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森のなかまたち 3




 ふっと意識が浮上して目覚めると、見慣れた天井に自然とホッとした。


 昨日はどうやって帰ってきたのか……。確か、病院の待合室で犬飼のおばあちゃんの様子を聞いたあと、安心してウトウトしてそこからの記憶がない。

 寝そべったまま記憶をたどっていると、ふと何だか右手に暖かい感触がしているのに気がついてそっと視線を向けると。


「っ……!」


 ――小熊さん!?


 私の右手をギュッと握ったまま、ベッドに寄りかかって眠っていた。

 なんで? どうして? と頭の中でぐるぐるしながら、小熊さんを認識した途端、何だか急に体温が上がったような気がした。


 思わずビクッと身じろいだのが繋いだ手から伝わってしまったのか、小熊さんのまつ毛が小さく震え起きる気配を感じて、思わずドキリと心臓が緊張の音を立てた。


「おー、目が覚めていたのか? おはよう」


 ゆっくりと目を覚まし、至って普通に声をかける小熊さんに対して……。


「お、おっ……お、おは……お、おっ、おはよう、ござい……ます。あ、あのっ……あ、あの、あ……」


 目が覚めた途端、パニックに陥っていた私は盛大にどもってしまった。


「わ、わかった。説明するから、とりあえず落ち着こうか」


 小熊さんになだめられて、何度か深呼吸を繰り返しほんの少し落ちついたところでやっと話を聞くことになった。


「昨日寝入った森野を、そのまま一人にしとくのは心配で……」


 出張中の兄にはなるべく心配かけたくないと帰ってから報告するつもりだったけど、昨夜泣きつかれて眠ってしまった私を送り届ける際、部屋に上がる事と一晩付き添う許可をもらうために、小熊さんが電話をかけて事情を話してくれたそうだ。


「もちろん大事な妹に、信頼を裏切るようなことはしないと約束して……」


 兄の事だからそこのところの心配は全くしていないだろうけど、何でか小熊さんのその言葉に胸の奥がツキンと小さく痛んだ。

 けれどそんなことを話しているうちに、ふいに小熊さんが繋がれた手に視線を落とした瞬間、あたふたし始めた。


「あ、これは、その、心細いかと思ってつい、すまん……。だが、森野は俺にとっても大事な……“妹”みたいなものだし、兄の変わりだと思ってくれれば……」


 小さく謝る小熊さんに、また小さく胸に痛みがさす。本来なら真摯な彼の対応に感謝するべきはずなのに……。


「そうだ、昨夜は何も食べずに寝たから、腹空いてないか? 何か食べれそうだったら用意……」


 そう言いながら、その手を離そうとした刹那、遠ざかる体温にふっと寂しさが過ぎったような気がして、私は無意識のうちにその大きな手をギュッと握って引き止めていた。


「森野?」


 咄嗟のこととはいえ何て大胆な事をしてしまったのかと思いながら、心臓がバクバクと早鐘を打ち始める。


「あ……。す、すすす、すみ、すみません。な、何か、離れたら、急に、ふ、不安が、込み上げてきて……。あ、あの、も、もう少し、こっ、このままでも、だ、だいっ……大丈夫、ですか?」


 しどろもどろになりなりながらそう言ったものの、小熊さんの次の言葉を聞くのが怖かった。

 けれど次の瞬間、想像を遥かに超えた言葉が小熊さんの口から放たれた。


「……森野。抱きしめてもいいか?」


 一瞬、心臓が止まったかと思った……。


「いや、そんな変な意味ではなく……。それこそさっき言ったように、兄の変わりだと思ってくれればいいから。不安な気持ちが落ち着くまで、少しでも慰めてやれたらと」


 だけど、そのあと続けられた小熊さんの言葉にズキン、と大きく胸が痛むと同時に、私はやっとその感情に気づかされたのだった。


 私は、きっと小熊さんが好きなんだと思う……。


 だけど、小熊さんからしたら12歳も離れてて、おまけにコミュ症の私なんか……。彼が言ったように、きっと『妹』みたいな感じなんだろう。

 だから、これまで私がどんなに話すのが下手っぴでも、あきれることなくいつだって暖かい眼差しで見守ってくれてたんだと思う……。


 気づいたところで、叶うことのない恋だということは初めからわかっている。


 その現実にズキズキと胸は痛むけれど、こんな私が小熊さんに告白なんて出来るはずもなく、もしバレたとしても小熊さんが困るだけだし、そのせいでぎくしゃくしてしまうくらいならこれまで通りの関係でいたかった……。


 そんなふうに考えていたら、例え小熊さんから妹みたいに思われていたとしても、その大きな腕でもう一度抱きしめてもらえるなら、それでもいいんじゃないかって気にもなってくる。

 だって、そうでもない限り、こんな私が小熊さんに抱きしめてもらえることなんてこの先一生ないのだから……。


「いいか?」


 ほんの少しかすれた小熊さんの声に、耳の先までじんじんするほど熱くなった。


 それが、無言の合図だった。

 

 静かに衣擦れの音がして、ふわっと小熊さんの匂いが鼻をくすぐったかと思えば、強い力で抱きしめられていた。

 だけど、それはまるで子どもをあやすようなハグで……その切ない現実にギューッとしめつけられる胸の痛みが、またその想いをより深く刻み込むのだった。


 この気持ちに気がつかないでと心の中で祈りならが、それでもあともう少しだけと小熊さんの胸に顔をすり寄せた。


 望む形じゃなくても一緒にいたいと思う気持ちに変りはないし、どんな関係だろうとこれまで通りにいられるならそれでもいい、私にとって小熊さんはかけがえのない存在なのだ。


 私は心の中で何度もそう言い聞かせると、胸の痛みとともに小熊さんへの想いを心の奥にそっと仕舞い込んだ。


 どれくらいそうしていたのか、ふいにお互い同じタイミングで自然に体を離した。


「……ご飯食べたら、一緒に犬飼さんのお見舞いに行くか?」


 ほんの少しの沈黙のあと、いつもの小熊さんの優しい声に私は小さくうなずいた。




次話から加筆が必要になるので、執筆が出来次第の更新となります。

ゆるりと追いかけてくださると嬉しいです。

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