完結篇
従業員の男性が、茜を抱くようにして助け起こし、「申し訳ありません。大丈夫ですか?」と言うのに対し、茜は、「大丈夫です。」と返事をした。
その意図には全く気がつかなかないまま、ぼうっと従っていると、彼が「お怪我はありませんか?」と言いながら、ワゴンの陰に由香里を導いた。
「はい。」
そう言いながら従業員の男性の顔を見ると、何だか見覚えがある。首を傾げながら彼を見つめていると、「しっかりせんかいな。」と男性が言った。
よく見ると、彼はジーンズの上に清掃スタッフ用の上着を着ていて、何だかちぐはぐな感じがする。
「関西の人ですか?」
「なに言うてんねん。今日、喫茶店で会うたやろ?」
「あー、ほんとだ。」
「困ったなぁ、ぼうーっとして。時間がない。黙って聞くんや。」
「……?」
「今から君が部屋へ入ったら、間もなく非常ベルが鳴る。そうしたら部屋を出て来るんや。ええか? 非常階段は、この廊下の突き当りやけど、そっちへは行くな。階段への矢印とは反対側に進むんや。
友達が歩けんかったら、何とか引きずってここへ来い。」
茜が彼の指さす方を見ると、客室の間に従業員用という扉があった。
「わかったか?」
茜は、こっくりと頷いてから言った。
「非常ベルが鳴ったら、由香里を連れてここへ来る。」
「よっしゃ。早よ行き。怪しまれるとややこしくなるから。」
茜はワゴンの陰から出て、彼らの方へ向かった。
(なんで、あの人があそこにいて、非常ベルの話なんかするんだろう?)
くぐもった頭で考えたけれど、よく分らない。なのに、あの人の言うことがとても正しいと頭の中に響いていた。
部屋の前で三人に追い付いた時、友彦がポケットから鍵を出して「開けてくれ」と言った。
鍵には、821と書かれてあったので、扉の部屋番号を確認してから鍵を回した。
部屋に入ってライトのスイッチを入れると、暗闇がいっぺんに明るくなった。
聞いていた通りの少し広目のツインだなぁと何となく確認しながら、扉を大きく開けて三人を中に迎えた。
手を離すと、扉のオートロックドアの立てるカチッという音が聞こえた。
友彦と圭吾はそのまま進み、由香里を奥のベッドに横たえた。
その時になってようやく、この状況がとても危険だという事に気がついた。
ホテルの部屋にベッドがあるのは当たり前のことだけれど、男女が4人で二つのセミダブルベッドのある部屋にいることが不自然なのだ。
友彦が「さて…」と言った。
それが合図のように圭吾が近づいて来て、茜の両腕を掴んだ。
「手荒な真似はしたくないんだよ。だから一緒に大人しくベッドまで行こうな」
そう言いながら腕を引っ張った。
茜はパニックになりながら、ようやく頭がはっきりして来た。
(騙されたのだ)
そう気がついても、もう遅い。
体が震え始めた。怖くて悲鳴も出ない。
(どうしよう…)
RRRRRRRRRRRRR…………
その時、けたたましく非常ベルが鳴り始めた。
一瞬、圭吾の手がひるんだけれど、友彦は「悪戯じゃないのか」と言いながら、茜たちの方へ近づこうとする。
そこへ電話のベルも鳴り始めた。
圭吾は茜の腕を掴んだまま動きを止め、友彦は踵を返して電話を取り上げた。
「はい、はい……、わかりました」
それだけ言うと、すぐに受話器を置いて荷物を取り「本物の火事らしい。行くぞ」と圭吾に言った。
「おい、こいつらはどうするんだ」
という圭吾の言葉で、二人は相談を始めた。
「置いて行くとやばいかな?」
「だって、顔を見られているんだぜ」
「でも、まだ何にもしてねえんだ」
「いや、こいつらだけ置いて行くとおかしいいだろう」
「そうかな。仕方がない、連れて行こう」
そう言うと、友彦はベッドで寝ている由香里を起こそうと頬を叩く。
「おい!起きろ!」
でも、由香里は何の反応も示さず、すやすやと眠り続けている。
「圭吾、こいつは駄目だ。抱えるから手伝ってくれ」
友彦がそう言うと、圭吾がつかんでいた茜の腕を離した。
茜は、自由になってホッとしたけれど、すぐに別の緊張感がやって来た。
(連れて行かれたら困るわ)
非常ベルは鳴り続けている。
気持は焦るけれど考えが追い付かない。
(あ、何だっけ?)
その時ようやく頭の中でスイッチが入った。
―非常ベルが鳴ったら、由香里を連れて階段とは反対側へ行く。
(そうだった!)
茜は短い間に必死で頭を働かせた。
由香里を抱き起こして肩に担ぐようにし、圭吾が友彦を手伝いに由香里の反対側の腕を担いだ時、茜は、わざとへなへなと座り込んだ。
「おい、お前!ちゃんと立て!」
圭吾が怒鳴るけれど、反応の薄い振りをしてそのままベッドに顔を伏せた。
「おい、起きろ!」
「バカ野郎!」
口々に二人は罵る。
それは茜の作戦だった。
(私が動けない振りをすれば、二人を抱えて逃げる事は出来ないと思うに違いない)
友彦が傍に来て肩を揺するけれど、茜は「う~ん」と言ったきり崩れて見せた。
やがて小さくため息を吐き、舌を鳴らして圭吾が言った。
「ま、放って置くか。」
「眠っている間に十分逃げ切れるんじゃないか?」
「そうだな。こいつら煙に巻かれて、このままかもしれないし」
「じゃあ、さっさと行こうぜ」
そう言うが早いか二人は部屋から駆けだして行った。
廊下のカーペットの所為で、足音は聞こえない。
茜は顔を伏せたまま、30秒ほど数えた。
おそらく、あの二人が戻って来る事はないだろう。
茜は、由香里の名前を叫びながら必死に揺すって起こそうとした。
けれども全く起きる気配がない。
(やっぱり、ダメか…。)
仕方がなく、茜は彼女の両腕を持って引き摺って行くことに決めた。
しかし眠っている由香里の体は重く、なかなか思うように動かない。
やっと扉の前まで来た時、部屋のチャイムが鳴った。
覗き穴から見ると、例の従業員の男性が立っている。
扉を開けると、彼と一緒にタオルのワゴンが目の前に置かれていた。
「あいつらが二人で階段を下りて行ったから、急いで迎えに来たんや。もしも戻って来るような事があったらあかんから、早くその子をここへ載せよう」
彼が、その場に邪魔なアメニティー類を落とし、由香里を抱いてワゴンへ乗せた。
「こっちや!」と言いながら彼がワゴンを押し、さっき示された従業員用扉の中に入ると、業務用の大きなエレベーターがあった。
扉をパタリと閉め、彼が壁に掛けられた受話器を取って話し始める。
「もう、ええで。あぁ大丈夫や、上手い事行った。そっちは?そうか。良かったな。」
それだけ言って受話器を置いた直後、非常ベルが止まりアナウンスが入った。
「皆様、大変お騒がせいたしました。これは、当局の命により行いました防災訓練です。防災訓練にご協力いただき、ありがとうございました。皆様、どうぞお部屋にお戻りくださいませ。繰り返します…………」
「よっしゃー、終わった!良かった、良かった!」
喫茶店の彼は一人で喜んでいる。
茜も安堵はしたものの、事情がよく飲み込めない。
下へ行く呼び出しボタンを押すと、待機していたエレベーターの扉が開いた。
ワゴンと共に中へ入っても、まだ、きょとんとしている茜に彼が言った。
「そうか……、何もわかってないんやなぁ」
彼は、大川進介と名乗った。
「取りあえず彼女には休んでもらって、君には事務所でコーヒーやな」
下へ向かっていた従業員用のエレベーターが止まり扉が開くと、4人のスタッフが待ち構えていた。
彼らは念の為、医師を呼んであるので由香里を診てもらうのに仮眠室へ連れて行くと言い、担架に移して連れて行った。
別の一人がワゴンを引き取って行き、最後に一人残った年配の男性が進介に「大丈夫でしたか?」と尋ねた。
「大丈夫やって。ワゴンを押して来ただけの事やないか。だいたい山岡は心配し過ぎなんや」
「いえ、それでしたら良いのですが、以前はよくお怪我をなさっていたものですから」
「そんな、小学生や中学生の頃とは違うってさ」
「ははぁ、それもそうですね」
茜が山岡という人のネームプレートに目をやると、支配人と書かれているのが読み取れた。
茜の頭は、ようやく回転し始めたらしい。
(えぇ? じゃあ進介さんって、いったい何者?)
進介の顔を見ながら、茜は大きく目を見開いた。
そう考えているのを、山岡という人が読み取ったように茜に告げた。
「進介さまは、会長のお孫さまで、社長のお坊ちゃまです」
茜は驚いて進介を見た。
「そんなことは、どうでもええんや。はよ事務所へ行ってコーヒーを飲もう」と進介は言い、山岡の後に続くよう茜を促した。
事務所は、きれいに整頓され、由香里の会社のように書類が山積みされているようなことはなかった。
周囲には木製のキャビネットが並んでいて、全てが整然としている。
山岡が茜に「どうぞ」と座るよう勧めた。
ブラインドの羽根が半分降りた窓を背に、茶系で揃えられた応接セットのどっしりとした革製のソファに座ると、女性のスタッフがコーヒーを運んで来てくれた。
彼女がコーヒーを3つ置いて、部屋を出て行くのを待ってから「災難やったねぇ」と、進介が口を開いた。
「えぇ。でも、最初にもっと注意をしていなかった私たちも悪いんです」
「それは、そうかも知れん。でも、あいつらが一番悪い」
「ありがとうございます。ご迷惑をお掛けしてすみません」
茜は今夜のことを思い返すと、恥ずかしい思いでいっぱいだった。
「そんなに恐縮せんでもいいよ。ともかく無事で良かった」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、今から種明かしをしようか」
そう言うと、進介が説明を始めた。
数ヶ月前から、この辺りでは女性に睡眠薬を飲ませてホテルに連れ込み乱暴を働く二人組の事が噂になっていた。
ホテルには、毎回違う偽名で予約が入っているので、それを事前に見つけるのが難しく、しかも乱暴されても告訴する勇気のある女性がいなかった為に、これまでは警察も対応のしようがなかったらしい。
ところが二か月ほど前に、また事件が起こった。
ここに宿泊している筈の女性が部屋に戻らず、近くのホテルで乱暴されたのだ。
掃除の為に部屋を開けたそのホテルの従業員女性が、泣いている女性を見つけて事件が発覚していた。
自分のホテルで起こった事件でないとはいえ、宿泊していた客が被害者になってしまった。
山岡は悔しがり、時間を掛けて被害者を口説いた。
何とか了解を得てホテル同士でも協力をしあい、監視カメラの映像から写真を作った。
それが友彦と圭吾と名乗った二人組だった。
このホテルでは、彼らが現れたら絶対に見逃すまいと山岡が警備室に写真を貼り、監視カメラに注意するよう警備担当者に言ってあった。
今日の午後、チェックインの画像を見て怪しいと気付いた警備員が外出から戻った山岡に、それを告げる。
山岡は、すぐに警察に通報していた。しかし警察は怪しいだけでは動けない。
そこで、勤務時間は終わっていたけれど自宅には帰らずに、警備担当者と一緒に見張りをしていた。
一方、進介は、関西の自宅から偶然出張して来ていた。
その話を聞くとじっとしていられなくなり、自分も外に出て周辺を探してみる事にした。
そして休憩に入ったのが、茜と出会ったあの喫茶店だったという訳だ。
「可愛い女の子やなぁと思ったけど、しっかりしているし、まさか、あいつらに捕まるようなことはないやろうと思った。初対面でいきなり話すのも難しいしな。だからあの時、俺は君たちに何も言わんかった。今から思えば注意すれば良かったんやけど……」
「いえ……そんな」
口には出せなかったけれど、あの時の自分の態度が良くなかったと茜は思っていた。
「怖かったやろう?」
「いえ。怖かったのは本当ですが、私も薬を飲まされていたのか、頭がぼうっとしていたんです」
「いや普通は、みんな睡眠薬で眠っているのを運ばれて来る。でも君は警戒して飲まなかったんやろう? それが良かったから簡単に助けられたんや」
そんな風に褒められても、茜は、どう返事をしていいか分からない。
薬を飲まされてついて来たのは、どう考えても失敗なのだ。
進介は、コーヒーを一口飲むと話を続けた。
「喫茶店の前で別れた後の話やけど……。あの後、僕はしばらくの間、周辺を歩いてみた。
でも、この街は広すぎて、偶然あいつらに会う確率なんていうのが非常に少ないのは分かってた。よう考えたら、やみ雲に動くよりは、ここで警備室に籠って映像を見ている方が確実やと気が付いたんや。
服装も髪型も分かってるねんから見つけるのは難しくない筈。
そうして山岡と一緒に、あの避難訓練のシナリオを考えて待つことにした。
いざとなったら、ドアチェーンを切るための道具も用意してた。
そうして人が入って来る度に目を皿のようにして見つめていたらや、最初にあいつらが女の子を抱えるようにして入って来た。
次に、後ろから君がついて入ってくるのを見て吃驚した。
本当は、別の人間がその役を演じる予定やってんけど、君が顔を知ってる僕が行く事にした。
急いで置いてあった上っ張りを掴んで羽織り、そのまま走って従業員用エレベーターで8階に上がり、ワゴンの陰で待っていたという訳なんや」
それで茜の疑問は全て解決できた。しかし何という偶然、何という幸運だろう。
それにしても、このホテルの人たちの助けがなかったら、今頃どうなっていた事かと思う。
茜は、進介や山岡の働きに心から感謝をした。
「おかげで私たちは助かったのですね。あの時、非常ベルが鳴らなかったら私たちは今頃……。本当にありがとうございます。混乱していて、これ以上の言葉が見つからないのですが、心から感謝をしています」
そう言って、茜は深々と頭を下げた。そのまま顔を上げず、俯いた茜に山岡が話しかけた。
「実は、お願いがあるのです。以前ここのお客様で被害に遭われた方を説得し続けているのですが、なかなか難しい状況なのです。
おひとりでは心細いという事もあるのでしょう。しかし、なんとか告訴をして頂きたい。そこで今回の事を、乱暴の未遂事件として警察にご報告を頂きご協力願えれば、先の被害者の女性も心強いと思うのですが如何でしょうか?
このままでは、あの二人が野放しになる可能性もあり、また他で同じことを繰り返すかもしれないのです」
茜は考えた。
(彼らのような男性は女性の敵だ。でも今回のような場合に、自分の甘さを棚に上げて戦えるものだろうか?)
答えに詰まっていると、進介が言った。
「何か問題があるの?」
「いいえ、問題というのではなくて、私自身にも落ち度があったような気がするのです」
「なるほど。裁判となったら、向こうの弁護士はそういうところを突いて来るかも知れんな。けど彼らを誘惑するような素振りを見せたとか、自分から望んでついて来ようという意思があったの?」
「いいえ、全くありません」
「それなら、その気持ちを正直に言えば大丈夫や。それに山岡が言ったように、このままやと、あいつらは野放しになる。
それは、また別の被害者が出るという事や。警察は何か事件の証拠がないと動かれへん。
何もしない警察が悪いと言うても仕方がない。そういう法律なんや。でも、それを分かっていて、証拠があるのに何もしないという事が犯罪者を許すことになる。
だから、ちょっとしんどいけど頑張らなあかん時があると思うねんけど、どう思う?」
進介の言う通りだと思った。
茜は臆病だから慎重で、そういう意味では危険を避けて生きて来られたと思う。
でも今回のように、相手が巧みだと騙されてしまう事もあるのだ。
駄目な事は駄目だと、やはりはっきり言わなければならない。
どこかで線を引かなければ、犯罪が犯罪でなくなってしまう。
「わかりました。私も届け出ることにします」
「そうか……、良かった。ありがとう。怖がることはないよ。どんなに大きな敵に見えても君は一人やない。それに法律の前で、悪い事はそうと裁かれるようにできてる筈やと思う」
進介は、ほっとしたように言った後、山岡と顔を見合わせて確認するように頷いた。
それから茜の方を向いたが、ふと何かに気がついた様子で、その視線を他へと動かした。
「なぁ、後ろの窓から、ちょっと外を覗いてみ? 大丈夫や。向こうからは見えへんように出来ているから」
言われた通りに覗いてみると、そこにはパトカーがサイレンを鳴らさずに停まっていて、茜の目の前を、友彦と圭吾が警備の人たちの見守る中、警察に連れて行かれようとしているところだった。
跡が残るほどでもなかったけれど、自然に茜の手は圭吾に掴まれていた腕のその部分に触れていた。
(そう言えば、由香里はどうしたかしら?)と気になっていたところ、先ほど担架で由香里を運んで行った内の一人の男性がやって来て、どうやら由香里は睡眠薬で眠らされているだけで、健康には問題がなさそうだと報告に来てくれた。
「今日は、遅くまでご苦労さんやったなぁ。夜勤でない人には、もう帰ってもらって」
進介が言うと、男性は一礼をして戻って行き、山岡が「それでは私も」と挨拶をしてから部屋を出て行った。
「さぁ、どうするかな? 由香里さんは朝まで眠りそうだし、茜さんも別の部屋で休む? 」
「でも、ご迷惑じゃ……」
「そんなことは構わんでもええんやけど……」
「?」
「いや実は、今夜は満室でな。さっき、あいつらがいた部屋しか空きがないんや」
「それでしたら、御迷惑でなければですが、私は由香里の隣に座っています」
「でも椅子で眠るのは窮屈やしな、ここでもええけど。うーん、それとも……」
「?」
他にどんな選択肢があるのか、茜は聞きたかった。
「こんな事のあった後で誘うのもどうかな、と思うけど、ドライブは嫌い?」
「好きです」
「じゃあ、これから夜景を見に行くというのはどう?」
「私は嬉しいですけど、お疲れでしょうしご迷惑ではありませんか?」
「いやね、僕がここにいると、みんなに気を遣わせるから面倒やろう。そんなに疲れてもないねん。第一、眠るにも由香里さんに僕のベッドを取られてしもうたしなぁ……」
進介は少し照れながらそう言って笑い、茜は「すみません」と小さく謝りながらも嬉しかった。
(この人は、信用が出来る)
何だか都会に出て来てから、随分長い間、緊張をし続けて来たような気がした。臆病な茜は警戒心ばかりを強くして、しっかり人を見分けようとはして来なかったという事に気が付いた。
どこにだって、いい人と悪い人はいるはずなのだ。
(人と知り合い信頼できる相手を見つけるという事は、こんなに安心できることだったのね)
そう茜は思った。
それにしても由香里は、酔った後に起こった出来事を何ひとつ知らないでいる。
友彦や圭吾が警察に捕まったこと、それから自分と茜がどれほど危険に晒されていたかという事も。
それから進介とドライブして朝帰りしたと言ったら、きっと吃驚するに違いない。
(今度は、私が話を聞いてもらう番だわ。朝になったら、大いに驚いてもらおう)
ジャケットを羽織り、車の鍵を手にした進介と並びながら、茜はようやく自然な笑顔を取り戻していた。
了