森のなかまたち 4
「まあ、咲ちゃん。よく来てくれたわね」
いつもと変わらない犬飼のおばあちゃんの朗らかな笑顔に、安堵するとともに思わず目尻に涙が滲んだ。
「あらあら。昨日は怖い思いをさせちゃって、ごめんなさいね。でも、助けを呼んでくれて本当にありがとう」
ご飯を食べたあと、小熊さんは狐坂さんにお店の留守番を頼み、お見舞いの段取りを取ってくれた。
自宅ではなくしばらく娘さんの家で静養するというので、途中、お見舞いの品を購入して電車で隣町の娘さん宅を訪ねたのだった。
「確か、昨日の朝、母さんが声をかけていた娘ね。森野さんこの度は本当にありがとうございました」
「い、いえ……。わ、私は、何も出来なくて……、救急車を呼んでくれたのは、小熊さんたちです……」
あの時、まともに挨拶もできずオドオドしながら会釈しかしていなかったので、たぶん娘さんからしたら私の印象はあまり良くなかったと思う。だから、感謝を述べられて、思わずどぎまぎしてしまった。
「それにしても、よく気がついてくれたわ」
今回は結果的に、発見することが出来たので良かったものの、勝手に敷地内に侵入してしまったのに変わりはないので、不安に思っていると……。
「いつも挨拶してくれる犬飼さんの姿がなくて、心配になって見に行ったそうです」
小熊さんがフォローを入れてくれた。
「まあ、それだけのことで?」
確かに、端から見ればそれだけのことかもしれない。けれど……。
「そ、その……わ、私、すごく人見知りで、この町に引っ越してきてから、と、友達とか全然出来なくて……」
いや、引っ越してくる前もいなかったけれど……。心の中でセルフツッコミをしつつ話を続けた。
「で、でも、おばあちゃんは……そ、そんな、わ、私にも、いつも優しく声をかけてくれて……そ、それに何かすごく、す、すす、救われていたというか……」
うまく言えないのがもどかしいけれど、私にとって犬飼のおばあちゃんとのささやかな交流は、大切なものだということを自分なりに伝えたかった。
「だ、だから……あの日、おばあちゃんの姿が、み、みみ、見えなかったのが、き、気になって……」
「ありがとう、咲ちゃん」
犬飼さんのおばあちゃんの嬉しそうな声に、何だか急に語り始めてしまった自分が恥ずかしくなって思わずうつむいてしまった。
すると、そこに娘さんからも、思いがけない言葉をかけられた。
「母さんには、こんなに優しいお友達が出来てきたのね」
“友達”なんておこがましいと思いつつ、その響きにジーンとしていたけれど……。
「でも、せっかく素敵な友達が出来たところに、こんな事を言うのは何だけど……。昨日はたまたま森野さんが気づいてくれて良かったけれど、また同じような事があったら困るし、これを機にそろそろ同居を考えてくれない?」
そう言えば、昨日の朝もその話をしていたような気がする。
「そうね……。主人との思い出の家だから、何だか離れがたくて、あと少しもう少しって思ってたんだけど……これ以上、周りに迷惑をかけるわけにもいかないわね」
話を聞けば、あのお家は築年数も古く高齢ということもあって、以前から何度か同居の話が持ち上がったらしい。
けれど、娘さんと同居することになれば、あの家もいずれ取り壊すことになってしまうので、これまでは犬飼のおばあちゃんの強い希望により亡きご主人との思い出の家に一人、気丈に住み続けていたらしい。
けれど、今回のことでいつまでもワガママを言う訳にはいかないと、おばあちゃんは寂しそうに笑った。
◇◆◇
「犬飼さんの様子は、どうだった?」
お見舞いを終えたあと、そのまま仕事に行くという小熊さんについて行くと、留守を預かってくれていた狐坂さんにそう聞かれて、小熊さんひと通り話した。
そして、同居したらあの家も取り壊すかもしれにいという話になると……。
「同居は安心だけど、ずっと住んでいた家が取り壊されるのは残念だね。古いけど良い家だなって思ってたから……」
狐坂さんの言葉に、思わず私も声を上げていた。
「わ、私も……犬飼さんのお宅がなくなるのは、寂しいです……。もちろん……犬飼さんが安心して暮らせるのが、一番ですけど……。前々からすごく素敵なお家だなって、思ってて……」
おばあちゃんも引っ越してあの家もなくなるのかと思うと、仕方ないことだとしても、やっぱり寂しい気持ちになる。
「いつか、ああいう素敵なミニチュアハウスを作ってみたいなって……」
犬飼さん家を通る度に、密かに思っていたことをポツンとつぶやいた時だった。
「咲ちゃん。それ、名案かも」
狐坂さんが、それに素早く反応した。
「……え?」
意図が分からず首を傾げていると、
「犬飼さん宅の再現ミニチュアハウス作ってみない?」
狐坂さんの突然の提案に、思わず混乱してしまった。
「そ……そんな、の……私なんかじゃ、とても……」
そりゃ、いつか作ってみたいとは思っていたけれど、私が今作れるものと言ったら食器やミニチュアフードに透明グラスや瓶、豆本といった生活雑貨類でミニチュアハウスそのものを作る技量はなかった。
「家具や土台は小熊が担当するし、僕はイケると思うんだけど」
私の不安をよそに、狐坂さんはあっさりそう言いのけると、急な無茶振りにもかかわらず小熊さんも顔色ひとつ変えることなく、
「なるほど。全部屋は無理だろうが、例えばお気に入りの一間とか、ドラマのセットみたいな感じを想像したら何とか形になりそうな気がするな。それでそれを犬飼さんへの贈り物にしたら喜んでもらえるんじゃないか」
むしろ乗り気な返事が返ってきた。
あれよあれよと進んでいく話についていけず、「でも、でも、だって……」とおろおろしているばかりの私だったけど……。
「俺は森野と作ってみたい。全力で協力するから、一緒に頑張ってみないか?」
小熊さんのその言葉に、次第にトクントクンと鼓動が大きくなる。
以前の……小熊さんと出会う前の私だったら、何かしたいと思ったとしても、私なんかじゃきっと無理だろうっていつも不安ばかりが先にきて、失敗するのが怖くて正直、挑戦しなければ失敗する事もないと思っていたりもした。
だけど、勇気を出して小熊さんたちとミニチュアグッズを作るようになってから、ひとりでは味わえなかったまた違った楽しい気持ちを知った。
再現出来るかどうかなんて自信は全くないけど……挑戦した先にそんなふうに思えることもあるんだって考えたら、ワクワクするような気持ちも少しずつ芽生えてくるような気がした。
心のどこかで、小熊さんと一緒にいられる時間が増えるかもしれないという淡い期待が過ったのも事実だけど、純粋に一緒に作りたいという気持ちが大きかった。
「森野が作る物は温かみが感じられて、それはきっと色んな人の心にも届くはずだ」
寂しそうに笑っていたおばあちゃんの顔を思い出す。
昨日は何も出来なかった自分だけど、それでもまた違った形で何か出来ることがあるなら……。
「が、頑張って、みたいです……!」
少しでも楽しんでもらえたら、嬉しいです。