森のくまさん 8
言葉も出なかった。
小熊さんが約束してくれた通り、私のデザイン画を元にしたミニチュア家具が完成した。
「少し森野のデザインに手を加えてみたが、どうだ?」
感想を聞かれたが、私は自分が思い描いていたよりも何倍も素敵なミニチュア家具に感極まって言葉も出なかった。
猫脚テーブルに猫のシルエットを型どった椅子、まるでファンタジー映画に出てくる魔女の部屋に置かれているような家具に仕上がっていた。
当初、私が描いたデザイン画は少しずんぐりむっくりな感じが気になっていたけど、小熊さんはその部分を上手く直して作ってくれた。
素敵すぎて触るのも自分の息がかかるのさえ恐れ多い感じがして、私は口と鼻を両手で覆ったまま、左右から覗き込んだり、かがんで見上げたり背伸びして真上から見たりと、舐め回すように視線を注ぐ。
「ものすごく気に入ったみたいだね」
興奮が抑え切れず釘付けになっている様子の私を見て、狐坂さんがそう言った。
「森野に喜んでもらえて、良かった」
その言葉に振り返る。お礼を言わなくてはと思いつつ、いまだに胸がいっぱいで目尻に涙をにじませ小熊さんをジッと見つめたまま、心の中で感謝の念を送るばかりだった。
「せっかくだし眺めてばかりじゃなく、森野のミニチュア雑貨を飾ってみてくれないか」
そんな私に小熊さんはふっと笑いかけると、そう声をかけてくれた。
その途端、何から飾ろうかと次から次へと想像が膨らんでいく。テーブルクロスを敷いて、樹脂粘土で作った食器に新作のネコの形をした食パンのミニチュアフードや透明グラスに着色したレジンで作ったオレンジジュースなどを置いたりとか、ランプと豆本を置いて読書中みたいな感じもいいな、などとブツブツつぶやいていると。
「じゃあ、その全部を撮影しよう」
あれだけ撮影には消極的だったのに、完成したミニチュア家具を一目見た瞬間そんなことは頭からかき消えて、小熊さんの言葉に思わずブンブンと大きくうなずいたのだった。
◇◆◇
それから、小熊さんが作ったミニチュア家具に私の作ったミニチュア雑貨をそれぞれシチュエーションごとに飾っていき、それを狐坂さんが撮影してくれた。
撮影後、その画像を見せてもらった私は、さらに感動することになる。
素人が作ったものだからとずっと自信が持てなかったけれど、小熊さんの作ってくれたミニチュア家具に飾ってみたら、自分で言うのも何だけど様になっていると言うか、正直雑誌に掲載されてもおかしくないような出来栄えに感じた。
「これ、想像以上に良いんじゃない?」
そんな私の胸の内を見透かしたような狐坂さんの言葉に、ハッと我に返る。
「こ、小熊さんが、つ、作ってくれたミニチュア家具が、す、素敵なので、私が作った物も、それらしく見えるんだと……思います」
うっかり自惚れそうになったのをあわててグッと抑え込むと、どぎまぎしながらそう答えた。
「そうか? この本なんかちゃんとページも開くし、良く出来ているぞ。どうやって作ったんだ?」
豆本を手にした小熊さんが、ページを開きながら感心したような声をあげた。
「そ、それは、ま……豆本と言って、ハードカバーの上製本の仕組みを見て、自分なりに、サイズを小さくして作ってみたんですけど……」
褒められ慣れていないので、オロオロとしながらも説明していると、ふいに狐坂さんから声をかけられた。
「そういえば、僕、少し調べてみたんだけど、ミニチュア作りの通信講座で取得できる資格があるけど、咲ちゃんは受けたりしたことあるの?」
通信講座の資格は知っていたけれど、これまではただ自分で楽しむだけだったので、取ろうとまでは思ってなかった。
「わ、私は、ただ趣味で、作ってただけなので……そういのは、ぜ、全然。だ、だから、ほんとに、素人が作った物を……広報に、なんて……」
話しているうちに、ハッとした……。もしかしてこういう場合ちゃんとした資格がないとダメなんじゃないかと、急に不安が込み上げてきた。
「独学で作家として活躍している人もいるみたいだし、特に資格がいるとかそういう心配は大丈夫だと思うよ」
狐坂さんの言葉にひとまずホッとした。
正直、SNSにアップするのにはいまだにためらう気持ちもあるけれど、ここまでしてくれたのに断るなんてことも出来そうになかったから。
それに、さっきの画像の出来栄えに、密かに背中を押されてもいた。
「そういえば、家具職人には資格があるんですか?」
ふと気になって珍しく自分から聞いてみると、小熊さんが答えてくれた。
「そうだな、資格自体は色々とある。目指す際に必要とする資格はないが、それがないと使用できない機器もあるから、必要に応じて取得したりする。俺も見習いをしながら追々取得していった感じだな」
小熊さんの言葉に、狐坂さんも頷きながら。
「資格取得は、一定の知識と技術を示すものにもなるから有利になる面もあるからね。あ、そういや、咲ちゃんにはまだ名刺を渡してなかったね」
そういえば兄とは名刺交換していたけれど、その時の私はまともな会話は出来ず、結局連絡先を交換するので精一杯だったような気がする。
せっかくだからと、この機会に二人から名刺をもらった。
「裏面を見てみて」
そう言われて、狐坂さんの名刺を裏返してみると。
「わっ! す、すごい……です!」
経営マネジメント系だけじゃなく、インテリアプランナーや照明にカラーコディネーターまで幅広く習得された資格名が表記されていた。
「ね。何か凄そうって思ってくれたでしょ。例えば仕事を依頼するかどうかって時、資格の有無が一定の目安になる場合もあるからね」
言われてみれば、確かに必須ではなくとも、関連する資格があると安心感がするのは分かるような気がした。
「こ、小熊さんも、さっき言った通り……い、色々と取得されてるんですね」
次は小熊さんの名刺の裏側を見てみる。
「まあ、だからといって資格がすべてではないのが、職人の世界とも言えるがな」
確かに、そう言われるとそうかもしれない。
「よし! 話も一段落したし、そろそろ公式アカウントを開設しようか。二人の合作だから、アカウント名も二人にちなんだネーミングがいいよね。うーん……森野と小熊だから『森のくまさん@小熊木工店』でどうかな?」
「……」
何だか子どもの頃お遊戯で歌った歌のようなネーミングだけど、それはともかくこれまでSNSとかしたことなかったから、心はほぼ決まっているけれど緊張してなかなか最後うなずくことができない。
「森野。もし、これを見て誰か一人でも良いなと思ってくれたら、それだけでも十分すごい事だと俺は思う。だから、そう気負わなくても大丈夫だ」
小熊さんのあたたかい言葉が、不安な心にじんわりと広がっていく。
「それに、俺はこの写真を見て、もっと森野がデザインしたミニチュア家具を作りたいと思った」
その一言に否応なしに胸が踊る。私も同じ気持だった。小熊さんが作ってくれるミニチュア家具をもっと見たい、そして自分でも作れるように彼に教わりたいという気持ちがあふれてくる。
やがて、私は小熊さんの言葉に背中を押されて、狐坂さんに向かっておずおずとうなずいた。
「じゃあ、アップするね」
こうして私と小熊さんのミニチュア作品は、商店街の片隅から広いネットの世界へ発信されたのだった。
次話から新しいエピソードです。
少しでも楽しんでもらえたら、嬉しいです。