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砂漠の行列

思い付きで書きました。

 これは、大陸西部を旅したときの話だ。


 そこはとてつもなく広大な砂砂漠で有名な土地だった。当時の俺は己の足のみで旅をしていたが、砂漠に足を踏み入れる前に寄った町で行商人に話を聞くと、ラクダを連れずに砂漠を横断するのは自殺行為だという。

「どれだけ体力に自信があろうと、その身一つじゃ砂漠にゃ敵わんさ。修行? とかに出かける訳じゃねぇんなら、ウチで一頭買ってきな。安くしとくよ」

 俺とて死ぬために旅をしているのではない。俺は行商人の言葉に従うことにした。大金と引き換えにラクダを一頭買い、その日は町で一泊した。そして翌日、俺は日が昇るのと同時に、ラクダに跨り町を出た。

 そこはまさに砂の海だった。視界を遮る物は存在せず、距離感さえ全く掴めない。ラクダの足跡は砂の波に呑まれ、瞬く間に消えててしまう。来た道を戻ることはできず、手元の方位磁針のみが道標だった。

 太陽の位置からして半日ほど経った頃だろうか、それまで生き物の影一つ見えなかった砂漠の中心に、何やら人影が一つ見えた。初めは蜃気楼かと疑ったが、それが生身の人間であることはすぐに分かった。体中を大きな布で覆い目元だけを出した男が、杖を片手に砂漠を歩いていたのだ。

 砂漠を徒歩で横断するのは自殺行為だと、町の行商人が言っていたはず。にも関わらず、この男は碌に荷物も持っていない。こいつは死にたいのかと疑問を抱いたとき、俺は視界の先に異様な光景を見た。

 人影は一つではなかった。大勢の人影が列を成し、砂漠を二つに割るように歩いていた。それは大蛇のようにうねりを打ちながら、まるで一つの意思を持ったように進んでいる。例の男も行列に追いつくと、蛇の尻尾の一部となった。

 この不気味な光景を目にした以上、無視して進むことなどできまい。俺はラクダを列の隣につけ、その中の一人に訊ねてみた。

「これは一体何の列だ。この先に何かあるのか」

 だが、そいつは何も答えなかった。その前を歩く奴にも、その前の奴にも同じく訊ねてみたが、返事は一つも帰ってこない。いい加減苛立ち始めたとき、とうとう一人の男が言葉を返した。

「この先の神殿に、それはそれはありがたい僧侶様がおられるのです」

 その言葉のみを残し、男は返事をすることはなくなった。

 仕方なく別の人間にあたることにする。しかしこの男共はまともに口を利かず、十数人に訊ねてようやく返事が返ってくるという具合だった。

「この先の神殿に僧侶がいると聞いた。お前たちはそれに会いに行くのだろう。それはどんな奴だ」

「僧侶様は、数十年に及ぶ苦しい修行の末に悟りを開かれた、徳の高いお方です」

「お前は僧侶に会ってどうするつもりだ」

「ありがたい教えを頂くのです」

「何故歩いて向かう? 俺のようにラクダに跨れば良いだろう」

「これは修行です。苦行を乗り越えた者のみが、教えを授かる資格を持つのです」

 そして彼らは口を噤み、ひたすらに歩み続けていた。

 話を聞くと中々興味深い。彼らは修行のために徒歩で砂漠を渡っているらしい。行商人の言っていた修行とはこれのことだったのか。

 それにしても、徳の高い僧侶の話は聞いたことがない。彼らと違って俺はラクダを持っているし、食料も水も十分に用意がある。折角だから俺も件の僧侶を訪ねてみることにした。こいつらは修行だのと言いラクダに跨ることを否定したが、余所者の俺には関係あるまい。

 列に沿ってラクダを歩かせる。砂の山を越え、谷を抜け、しかし列が途絶えることはない。果たして本当に僧侶などいるのか、疑問を抱きながら辛抱強く耐える。

 そのとき、列の中の一人が倒れた。躓いたのではない、力尽きたのだ。町の行商人の言葉を思い出す。砂漠を徒歩で渡るのは自殺行為だと。

 恐らく同胞が死んだというのに、列の人間たちにまるで悲しむ様子はない。数人が遺体を脇に退け、弔うこともせずに元の列を成して再び歩き出す。風が吹く度に遺体を砂が覆い、やがて吞み込まれる。

 それから日が沈むまでの間に、十数人もの人間が息絶えるのを目撃した。周りの人間は無機質な手つきで遺体を退け、何事も無かったかのように歩き出す。彼らにとって、修行中に命を落とすのは当たり前のことなのだろう。そして、己の命を懸けるほどに、彼らは例の僧侶を崇めているのだ。

 しかし、それほどまでに徳が高いのなら、町に泊まった際に話を耳にしても良いものだが。こいつらはあの町の人間ではなく、他所の町から来たのだろうか。そんな考えを巡らせつつ、一日、また一日と、列の隣を歩き続ける。何百もの人間を追い抜いても、その先には何千と列が続いている。初めはその光景に嫌気を感じていたが、三日も経つ頃には全く様子が異なっていた。

 列を成す人影はまばらになり、歩みも遅い。今にも倒れそうになりながら、必死に足と杖を動かしている。しかし、一人、また一人と倒れ、列は更にまばらになる。既に遺体を退かす力は残っておらず、迂回する判断力も失っているのか、後ろの人間は遺体を踏みつけていく。その光景を俺は冷たい目で見るばかりだった。

 そして歩み続けること数時間後、ついに俺は列の先頭に追い付いた。前を行く最後の人間が力尽き、俺が列の先頭となったのだ。

 目の前には、ただただ砂漠が広がっているだけだった。神殿もなければ僧侶も居ない。見渡す限り何も存在しない世界。

 後ろを振り返る。今にも死にそうになりながら、必死に前を目指す修行僧が列を成す。彼らを突き動かすのは、僧侶が授けるというありがたい教えの存在のみ。

 神殿は存在するのかもしれない。もし辿り着くことができたなら、僧侶から教えを授かることができるのだろう。だが、彼らにその現実は訪れない。砂漠は果てしないほど広く、道標も存在しない。彼らはただ一つの信仰を胸に抱きながら、焼けた砂上で命を落とすのみだ。

 これ以上ここにいても碌なものは見られそうにない。俺は列を離れ、次の町を目指すことにする。方位磁針を確認し手綱を引いたとき、背後でまた一人力尽きる音がした。

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