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怨嗟の誓約  作者: シノヤン
3章:忘れられし犠牲

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第71話 三人の戦士

「全員警戒しろ。やけに静かだ」


 市街地の路地を進むリミグロン兵の隊列は、先程から耳に入って来る悲鳴と銃撃音が彼らの同胞達によるものだと分かるや否や、呼吸を少しだけ荒くしてから武器を構える。前方には白兵戦を行えるようサーベルを構えた兵士が歩き、後方では銃を向けながら周囲にくまなく目を光らせる狙撃兵が付いている。


「……ッ!!」


 最後尾を歩いていた兵士がふと背後を振り向く。民家の陰から少しだけ体を出して、こちらを睨む人影があった。躊躇わずに光弾を発射するが、その攻撃は人影を捉える事は無く民家に当たり、軒下の柱を吹き飛ばして倒壊を起こさせる。


「おい新入り、何やってる⁉」

「何かがいたんだ…こっちを見ていた」

「光弾が再発射できるようになるまでに時間を取るって教わっただろ ! 無駄撃ちは止せ !」


 慌てて他の兵士も差し止めるが、このせいで更に緊張感を持つ羽目になってしまった。自分達を狙う何かがいるというのに肝心の正体が分からない。おまけに攻撃をしてくるわけでもなく、ただこちらを監視しているだけである。


「…ん ?」


 最後尾を歩いていた新兵は再び足を止める。自身の右手側に建っていた商店、その扉ががら空きになっていたのだ。既に人々が逃げ出し、荒らされた痕跡のある店内には割れた陶器や無造作に踏みつけられた食物が散乱しており、その汚らしい床の中央に誰かが立っている。外から光が差し込んでるというのに、顔や服装は一切分からない。全身が黒煙のように鈍い色合いをしていた。


「影… ?」


 そう形容するしかない程に真っ黒だったのだ。だが勿論それが自分の物ではないことは分かる。自分の足元には確かに、張り付くようにして影が付いているのだから。そんな再確認をして視線を店内に戻す頃には、中で突っ立ていた人影は消え去っていた。自分が見たものは一体なんだったのだろうか。そうやって深入りしようとしかけたその時だった。


 頭に何かがぶつかった。鈍い衝撃から間髪入れずに鋭く熱い痛みが広がる。状況を整理する猶予も無く前のめりに倒れ、意識が遠のく中で仲間達の叫び声を聞きながら新兵は静かに息を引き取った。


「死んでる…クソ」

「矢が刺さってるぞ…おい待て、見てみろ」


 自分たちの後ろで起きた異変にリミグロン兵達が気づいた頃には、最後尾を歩いていた新兵が血を流して倒れていた。商店の方を向いたままうつ伏せになっており、その後頭部には矢が刺さっている。だが矢じり付近から黒い靄が蒸気の如く霧散していた。


「…”鴉”だ」


 先頭を歩いていた隊長格のリミグロン兵は周りの部下を押しのけて死体とその矢を確認し、すぐに頭に入れておいた報告書や情報の数々からその犯人を割り出した。ヤツがいる。リミグロン、そして”リミグロンに指令を与える者達”が何よりも恐れている怪物がついさっきまで近づいていたのだ。矢で命を奪える程の距離にまで。


「銃を使える者はここで待機 ! 矢が放たれた方角を警戒しろ ! 近接武器を持っている兵は俺についてこい ! 最悪の場合は躊躇うな、我々にかまわず一斉に射撃しろ ! いいな !」


 隊長は銃を携えていた三人の兵士に大声で言い聞かせ、彼らとは別に四人ほどの部下を連れて矢が放たれたであろう方角へと向かう。民家が軒を連ねており、どれにも入口の隣に小窓が付いている。ここか、或いは屋根の上から矢を放って退散したのだろうか。いずれにせよ調べて行けば痕跡が見つかる筈である。


 隊長はドアを蹴破り、歩くのに邪魔なテーブルを乱暴にどかす。他の兵士達もそれぞれ民家の捜索に向かっており、壁越しに隣家から音が聞こえていた。何かあれば助けも来てくれる上に援護もある。そう思って安心したい反面、自分の背中ががら空きになっている事に一抹の不安が残っていた。この場で飛び掛かられでもしたら自分は助かるのだろうか ?


 たまらず背後を確認するが何も無い。みすぼらしい炉があり、その隣にカビの生えたパンや使い古された鍋が置かれた台座のみである。何の変哲もないただの居住空間だった。そう思った隊長は安心して少しだけ肩の力を抜く。だが、直後に民家の奥にある別の小窓から矢が飛来する。そして壁に突き刺さると周囲に黒い靄をまき散らして隊長の視界を塞いだ。


「しまった ! 撃て!!撃てー!!」


 隊長は叫ぶ。しかし銃を構えていた兵士達が反応する前に、暗闇に覆われた視界の中でルーファンに体を掴まれた。


宿れ(ドウェマ・ネト)


 彼は持っていたナイフに憑依呪文をかけて喉に刃を突き立てる。隊長の喉はまともに声を出せず、代わりに口から泡と血が混じった悍ましい液体がこぼれ出した。やがてそのまま掻き切って死体を転がすと、飛来してくる光弾に当たらないよう低い姿勢で動く。そして憑依呪文を纏った剣で壁を切って小さな穴を開け、這い出るようにしてそこから脱出した。


「おいどうする⁉」

「近づくぞ ! 」


 黒い靄が晴れ、自分達が放った光弾で穴だらけになった民家へとリミグロン兵達は向かった。しかし、穴や扉が破壊された入り口から隊長の死体を見つけると全員の足がすくみかける。慌てて一人が近づき、死体の様子を確認してみるが怯えた顔のまま他の仲間達の方を見た。


「喉を…切り裂かれてる」

「え、じゃあ…」

「俺達が攻撃するより前に殺されたんだ…クソ、おいどこだ⁉コソコソしやがって !」


 恐怖に駆られたリミグロン兵の一人は、たまらず外に出て大声で怒鳴り出した。自分達を導く者がいなくなった事による焦燥感、そしてそれに対して恐怖を見出している自分の心の弱さを少しでも隠したいとする惨めなプライド。その二つが合わさった事で虚勢が喉からぶちまけられた。経験の浅さ故にパニックに陥り出してるのか、部屋の状況を確認すらしない。


「卑怯者が ! 叩き殺してやる ! 今すぐ出てこ―――」


 そんな生存への渇望を放棄してしまった無謀者から、死神は真っ先に奈落へ引きずり込むのだ。叫びの途中で屋根の上からルーファンが奇襲を仕掛けてくる。憑依呪文によって闇を憑依させた剣で鎖骨付近を刺して一人を始末すると、続けざまに投擲用のナイフにも呪文で闇を憑依させた。そして死体の傍にいたもう一人の顔面に向けて投げつけ、見事に眉間に刺さって死に至らしめる。


「く…来るな ! クソ !」


 最後の一人が腰を抜かしたまま銃を構えて光弾を放つ。


呑み込め(アソ・エデセ)


 しかし防御呪文によって光弾は吸収され、ルーファンへ一矢報いる事すら叶わなかった。


宿れ(ドウェマ・ネト)


 再び剣に憑依呪文を掛けて怯える兵士を斬り殺す。そして死体の転がる民家を出ると、騒ぎを聞きつけた他のリミグロン兵達がいた。しかし遠距離用の武装を持っていない以上は恐れるに足りない。丁度その時、最初の犠牲者が出た商店の屋根からようやく駆けつけてきたフォルトが姿を見せる。


 屋根から飛び降りた彼女は腹に響くような吠え声を上げる。そして風よりも早く走り、鎧を纏った体で敵の一人に殴り掛かった。一撃で頭部の装甲を凹まされて怯んだリミグロン兵を掴み、そのまま地面に叩きつける。石畳が陥没し、痙攣をしているリミグロン兵を尻目にルーファンの方を見ると、既に三人斬り殺していた。


「無事だったか」


 しかし平然とした態度でフォルトの心配をルーファンはしてくる。不安にさせないように無事を装っている優しさとも取れるが、返り血で汚れた顔と剣が悍ましさを際立たせていた。


「うん。もしかしてさっきから起きてる爆発とか悲鳴って…」

「俺がやった。ついでに街の様子も見たが数が多い。すぐに次が来るぞ」


 なんとなく分かってはいたが、やはりルーファンが辺りを引っ搔き回していた。それを悪びれる事も、得意げに誇る事もせずに冷淡な口調でこちらに報告する彼を少しフォルトは怖く思うが、こちらへ向かって来る無数の足音を耳にしてすぐに忘れ去った。今はそんな事に気を揉んでいる場合ではないのだ。


「いたぞ!!」


 二人は背を向け合い、それぞれが道の向こうから自分達の方へ向かって来るリミグロン兵達を睨んだ。かなりの数である。場合によっては退避も視野に入れるべきかと頭の中で選択肢を模索していたが、すぐにその必要は無くなってしまった。


 滝のような音が辺りを囲みだす。次の瞬間、四方八方から巨大な波が押し寄せてきた。辺りの建築物を優に超える高さの波の頂では、まるで巨大な蛇に乗っているかのようにアトゥーイが立っている。そしてそこから跳躍して地面に着地すると片腕を振り上げた。


「危ない !」


 波が押し寄せてきた瞬間、フォルトが力ずくでルーファンを抱き寄せた。しかしアトゥーイは器用に操り、ルーファン達を巻き込まない様にしつつリミグロン兵達だけを波に攫わせる。たちまち彼らは吹き飛ばされ、地面に突っ伏して打ち上げられた魚の如く藻掻き苦しんでいた。


「あ…えっと、ごめんね。その…つい。全然意味なかったけど」


 気が付けばルーファンの肩をしっかり掴んで抱き寄せている事に気付いたフォルトが、しどろもどろに弁解してから距離を置く。


「心配してくれただけでも嬉しい。ありがとう」


 そんな彼女へルーファンは少々苦し紛れなフォローを入れると、自分の後方に立っているアトゥーイを見た。初めて見る類の容姿のせいか、どう接触をしていいか分からずに黙ったまま近づくしかなかったが、すぐにアトゥーイが会釈をした。


「突然の攻撃で不安にさせてしまいましたね。申し訳ありませんでした」

「あ、ああ…こちらも助かった。感謝する」


 詫びを入れるアトゥーイにルーファンは礼を言った。彼の姿や素性、動機に戸惑いつつ握手を求めるが、アトゥーイは手を出し返す事もせずに押し黙る。


「……どうやら挨拶は後にした方がよさそうです。彼らも反撃してきますよ」


 そして待ってましたと言わんばかりにアトゥーイは急いで話を切り上げ、三叉槍を両手で握ってから先程吹き飛ばしたリミグロン兵達の様子を伝えてきた。どうにか動けそうな連中が立ち上がって、攻撃を再開しようとしている。


「…分かった。構えろフォルト」

「うん」


 ルーファンとフォルトも応じて構えを取る。態度にこそ出さなかったが、二人とも頭が混乱しっぱなしだった。

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