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怨嗟の誓約  作者: シノヤン
3章:忘れられし犠牲

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第80話 悪臭

「…因みに聞くがアトゥーイ。<聖地>はまさか…」

「ええ。彼女が見たという渦に入り、その中心にある穴の奥深くへと向かいます」


 サラザールの感想に半信半疑だったルーファンだが、やはりアトゥーイに確認しても事実との事らしい。頭を抱えたくなった。確かにこの国の<聖地>は、二種類の障壁によって守られているとジョナサンから聞いてはいた。だが、ここまで性質が違っていると誰が想像していただろうか。リゴト砂漠の砂塵や、道中で通り抜けた豪雨がかわいく思えて来る。


「だけど断りもせずに案内してくれるって事は、無事に<聖地>まで辿り着く手段があると捉えていいのかしら ?」


 口調こそ冷静ではあるがサラザールも自分が見た景色に困惑しており、みすみす自殺をさせに行くつもりじゃないだろうかと不安を露にする。そんな彼女の問いにアトゥーイは首を縦に振った。


「ええ、それで構いません…つかぬことをお聞きしますが、あなた方は綺麗好きですか?」

「というと ?」

「悪臭を嗅いでも浴びても平気だとか、長時間汚らしい環境に身を置いてもどうとも思わないか、と言った所です」

「必要なら耐える。それだけだ」

「そうですか…聞いておいてよかった」


 何の意味があるのかは知らないがルーファンが答えると、アトゥーイもなぜか安心してる様だった。


「ねえ、あれ何 ?」


 その時、遠方の水平線を睨みながらサラザールが言った。何かが海中にいるのか、不自然に水面が盛り上がっている。そしてこちらへとゆっくり接近をしていた。謎の物体が近づくにつれ、海面の盛り上がり方を見たルーファンはそれが船より巨大な物であると見抜いた。


「マズいぞ。このままじゃぶつかる」

「待ってください。恐らく問題ありません…”迎え”が来たようです」


 慌てて船員たちへ伝えに行こうとするルーファンだが、そんな彼をアトゥーイは制止した。恐れる心配は無いと言われ少し安堵したルーファンを余所に、”それ”は船にぶつかるすれすれで止まり、やがてゆっくりと海面から姿を現す。


 不思議な生物であった。肉体の大半が海に浸かっている以上、細かい事は分からない。だが遠目に見たら岩石や小さな丘と誤認するのではないかという程の大きく、そして丸みを帯びた頭部が海中から出てきたのだ。褐色と灰色を混ぜ合わせたような色の皮膚を持ち、深い皺が無数に刻まれている。いたるところにフジツボや傷があり、何より目を引くのはこちらを見つめる真っ赤な目である。目はかなり大きく、かなりの威圧感である。


 さらに鯨の噴気孔に近い器官と思わしき二つの穴が目の下に備わっており、そこから海水を排水していた。まるで鼻水をまき散らしているかのようであり、少々気持ち悪かったが敵意はなさそうにこちらを見ている。これがアトゥーイの言っていた”迎え”なのだろうか。


「何の騒ぎだ…ってぎゃああああ⁉」


 只ならぬ船の揺れで異変が起きたと思ったのか、船員たちが甲板に走って出て来るがこの奇怪な怪物を見て悲鳴を上げた。


「落ち着けオルシゴンだ ! 何もしなきゃ襲ってこねえよ !」


 パニックに陥りかけた船員たちをベトイ船長は宥め、ルーファン達の元へと近づく。それでも怯え自体はあるのか、オルシゴンが少し体を動かしたり鼻息と思わしき物をまき散らす度に足を止めて警戒をしていた。


「こ、こいつを呼んだって事はもう行くのか ? てかいつの間に…」


 ベトイ船長の困惑ぶりを見るに事前に知らせるという事は一切していなかったのだろう。一体どうやって呼び寄せたのか不思議に思っていると、皺に紛れて分からなくなっていた口が大きく開く。やがてそこから一人のディマス族が姿を見せた。何かを声を出すわけでもなく、「さっさと来い」と言わんばかりに口内で突っ立ってこちらを凝視している。


「暫くの間はお別れです船長。またお会いしましょう…それでは」


 アトゥーイはベトイ船長へ頭を下げ、躊躇う事なく海に飛び込んだ。やがて泳いで接近した後にオルシゴンの体をよじ登って口内へと入っていく。


「ここまでお世話になりました」

「お、おう…達者でな。次会った時は飲もう。生きてたら」


 ルーファンも彼に礼を言った。そしてベトイ船長から返事を聞くと、翼を生やしたサラザールに抱えられたままオルシゴンの口内へと連れて行かれる。


「…くさっ」


 サラザールが言った。同時にルーファンも眉間に皺が寄ってしまう。腐敗した野菜と魚を混ぜ合わせ、更に汗と糞の匂いを混ぜ込んだような悪臭である。口内の空気のみならず、辺りの歯にこびり付いている歯垢や舌苔が原因なのだろう。奥に進むにつれて臭いの強烈さも更に倍増した。嗅覚など無い方が人間は幸せに生きられるんじゃないか。そう思わせる程度には酷い。


 そんな彼らが味わっている地獄の事など知る由もなく、口を閉じて再び海に沈んでいくオルシゴンをベトイ船長は呆気にとられた様子で見送る。


「生きて帰れるもんなのか、これ…」


 自分の常識とかけ離れた物ばかりを目の当たりにしたせいか、少々疲れがたまっている様だった。




 ――――一方、口内では悪臭にえづきながらもルーファンがアトゥーイ達と話していた。アトゥーイ、そして彼の隣にいるディマス族の案内人は臭いに慣れてしまっているのか何食わぬ顔で過ごしている。


「ウプッ…この後の予定は ?」

「このまま<聖地>の付近にある我々ディマス族の集落へと向かいます。一気に潜っていきますから足場も不安定になりますし、オルシゴンの牙に掴まっておくといいかもしれません。剣をどこかに突き刺してそれにしがみつくのもいいでしょう」

「その辺りについては心配ないが…その…後どれくらいで到着…ウッ…」


 魔法で足場を出現させれば多少の問題は解決するだろう。それよりルーファンが聞きたかったのは、いつこの悪臭地獄から解放してもらえるかという点だった。因みにサラザールは既に慣れ始めたのか座ったまま眠りにつき始めている。一気に潜ると言うからには、それ程長い時間臭いに喘ぐ心配も無いと思いたい。


「短く見積もって二時間です」


 そんなルーファンの期待を裏切るようにアトゥーイは残酷な長さの制限時間を告げた。

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