問題ないにぅ」
「そうか。じゃあ降ろすぞ」
「にぅ」
肉球を直につけるでもなく防寒装備に身を包んでいるリミアは、先を歩いているアルマのところに近づいて話しかけている。
……案外平気そうにしているところを見ると、氷上を歩くのに苦労してるのはおっさんの俺だけということに。
「後ろで氷に手こずってるアクセル! そのまま辛抱しながら進めよな! アルゾスに行くにはここを抜けるしかないんだから」
国に入るだけで苦戦することになるとは、やっぱり思いつきで旅をするもんじゃないな。




