森のなかまたち 5
「ミニチュアハウス?」
ミニチュアハウスを作らせて欲しいという突然の申し出に、戸惑ったような声を上げたのは犬飼のおばあちゃんの娘さん。
いきなりそんなことを言われても困るのは当然のことだと思うけれど、再現するには室内を見て回ったり撮影したりする必要があるため、連絡を取って事情を話すことになった。
「は…はい。あ、あの……上手く、つ、作れるかどうかは、わかりませんが……。い、犬飼のおばあちゃんの……ために、雰囲気だけでも……再現できたらと、思って……」
「母のために、そこまでしてもらうわけには……」
最初は困惑顔の娘さんだったけれど、そんな彼女に対して狐坂さんが言葉巧みに説得してくれて、最終的には快諾してくれた。
「そこまで仰ってくれるなら、お願いしようかしらね。この家は母だけじゃなくて、私にとっても生まれ育った思い出の家だから」
そう言って、娘さんが案内してくれたのは、犬飼のおばあちゃんが一番気に入っているというダイニングキッチンだった。
「わぁ……素敵……」
部屋に入った瞬間、思わずこぼれた言葉に娘さんが小さく笑った。
「ふふ、そうでしょ。亡くなった父は今で言うDIY好きでね、料理好きの母のために、もっと使いやすいようにと細々とした要望を取り入れながら、棚やテーブルを作ってあげたのよ」
その言葉どおり、一目見てよく使い込まれているキッチンだとわかる。
料理好きというだけあって、数種類のハーブや調味料などの小瓶をはじめ、ハチミツやジャム、他にも乾物などの瓶詰めが、それぞれ使い勝手が良さそうに作られた棚にズラッと並べられていて、食器棚やダイニングテーブルもシンプルな作りだけど、ところどころ工夫が施されていて、使う人に対する思いやりが感じられた。
想像より何倍も素敵で、温かみにあふれたインテリアだった。
娘さんによれば、ダイニングの窓からは小庭も見えて、料理だけじゃなくてここでよく本を呼んだり書き物をしたりしていたらしい。
そうして、私たちは手分けをしながら室内の撮影を始めた。
小熊さんは室内全体と家具を色んな角度から撮影し、狐坂さんは調味料や瓶詰め食材などといった小物や生活雑貨類を撮影しながら、メモを取りつつ何やらぶつぶつと呟いていた。
ちなみに、私はざっくりとスケッチしながらミニチュアハウスのイメージ画を描いていた。
「お、この庭の部分を多肉植物の寄せ植えにするアイデア良いな。これだと取り外しも出来て世話も簡単になる」
いつの間にか背後からスケッチブックを覗き込んでいた小熊さんが、感心したような声を上げた。
犬飼のおばあちゃんはよく庭の手入れもしていたので、ダイニングキッチンつづきで庭に見立てた多肉植物の寄せ植えを備え付けたらどうかなと考えてみたけど、小熊さんにそう言ってもらえてホッとした。
「どれどれ、僕にもイメージ画見せてくれる? へぇ、この多肉植物のアイデア僕も良いと思うよ」
緊張したけど狐坂さんにもそう言ってもらえて、ホッと胸をなで下ろす。
「あ、それからざっと作る物を書き出してみたから、咲ちゃん自分が作れそうな物に丸印してくれるかな」
狐坂さんがリストアップしてくれた品目をひとつひとつ慎重に考えながら、丸印をつけていく。
食器マル、グラスやコップもマル、調味料や瓶詰め類もマルと……。
「あとは、小窓のカーテンやこのエプロンも何着かあれば生活感が出てきそうだけど、咲ちゃんお裁縫は出来る?」
「ほ、ほんの……少し、繕うくらいなら、で、出来ますけど……。衣類は作ったこと、ないです……」
「ふむふむ、なるほど……。じゃあ、これは……して、あと、必要なのは鍋やフライパン……は……に、うんうん。ひとまずこれでスケジュールを組んでみようかな……」
リストを眺めながら、何やらぶつぶつと考え込みはじめた狐坂さん。
内心、不安でいっぱいだったけれど……。
印をつけたものは、これまで自分が作ってきた物と工程はそう変わりないので、何とか自分にも作れそうだと思えるものがあって、心の中でこっそり安堵していると、ふいにポンと頭に暖かい重みを感じた。
「リストにいっぱい印をつけていたけど、凄いな。森野はそんなに作れるんだな」
土台や家具など重要な部分を作るのは小熊さんなのに、不安がっていた私を少しでも励まそうとしてくれるその優しさに、胸がじんわりと暖かくなった。
少しでも楽しんでもらえたらと思います!