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森のくまさん 7




「っ……!」


 咄嗟に手を握られたことで、心臓までギュッと掴まれたみたいになった。


「あ、せっかくだからのど飴をもらおうと。最近、空気が乾燥しているしな……」


 小熊さんの発言に、これはただ私の失態をフォローしてくれようとしての行為なんだと、他意はないのだと言い聞かせてみたけれど、高鳴る鼓動はおさまりそうになかった。


「……」


 だけど、そのあとも小熊さんは私の手を握ったままでのど飴を受け取るような動きを見せず、何だか二人とも黙りこくってしまい、いたずらに時間が過ぎていく。

 次の言葉を必死で探しながら、ぐるぐる思い悩んでいると、ようやく小熊さんが口を開いた。


「森野は、手が冷たいな。今日はちょっと冷えてるからかな」


 小熊さんはそう言って、繋いだままの手にほんの少し力を込めると、温めるかのように私の手をにぎにぎと握ってきたのだけれど……。


 咄嗟に、それは嘘だと思った。


 正直、手を握られた瞬間、カッと体温が一気に上がり私の手は指先までじんじんとするほど熱くなっているはずなのに、小熊さんは何でそんな……。

 頭の中がぐるぐるしながら、心臓がせわしなく破裂と再生を繰り返す。そうしているうちに、ついに緊張と恥ずかしさに限界がきて、とうとう私は声を上げる。


「あ、あああああ、あの、そ、その……。そんなに、にぎにぎされると、は、恥ずかしいというか……」


 まだコンビニの駐車場で、さっきの店員さんが心配してこっちの様子を伺っていて、手を繋いでいるこの状況を見られていたらと思うと、さらに頬が熱くなるのを感じながら何とかそう伝える。


「す、すまん。つい、その……こんなに小さくても、ちゃんと物づくりをしている手だなと思って……」


 私の手は、ミニチュア作りで指先はカッターで傷を作ったり、タコが出来ていたり、清掃のアルバイトでいつも荒れ気味で、お世辞にも綺麗なんて言えない……。

 でも、小熊さんはそんな私の手を「物づくりをしている手」だと言ってくれた。その一言で胸に暖かいものがじわじわと広がっていくような気がした。


 でも、それを言うなら小熊さんだって、私なんかよりずっと物づくりをしてきた手だということが、繋いだその感触から伝わってくる。

 大きくてごつごつしたその手は、大きな家具からミニチュアサイズまで色んな物を作り出す魔法の手のように感じる。


 私は、ふと前から密かに気になっていたことを、小熊さんに聞いてみた。


「あ……あの、小熊さんは、な、何で私の描いたものを作りたいと思ったんですか?」


 素人の私が描いた物より、もっとずっと素晴らしい家具を作ってきたプロの職人でもある小熊さんが、そう言ってくれたことがずっと不思議でたまらなかった。


「素直に面白いと思ったからだが、あとはそうだな、羨ましさみたいなものも感じたからかな」


「羨ましさ……ですか?」


 ますます不思議に思い、首を傾げる。


「ああ。何というか、自分の作りたい物だけを作って、商売するのはなかなか難しくてな。狐坂と一緒に仕事をするようになった頃は、作りたいものと求められているものとの間で、何度もぶつかったこともあったっけな。だから、森野の絵を見た時その自由な発想が、ただ純粋に作りたいものを作っていた頃の気持ちを、思い出させてくれた気がしたんだ」


 小熊さんの言葉に、胸の奥からグッと込み上げてくるものがあった。


「正直、最初見た時は全然実用性がないとは思ったが、そのあと森野のミニチュア雑貨を見て、ああこういう世界でなら今よりもっと夢をぎゅっと詰め込めんだ作品を作れそうだと思った」


 自分がただ思いつくままに描いたデザイン画が、こんなふうに誰かに影響を与えていたなんて思ってもみなかった。


 それもこれも、あの日小熊さんと出会ったから……。

 ううん、ただ出会ったからじゃない、そのあと誤解を解こうとわざわざ追いかけて来てくれたり……これまでのことを思い返せば、ただの偶然だったものを小熊さんのその大きな優しさが繋いでくれた「縁」なんだと思う。

 それが何だかとても凄いことのように思えてきて、今更ながら感動を覚えたのだった。


 ちなみにそのあと、コンビニの駐車場で握られた手は家に送ってくれる間もずっと繋がれたままだった。

 終始、どうしようとぐるぐる考え込んでいたけれど、何も言い出せなかったのはコミュ症のせいだけじゃなくて、心の片隅でその瞬間手が離れてしまうのが何だか寂しいと感じていたかもしれない。


少しでも楽しんでもらえたら、嬉しいです。

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