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森のなかまたち 2




「わ、わたし……ひ、人が、倒れてるのにっ……救急車も、呼べなくて……。何も出来な……」


 夜間の病院の待合室で私はいまだに涙を止めることが出来ず、小熊さんにしがみついたまま状況を話していた。


「そんな事ない。俺にすぐ電話してくれた。よく頑張ったな」


 小熊さんが私を抱きかかえてくれる両腕にギュッと力を込めた。


 そう言ってくれることを期待していなかったといったら、嘘になる……。


 自分から話すのは、無意識に小熊さんならそう言ってくれるだろうと心のどこかで思っていたから……。

 私はそうやって何も出来なかった後ろめたさを、小熊さんの優しさに甘えることで、少しでも誤魔化そうとしていたのかもしれない。


「いつもの、時間に……に、庭に居なくて……」


「いつも声を掛けてくれる犬飼さんの姿が見えなくて、心配で様子を見に行ってくれたんだな」


「そしたら……お、おば、あちゃんがっ、倒れ……」


「すごく驚いたな。でも、森野が見つけてくれたおかげで、こうやって病院に運ぶことができた。よく頑張った」


 うんうんと話を聞きながら、その大きな手ですすり泣く私の背中を何度もポンポンとなでて慰めてくれた。


「こ、小熊さんが……こんな私にも、いつも気にかけてくれたので、自分も、少しでもそんな人になれたらなって……思って……」


 その言葉は、後ろめたさとか甘えとかじゃなく、本心から出たものだった。


「森野……。そうか、ありがとうな」



◇◆◇



「大貴」


 しばらくして、犬飼のおばあちゃんの診察に付き添っていた狐坂さんが戻ってきた。


「有聖、犬飼さんの容態はどうだった?」


 もし酷いケガだったらどうしようと……緊張でじっとりと嫌な汗が背中に浮かぶ。

 小さく震える指先で抱きついていた小熊さんのシャツをさらにギュッと握り締めると、彼はそんな私を安心させるようにしっかりと背中に手を回してグッと抱き寄せてくれた。


「転んだ時の軽い打撲と足首の捻挫で済んだみたい。意識もちゃんとあるし入院の必要もなくて、連絡した娘さんもすぐに迎えに来てくれるそうだよ」


「そうか。ひとまず良かった」


 小熊さんがホッとしたようにひとつ息を吐くと、同時に私もやっと肩から力が抜けていくような感じがした。

 そんな私の背中を小熊さんは再び優しくなで始めると、張り詰めていた緊張の糸が徐々に解れていき、疲労感にうとうととし始めてしまった。


「本当に咲ちゃんが様子を見に行ってくれて良かったよ。一人暮らしだと気づくのが遅れてもっと大変なことになってたかもだし」


「ああ。よく、頑張った」


「今時なかなか出来ることじゃないからね」


 二人のやりとりをよそに、私は押し寄せてくる眠気にだんだんと意識もぼんやりとしてきて、そんな大人しくなった様子を見かねた狐坂さんはこう言ってくれた。


「娘さんには僕が説明しとくから、大貴は先に帰って咲ちゃんを休ませてあげて。今日はすごく大変だったと思うから」


「ああ、しかし、今日は兄貴がいないと……」


 さっき狐坂さんが私の兄にも連絡を取ろうとしてくれたが、あいにく今日は県外に出張中で、私がケガをしたとかではないし仕事の邪魔をしたくなくて、帰って来てから事情を話すことにしてもらったのだった。


「一人にしとくのは心配だし、大貴も一緒に泊まってあげたら?」


「なっ……! いきなり、何を言いだすんだ」


「目が覚めた時、誰もいないと不安だと思うけど?」


 焦ったような声を上げる小熊さんに対して、狐坂さんは至って平然と話している。だけど、そんなやりとりも、その時の私にはもうほとんど頭に入ってこなかった。


「しかしだな……」


「大貴が無理って言うなら、僕の家に咲ちゃんを連れて帰ってもいいけど……」


 薄れゆく意識の中で、その時、何だかギュッとされたような気がした。


「答えは、出てるんじゃない?」


 思わず態度に出てしまった小熊さんに狐坂さんがそう言ったけれど、もうすでに彼の腕の中で寝入ってしまっていた私は知るよしもなかった。



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