森の迷い道 1
「はい。これが咲ちゃんへの報酬分ね」
狐坂さんから差し出された封筒をおそるおそる受け取ると、じわじわと嬉しい気持ちが込み上げてきた。
まさか自分が作ったミニチュアハウスに値段をつけてもらえるなんて思ってもみなかった。犬飼さんに喜んでもらえたらそれだけで良いと思っていたけれど、今はこうやって値段をつけてもらえたことへの喜びも感じていた。
たぶん、今回手渡されたお金はきっと一生大事にとっておくと思う。
「戴いた謝礼は、今回関わってくれた人たちの、それぞれに掛かった材料費や作業内容を鑑みて配分してみました」
そう言って狐坂さんが内訳表も見せてくれた。けれど、そこに書かれていた私の報酬額が皆と比べて多い事に、思わずドクンと心臓が大きな音を立てた。
「え……、わ、わわわ、私の、分だけ、こ、こここ……こんなに?」
側から見れば、ちょっと良いランチコースが食べれるくらいのそこまで驚くような金額じゃないかもしれないけれど、私にとっては思わず受け取ったばかりの封筒を持つ手が震えた。
すると、そんな私に小熊さんが説明してくれた。
「実は狐坂とも前々から話し合っていたが、森野には今回のミニチュアハウスの謝礼に加えて、これまで広報の一環としたSNSの撮影に協力してくれた分を上乗せしてある」
「え、で、でで、でも……」
撮影のメインとなるミニチュア家具は小熊さんが作っていて、私の作ったミニチュア雑貨はあくまでも添え物に過ぎない。
それなのに……。
「俺が作っているミニチュア家具シリーズのデザインは、森野が描いたものだ」
「で、でも……こ、こ、小熊さんに、つ、作ってもらった、そ、その、ミニチュア家具を、た、タダで、もも、もらっているのに……さ、さらにお金まで、なんて……」
確かに、彼が作っているのは私がこれまでノートに描いてきたデザインだけれど、そのかわりとして完成した品を無償でもらっているので、そのうえお金までとなると……あまりにも私ばかり貰い過ぎのような気がしてオロオロしていると、再び小熊さんが口を開いた。
「森野。物づくりの中でデザインは非常に大事なもののひとつだ。だから、これはお前のデザインに対する俺達なりの正当な評価だと思って受け取って欲しい」
「そう。それにSNSが好評でね。おかげでちらほらと声を掛けてもらったりしてるんだ」
狐坂さんにもそう言われ、少しでも役に立てているのならこの上なく嬉しいことだ。
正直、自分はただ趣味で作りたい物を描いていただけなので、今はまだそんなに実感がわかないけれど、前回、小熊さんが話してくれた事を思い出しながら、やがてコクンと頷いたのだった。
「じゃあ、最後は小熊。お疲れ様」
「いいのか?」
「これは犬飼さんの気持ちだから、個人的に受け取ってあげて」
「わかった」
そう言って、小熊さんが封筒を受け取ると、
「よし。これで全員ちゃんと渡し終えたかな」
「え……?」
狐坂さんの言葉に、思わず声を上げてしまった。
「あ、咲ちゃんには事後報告になっちゃうけど、協力してくれた皆には僕が一足先にちゃんと謝礼を届けに行ってきたんだ」
「あ、そ……そう、だったんですか……」
お世話になったので私も一緒に行って、あたらめてお礼を伝えたかったなと思っていたのだけれど……。
「いや〜、悪く思わないであげて欲しいんだけど、咲ちゃんと一緒だとあの人たち今回の謝礼を絶対受け取ろうとしないだろうから……」
私も最初はうまく受け取る気持ちになれなかったから、その心境は何となく想像できる。だから、狐坂さんもあえて一人で行ったんだろう。
「みんなもさ、あんなに良い腕を持っていても、採算が合わずお店が維持できなくなればいずれこの商店街から消えていってしまう、僕はそれをとても残念に思うんだ」
きっと子どもの頃の狐坂さんを見てきたみんなも、そんな彼からだと納得して受け取ることが出来るのかもしれない。
「だから……咲ちゃんからは守銭奴に見えたかもしれないけれど、僕なりに交渉を頑張って……」
「い、いえ……ぜ、ぜぜぜ、全然、そ、そそそそ、そんな、こと、思っていません」
じーんとしていたのも束の間、狐坂さんのそんな言葉に、流石にそこまでは思っていなかったけれど、あの時一瞬、モヤモヤしていたのも本当なので、思わず慌てふためいてしまった……。
「森野、最後のは狐坂の冗談だから真に受けるな。一緒には行けなかったが、皆も今回の作業が楽しかったみたいで、ミニチュアの世界について森野から話を聞きたくてうずうずしているみたいだから、あらためて店に顔を出してやってくれないか? きっとお互い良い話し相手になると思う」
「は、はい……!」
小熊さんが助け舟を出してくれたので、ホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、今日からまた通常……」
いつもの作業に戻ろうと狐坂さんがそう言いかけた時だった。さっきは自分の金額に驚いてそれどころじゃなかったけれど、あらためて内訳表を見ていてふと気になった事を口にした。
「あ、あの……」
「ん?」
「こ、ここ、狐坂さんの、分は……?」
「え……僕?」
私のそのひと言に、めずらしく狐坂さんが目を丸くした。
「いやいや、僕は何も作ってないし……」
「で、でも……ス、スケジュールの調整とか、色々、サ、サポートしてくれたり、じ、実は、み、皆さんへの、根回しとかも、狐坂さんが……」
「小熊……話したのか?」
小鳥遊さんや狸原さんが私の話を聞いてすんなり協力してくれたのは、あの日小熊さんが一緒に来て話をしてくれたからだと思っていたけれど、実はその前に狐坂さんの方からも連絡を入れていたのを、後になってこっそり小熊さんから教えてもらっていた。
何だかんだ言って、素直に厚意を受け取れないのは狐坂さんもなのかもしれない。そんな彼に無言で何かを訴えかけるようにジーっと見つめていると、
「そんな顔されちゃうと、困るな……」
これまためずらしく困ったような声を上げる狐坂さん。
何か彼にも感謝を伝えたいというか、労いたいというか……私なりに考えに考えた結果、思い切ってそれを打ち明けた。
「そ、それ、なら、あ、あの……せ、せめて、お、おおお、お、い、お、おおおおお……いし、も、もも、ももも、で、でで、も、あ、ああ、あの、お……」
「……え? 美味しい桃?」
どもりすぎて流石の狐坂さんにも、今の言葉は聞きとれなかったみたいだ……。うまく言えなかった恥ずかしさに顔が一気に熱くなる。
「も、森野? 大丈夫か……深呼吸をして少し落ち着け」
すると、そんな私の背中を小熊さんが優しく撫でてくれた。彼の言葉に従ってゆっくり呼吸を整えると、気を取り直してもう一度口を開いた。
「あ、ああ、あの、もし、よ、良かったら、その……な、何か、お、美味しいものを、お、おごらせて、ください……!」
今度はいつもの狐坂さんになら、かろうじて伝わるくらいには言えたような気がした。けれど、自分のことでいっぱいいっぱいの私は、その時、背中を撫でてくれていた小熊さんの手がピタッと止まったことに気づかなかった。
「……それって、純粋なお礼ってことでいいのかな?」
もちろんそのつもりだけど、わざわざそう聞き返されたことに不思議に思っていると、次の瞬間……。
「それとも、デートって意味も含まれている?」
突然、狐坂さんの口からギョッとするような発言が飛び出して、思わず心臓が止まるかと思った。
「おい、狐坂。急に何を言い出すんだ……」
驚いて固まったままの私のかわりに、小熊さんが思わず話に入ってくれた。
「だってさ、咲ちゃんからお誘いを受けるなんて初めての事だからさ、もしさっきの言葉にデートの意味も込められたら、ちゃんと答えないといけないと思って」
飄々と答える狐坂さんの様子に、いつものように冗談で言っているのか真面目に言っているのか判断がつかない。
「そ、そそそ、そんな…わ、私なんか、が、デ、デートなんて、め、めめめ……め、滅相もあ、ありません……。あ、あの…え、と……こうやって無事に完成する、事が出来たので、何というか、労う? といった感じの意味で……せ、せめて、こ、狐坂さんにも……何か、お、お礼が、出来ないかと……」
うまい言葉が出て来なくて、しどろもどろになりながらも必死に話す私の様子を、狐坂さんはしばらくジーッと見つめていたけれど、やがて何やらうんうんと小さく頷いたあと口を開いた。
「なるほど、咲ちゃんが言いたいのは打ち上げ的な感じかな?」
思わず、それだ……! と思った私は、狐坂さんのそのひと言にブンブンと勢い良く首を縦に振った。
「それなら、小熊も一緒に3人で行こうか」
もちろん小熊さんにも声を掛けるつもりだったので、思わぬ発言に激しく狼狽えてややグッタリとしていた私だけど、狐坂さんがあっさりとそう言ってくれて、何だかんだで内心助かったと思っていた。
「狐坂、お前……」
しかし、何か物言いたげな様子の小熊さんが、狐坂さんに話しかけたものの、
「いや、もしデートだったら、もちろん咲ちゃんと二人っきりで行くつもりだったけど?」
事もなげにそう言い返された小熊さんは一瞬グッと押し黙ったあと、私に振り返った。
「森野は……それでいいのか?」
何やら真剣な様子でそう聞かれて、どぎまぎしつつも素直に答える。
「も、もちろん、です……。こ、ここ、小熊さんにも、ひ、日頃、すごく、お世話になっているので……さ、3人で、行けたら、う、嬉しいです……」
私にとったら、ほんの少しでも小熊さんと一緒に過ごせる時間が増えるということでもあるので、心の中でこっそりとその嬉しさも噛み締めていた。




