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怨嗟の誓約  作者: シノヤン
3章:忘れられし犠牲

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第95話 仄暗き地獄

 ――――謎の怪物による襲撃が起きた集落にて、サラザールはすぐ近くで民を襲っていた怪物を蹴り飛ばした。


「あ、ありがとう !」

「逃げて ! 早く! 」


 子供がお礼を言うが、サラザールは急かすようにそう伝えて避難を促す。怒鳴りつけるような形になって申し訳ないとは思っているが、わざわざ介抱してやるほどの余裕も無い。水の壁から次々にルーファン達が遭遇したものと同種の怪物が現れ、触手を使って絡めとった半魚人達を引きちぎりながら貪っている。


 貪るとは言っても、腹部にある開口部から肉体を無理やり押し込むようにして収納する。そしてシュウシュウと音を立てて消化をするのだ。中には生きたまま溶かされているのか、つんざくような悲鳴があがっては次第に小さくなっていくというあまり想像したくない音も耳にしてしまう。


水流の矢よ(ウォスティ・ロウ)!」


 兵士達も攻撃をして応戦するが、やはり多勢に無勢である。何より実戦経験がない故に恐怖に思考が支配される者が少なくなかった。


「ヒイイイイイ!!」

「おい、どこへ行くんだ ! 戻れ !」


 遂には投げ出して逃亡を図る者が続出し出す。そんな腰抜けが周囲の状況に気を配れるはずもなく、間もなく怪物達に掴まっては嬲り殺されていた。


「チッ」


 サラザールは舌打ちをしつつ自分に絡んできた触手を掴み返し、力ずくで振り回して辺りに叩きつける。そして弱った所で別の個体がいる方角へとぶん投げた。一部の果敢に戦っている兵士とサラザールだけの奮闘もむなしく、集落の各地で老若男女の無き叫びがこだまし続ける。


 それを耳にするたびに湧き上がるのは後悔ばかりであった。こいつらが海にのさばっていたせいで魚群が現れなかったのだろう。なぜ異変にもっと早く気づき、危機感を感じる事が出来なかったのか。自分達が闘争に巻き込まれる事など無いだろうという平和ボケが招いた悲劇だった。いや、仮に備えた所で迎撃が出来たかもわからない。


「…ッ⁉」


 今はとにかく状況を好転させる方法を考えねば。そう思った矢先にサラザールの背筋に寒気が走る。生物の気配だった。それも空気の流れを変えてしまう程に大きな気配。ふと見上げると、水の壁から怯えた様子の怪物が飛び出ようとしていた。だが次の瞬間、飛び出た怪物を追いかけるようにして触手が水の壁から突き出てくる。そして絡めとってから無理やり水の壁の中へと再び引きずり込んでいった。


 やがて再び怪物達が水の壁から現れ出すが様子がおかしい。痙攣をしており、手足や顔に彼らが持っている者とは別の触手が無数に絡みついていた。やがて彼らは裂き声を上げると、なぜか他の怪物達を攻撃し始める。


「何だ…⁉」

「どういう事だ ?」


 兵士達は口々に戸惑うが、サラザールだけは勝ちを確信したのか構えを解いて水の壁の中でちらりと見えた巨大な影を睨む。


「やったわね」


 そんな彼女の嬉しそうな声の通り、海中では攻撃を行うつもりだった怪物達が謎の巨影に襲われ、次々と殺されていた。必死に泳いで逃げようにも矢のような速さで追いつかれ、腕や触手に掴まれては惨たらしく握りつぶされていく。時には巨大な口で丸呑みにされ、更には触手から謎の卵を植え付けられたりもした。それらは急激な勢いで成長して細い触手を持つ寄生体へと変貌し、宿主の四肢に巻き付いて主導権を完全に奪ってしまう。


”裏切り者を殺せ”


 怪物達は母体である巨影からそんな指令を言い渡された様な錯覚に陥り、集落へと向かっては洗脳された同種同士で殺し合いをする羽目になる。形勢逆転であった。何もしなくても殺し合い、勝手に自滅していく怪物達を見た集落の人々は状況が呑み込めずただ狼狽えるばかりである。


 どれぐらいの時間が経ったかは分からない。瀕死になるまで殺し合いを続けた怪物たちが倒れ伏し、半魚人と怪物の死体で集落が埋め尽くされた頃にルーファンが水の壁の中から這い出るようにして現れた。


「ゼェ…ゼェ… !」


 体力を消耗し、まともに動けないルーファンを同じくびしょ濡れになっていたタナとアトゥーイが引きずっている。そんな彼らの下へ生き残った民とサラザールが近寄って行った。


「ディルクロ様… !」

「”鴉”よ…」


 どよめく人々を押しのけ、サラザールが人込みから出て来ると仰向けに倒れていたルーファンが首を動かして彼女の方を見た。


「上手く行った ?」


 サラザールは手を差し伸べて来る。


「何とかな」


 上体を起こしてルーファンはその手を握り返し、気怠そうにゆっくりと起き上がった。水を吸った衣服と、長い事水中にいたお陰で重力を強く感じる。体が重い。


「そして…あなたは ?」

「あ、えっと…タナ…です ! <ネプチューン>様に仕えて…います !」

「そう、私はサラザール。<バハムート>の化身…会えて光栄よ」


 タナとサラザールは互いに握手をして自己紹介をする。心なしかガロステルの時よりもサラザールの物腰が柔らかい気がしたが、単純に相手の態度が気に入ったかどうかの違いなのだろう。


「これは…酷い…」


 一方でアトゥーイは集落の惨状を見て慄いた。


「…見当はついているが少し調べよう」

「見当 ?」

「ああ、襲撃をしてくるタイミングが良すぎる…リガウェールの方も心配だ」


 アトゥーイとは対照的にルーファンは落ち着いていた。死体は見慣れている。そして言いがかりではあると分かっているが、既にリミグロンによる仕業ではないかと彼は疑い始めていた。

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