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森のくまさん 2




 不審者を撒こうと、普段は通らない小道をあちこちすり抜けながら、いくつもの角を曲がった先でやっと見慣れた道に出てくると、玄関先で掃除をしていた犬飼のおばちゃんの姿に、思わず助けを求め駆け寄った。


「まあ、咲ちゃんどうしたの?」


「はぁ、はぁ……あ、あの……」


「とりあえず、こっちに隠れて」


 息が切れて、うまく言葉が出てこず必死でジェスチャーをする私の様子に、犬飼のおばちゃんはひとまずサッと門の影に隠してくれた。

 激しい動悸を何とか落ち着かせようと静かに深呼吸を繰り返していると、ほんの少しして曲がり角の向こうからドドドッと駆けてくる音に、私は思わずその場で縮こまっていた。


 が……。


「あら? 小熊木工店の、息子さん……?」



 ――……え?



「まあ、久しぶりね〜。ちょっと見ない間に、こんなに大きくなってぇ」


「……」


 犬飼のおばちゃんの言葉に、雷に打たれたような衝撃が体中に走った。


「犬飼さん、ご無沙汰しております」


「そうだ、小熊さんちょっと時間あるかしら? 実は今ね、何だか誰かに追いかけられて困ってる様子の女の子がいてね……」


 ――ああ……! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさーーーい!


 私はうずくまったまま頭を抱え込み、心の中で平謝りしていた。

 だって、これまで声をかけてくれる人は犬飼のおばあちゃんくらいで、それだっていつも決まった場所でだったから……。

 急に声をかけられて、つい不審者と勘違いしてしまったことに、激しく狼狽える。


「心配だから、送って行ってあげてくれないかしら。小熊さんみたいな人が一緒なら私も安心だわ」


「……」


「あら、どうかしたの……?」


「いえ、その……」


 小熊さんが返答に困っている様子に、いたたまれなくなった私は意を決してスクっとその場で立ち上がると、小熊さんに向かって深々と頭を下げたのだった……。




「ふふふ。じゃあ、彼の大きな体にびっくりして、思わず逃げ出しちゃったのね」


 真相を聞いた犬飼のおばちゃんは、目を丸くしたあとクスクスと笑いながらも優しくそう言ってくれた。


「……こ、小熊さん、また、か、かかか、勘違いしてしまい……。ほ、本当に、申し訳ありません……」


「いや、俺こそ打ち合わせの帰りに、ちょうど森野の姿を見つけたから声をかけようして……また驚かせてしまったみたいで申し訳ない」


「そ、そそそ、そんな、わ、私が……」


 せっかく声をかけてもらったというのに、人の厚意を台無しにしてしまう自分が心底嫌になる……。


「はい。お互い、謝るのはそこまで。二人とも気をつけて帰ってね」


 ずんどこ落ち込みそうになっているところに、犬飼のおばあちゃんの一声がかかり、気まずいながらも小熊さんと一緒に帰ることになった。


「森野は、今日はアルバイトか?」


「は、はい……。え、と……火、水、金がアルバイトの日で……」


「そうか。休みの日とか、何かしているのか?」


「あ、えと……食材の買い出しと、あとは……ミニチュア雑貨を、ひたすら……作ってます」


 内心、さっきの事が彼の気に障っていないか心配でたまらなかった……。けれど、小熊さんが至って普通に話しかけてくれるおかげで、ぎこちないながらもぽつりぽつりと言葉を交わしていく。


「森野もかなり物づくりが好きなんだな。俺もあれから本やネットの記事を参考にしながら、自分なりのミニチュア家具の作り方を試行錯誤しているんだが。良かったら、今から見に来ないか?」


 小熊さんの言葉に思わずパッと顔を上げた拍子に、彼とパチっと目が合った。


「い、良いん……ですか?」


 いつもの私ならすぐにそらしてしまう視線も、その時ばかりは好奇心の方が勝って、そのまま小熊さんの目を見つめながらそう聞いていた。

 何気にこんなふうに小熊さんの顔をしっかり見るのは、これが初めてかも知れない。


「ああ、意見をもらえると助かる」


 そんな私に小熊さんもまっすぐ見つめ返して、優しく微笑んでくれた。


「あ、でも、こ、こここ、小……熊さんの、お仕事の……じゃ、邪魔じゃ……ないですか?」


 その笑顔に何だかドキッと鼓動が跳ねると、途端に言葉がもつれていく。


「大丈夫だ。そこらへんは狐坂がちゃんとスケジュールを組んでくれているから、今のところ支障はない」





少しでも楽しんでもらえたら、嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言]  良かった〜、そうだとは思いましたが。追いかけてきてくれるのは良いですが、確かに迫力ありそう(笑)  犬飼のおばあちゃん、ナイスアシストで。先代から交流あったんですね。安心感ありますね。
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