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怨嗟の誓約  作者: シノヤン
3章:忘れられし犠牲

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第97話 ムシのいい話

「つまり、作戦を手短に伝えるとルーファンが戻ってきたタイミングで、先生と腰抜け捕虜に攻め込むなら今が好機だと伝えさせ、わざと襲撃させる。そして”鴉”に攻撃を先導してもらい…一網打尽だ」


 兵士達が慌ただしく準備をする傍らで、ジョナタンは軽食を取りながら話し合った末に決めた作戦についてフォルト達に伝える。


「しかし…戻ってくるタイミングどころか、そもそも無事に帰って来るかどうかさえ分からないのに大丈夫か ?」


 なぜかまだ街に留まっていたスライが固い黒パンをしかめっ面で齧りながら言った。本当は解剖が終わり次第早々に戻るつもりだったが、面白い話が聞けそうだとずるずる居座っている内に帰れるような状況ではなくなっていたのだ。


「おいおい、彼を何だと思ってる ? 鴉だぜ ? この世の地獄と化した戦場を生き延び、修練を積むために猛獣や魔物が蠢く密林でサバイバルを続け、幾度となくリミグロン狩りをして修羅場を潜り抜けてきた生粋の猛者だ。今更くたばる様な事があるもんか。彼だって勝算も無しに海底へ向かったわけじゃないさ。きっと」

「そうやって慢心する人が真っ先に痛い目見るってルーファン言ってたよ」

「フォルト、冷や水浴びせるような事言うんじゃない」


 ジョナサンは断片的に得た情報で形成したルーファンの武勇伝を伝えるが、当の本人が一番嫌がりそうな事をしていると感じたフォルトが彼に皮肉を言った。そうして帰りを待つ一同だったが、次第に周囲の慌ただしさが準備によるものではなく混乱に起因する物へと変わりつつある事に気付く。上官らしき男が報告に来たらしい兵士と問答を繰り広げ、周囲の取り巻き達もざわついている。


「おい、何かあったのか ?」


 近くを通りかかった兵士にガロステルが尋ねた。


「暴動…ほどではないんですが、市民が我々の呼びかけに抵抗をしていると」

「ん、確かバリケード作ったり避難誘導の手伝いしてもらう手筈だったよね。嫌がってるって事 ?」

「ええ、その通りです…」




 ――――フォルト達が駆け付けると、港の付近にある広場では老若男女問わず市民が集まり、呼びかけと伝令をしていた兵士達に文句を言おうとごった返していた。


「ふざけるな ! こっちは家の修理で忙しいってのに、余計な時間使えってのか⁉」

「避難しろって言ったってどうするのよ ! ちゃんと寝床と食料くらいあるんでしょうね !」

「まさかとは思うが、何の報酬も無しにその手伝いとやらをしろってわけじゃないよな ?」

「私の祖父は足が悪いんです ! 避難をする場所までどうやって行けって言うんですか⁉」


 今まで経験した事の無い外敵による侵攻という状況下でパニックになっていた矢先という事もあってか、市民は完全に混乱をしていた。もう安全と言ったかと思えば、やはりすぐに避難をして、ついでに体力がある者は自分達を手伝えなどと方針を極端に変えてしまったのが良くなかったのかもしれない。


「お気持ちはわかります ! しかし今は国の一大事です。我々兵士達の力だけでは、目の前の問題を全て対処できる猶予と人手が足りないのです。どうか皆さまの助力を―――」

「どうせ…恩を仇で返す癖にか ?」


 兵士がどうにか説得をしようとしていた時だった。一人の老齢の女性が兵士の言葉を遮る。初めてアリフを訪れた時、目の前で母親である老婆を殺され、ジモエ・ホーレンに連れて行かれた青年だった。恐らく襲撃を生き延びていたのだろう。周囲の人々の手伝いをしていたのか、あちこちが薄汚れていた。


「君は…」

「何をしたわけでもない。自分の子供の事を案じて、恥を忍んで詫びを入れた俺の母親を殺しておきながら協力しろだと ? どの面を下げて言っているんだ⁉」


 兵士も目を丸くしていたが、青年は激昂していた。その口ぶりと気迫に、事情を知っていた人々も次第に同調し始める。


「そうだそうだ ! 今更擦り寄って来るんじゃねえ !」

「散々王族に守られて権力使ってふんぞり返ってたくせに、今更同胞面か ! ナメてんじゃねえぞ !」

「半魚人様お得意の魔法で何とかしてみればいいじゃない !」

「大体何が国の危機だ ! この間の襲撃だって、俺達を助けてくれたのは”鴉”とその一味じゃねえかよ税金泥棒 ! 何もしてねえくせに食い扶持と人手は寄越せってか !」

「王族達に縋ってみるか ? ああ、ルプト様以外いないんだっけか。」


 批判はやがて罵倒に代わり、怒号と嘲笑を響かせながら狂乱と化し始めていた。見かねたフォルトが止めに入ろうとしたが、”鴉”を支持しているらしい市民たちがいる以上は、状況がさらにややこしい事になりそうだと判断したジョナサンがそれを止める。


「全くまだ騒いでんのか。くだらねえ…八つ当たりで命が護れるんなら誰も苦労しねえよ。おいっ、この辺に積んでる干し魚と酒を避難所に持ってけ。軍の食糧庫にもな」


 そんな遠くの方から聞こえる声に耳を傾けていたベトイ船長は呆れつつ、帰り着いた波止場で情報を聞かされ食物を積んだ木箱を避難所や兵士達の食糧庫へ運ぶように指示を出していた。


「…ん ?」


 一人の若い見習い漁師がよろけながら木箱を抱えた時だった。曇り空の下に広がる黒い海の方へ目をやると、何かが波を作りながら押し寄せてきている。


「せ、船長。あれは… ?」

「あ ? って……オ、オルシゴン ? いや、それよりでけぇ… ! おい、全員逃げろ ! こっちに向かって来る !」


 やがて危機を感じたベトイ船長が叫び、漁師たちが荷物を置いて逃げ出し始める。そして船着き場を破壊しながら巨大な生物が海中から姿を現した。確かに人のような腕と頭部を持つが、それ以外は何もかもが似ても似つかない。


 巨大なフジツボが至る所に張り付いている真っ白な皮膚は透明な水で保護されており、何より頭部には白目も無い暗く深い瞳孔を持つ眼が六つ備わっていた。口と思わしき部分には無数の触手が髭の様にぶら下がっており、その体躯は上半身だけしか見えない状態だというのに、街のランドマークである時計塔を優に超える。


「ぎゃああああああ!!」


 覗き込むようにこちらを見下ろす怪獣を前にベトイ船長達は悲鳴を上げたが、やがて怪獣が波止場に倒れ込んだ。肉体が波止場に叩きつけられた瞬間、怪獣はたちまち水へと姿を変えて辺りを水浸しにする。やがて洪水状態になっていた波止場が落ち着いた頃、ベトイ船長達が怪獣の倒れた方へ目をやるとルーファンが立っていた。むせているのか、必死に咳き込んでいる。


「ゲホッゲホッ…!!」

「だ、大丈夫ですか ?」

「ああ、大丈夫だ…ゲホッ」


 いつの間にか隣に立っていたタナに背中を擦られたルーファンは、ベトイ船長と目が合うと小さく会釈をした。

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