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怨嗟の誓約  作者: シノヤン
3章:忘れられし犠牲

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第69話 サプライズ

 不意打ちを敢行したサラザールだが、彼女の拳が敵に届くことは無かった。すんでの所でサーベルを抜刀し、その刃によって彼女は腕を斬り飛ばされていたのだ。だが地面を転がる彼女の腕を見た緑鎧のリミグロン兵は声にこそ出さなかったが驚いてしまう。


 血が出てないのだ。断面は黒く淀んだ靄で覆われ、やがて枯れ果てたかのように瓦解して消失する。彼女は肘から先が無くなった自分の右腕を暫し眺めていたが、間もなく腕の先が黒い靄に包まれると再生を始め、何事も無かったかのように元通りになっていた。


 指先の動きを確認した後、緑鎧のリミグロン兵の出方をサラザールは窺う。追撃が来なかった辺り動揺はしていたのだろう。だがすぐに気を取り直してサーベルを構えていた。雑兵たちと違って弱音も吐かない事から彼らとは違って強く、優秀なのかもしれない。あくまで人間の範疇で見た場合に限るが。




 ――――図書館の前に集まりつつあったリミグロン兵達だが、全員が片っ端からガロステルと魔法によって武装したフォルトの二人によって殴り倒されていく。そして図書館の内部では、本棚でバリケードを作る者と怪我人の手当てをする者とで分かれ、官民問わず目の前の危機を乗り切らねばならないと躍起になっていた。


「怪我人がいます !」

「応急処置が出来るようにスペースを確保しなさい。薬や治療に使う道具は私のかかりつけの医者に尋ねるといい」


 執務室に次々と報告が上がる中でルプトは淡々と指示を送る。慌てふためく様子もなく、いつも通り執務をこなしているかのように落ち着いていた。


「国務長官、まだ逃げ遅れた民間人が外にいるようです。しかし既に本棚や机で扉はすべて塞いでしまっており…その…」

「だから何だというのです。助けを求めている人がいるというのに、それを無碍にする道理などありません。兵士に援護をさせ、窓を割ってそこから入れてあげなさい。それに食料も必要でしょう。酒、菓子、果物、干物…とにかく使える物はすべて使って構わない。そう私が言っていたと皆に伝えなさい。明日よりも今救える人命を優先するべきだ」

「わ、分かりました」


 救いきれない人々は見捨てるべきでは無いかという声に対しては、特に強い語気でルプトは窘めていた。兵士たちは滅多に見る事の出来ない彼の姿に慄き、同時に自分が口にした事の愚かさと薄情さを恥じるほかなかった。


「おい、新聞屋 ! ぼさっとしてねえで本棚動かすのを手伝ってくれ ! 」


 一方、図書館をうろついて何かを考えこんでいたジョナサンに向かって、民間人の一人が怒鳴った。ジョナサンは渋々彼に加わって本棚を動かし、割れた窓を完全に塞いでしまう。それが終わった後も周りの人々と距離を置いて、ブツブツと一人で思案を巡らせ続けていた。


「おい大丈夫かアンタ ?」


 先程彼に怒鳴った民間人も流石に不気味だと思ったのか、恐る恐る背後から声をかける。


「…ん。ああ、大丈夫大丈夫。こっちの問題なんで」


 そう言って愛想無く突き返すジョナサンだが、彼にとっては周りの人間とのコミュニケーションは二の次であった。決して後回しにしていいわけでは無いが、情報収集をするにあたって自分が何に疑問を感じているのか、何を知ろうとするべきなのかを整理しておく必要があったのだ。


 辺りでせわしく物資を運ぶ兵士やルプトの従者らしき人々を見ていた時、不意に違和感が彼を襲った。きっと忙しくしていれば気にも留めなかった事だが、他者の命より話のタネを有難がる彼にとっては、そこが疑問であり好奇心を刺激する材料であった。


 この図書館は厳密に言えばマディル家の資産という扱いであり、ルプト・マディル自身も仕事場と邸宅を行き来する必要が無いという理由から、ここで寝泊まりする事が常日頃である。そのため食堂も完備しており、彼に仕える者のみならず民間人でも割高な料金にさえ目を瞑ればある程度の食事を嗜むことが出来る。つまり、食料は沢山あったとしても何の問題も無い。


 だが薬はどうだろうか ? 身体障害を抱えるルプト・マディルに何かしらの健康問題が出ては一大事であるため、ある程度は常備してるかもしれない。だがざっと見積もっただけで数百人、或いはもっと多くの人々が押し合うようにして居座っているこの現状で、薬が無くなったから怪我人の治療がこれ以上は行えないなどという報せは今の時点で耳にしてない。はたしてルプト一人のためだけにそれだけの量の薬が必要だろうか。


 いや、冷静に考えてみれば食料についても同じ事が言えるのではないか。食堂の品は民間人では滅多に払えない額で提供される料理が半数を占めている…そうなると客層や利用する人間の数も限られている筈である。だがこちらもまだ尽きそうになっているという話は届いていない。つまり、どちらにせよ普段使うであろう量に対して、物資が多すぎる(・・・・)のである。まるで最初から準備していたかのように。


「…いや、まさかな」


 つい良からぬ疑惑が芽生えかけたが、荒唐無稽にも程があるんじゃないかとジョナサンはせせら笑った。




 ――――その頃、外で戦っていたガロステルとフォルトは攻撃が止んで、辺りに転がっているリミグロン兵の死体を踏みつけて束の間ではあるが人息をつく。途中で背後から襲い掛かって来た不届き者もいたが、岩石で武装して長く固くした尻尾を使い、あっさりとフォルトは叩き飛ばす。叩き飛ばされて壁に激突したリミグロン兵は、そのまま倒れてピクリとも動かなくなった。


「ルーファン大丈夫かな…」


 本来なら自分の心配をすべきだが、手分けをした挙句に陽動を買って出てくれたルーファンの事がフォルトは気がかりで仕方が無かった。すぐにでも向かいたいというのが本心だったが、現実は思うように事を運ばせてはくれない。ガロステルに図書館を任せて移動しようかと思った矢先、目の前に何かが墜落してきた。音を立てて地面に亀裂を入れたその物体は、よく見たら絡み合っているかのように動いている。サラザールと緑鎧のリミグロン兵が取っ組み合っていた。


 翼を生やしていたサラザールによって首根っこを押さえられたまま地面に叩きつけられている彼は、どうにか藻掻くがやはり動けない。所詮は人間である。


「何だかその辺の連中と色が違うじゃねえか。にしても、だいぶ手こずらされたって感じだな」


 状況を理解したガロステルが取っ組み合ってる最中のサラザールに言った。


「…ふん、面を拝んでやる」


 やはり少々ムカついていたのか、サラザールが声を低くして言った後に兜を強引に引き剥がす。だがすぐに三人は凍り付いたように動かなくなり、恐怖と困惑の入り混じった感情を抱いたまま立ち尽くすしかなかった。サラザールが掴んでいる兵士のその顔は、彼らにとってあまりにも見覚えのある…というよりは、もはや同じ出で立ちと言っても過言ではない程に”彼”と共通点がありすぎたのだ。


「ルーファン… ?」


 緑鎧のリミグロン兵の素顔を見たフォルトは思わず口走った。

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