第62話 奪う者、奪われる者
「アレなら手を貸すまでも無いか」
一人、また一人と屍になっていく様を見ながらサラザールがぼやく。追い剥ぎをしていた貧民たちはサラザールを始めとしたルーファンの仲間たちの陰に隠れ、あれほど恐れていた筈の盗賊たちがルーファンを前に怯えている姿を注視していた。打ち合いや鍔迫り合いなどすら起こる間もなく、一方的に殺されていくばかりである。
距離を取ろうにも”来たれ”によって無理やり引き寄せられ、盗賊たちは何が起きたのか分からないままに切り伏せられていった。側面や後方に回り込んで複数の方向から攻め込んでも無駄である。そんな事すら想定が出来ない間抜けと思われている事がルーファンは少し不愉快であったが、まあそんなものであるとしか言いようがないだろう。
近くにいた相手から斬り殺し、その死体を盾にしつつ他の者達の攻撃を受け止めた。自分の味方を攻撃したことで動揺した隙をついて死角から肉体を切り裂く。盗賊といえど動きや思考は素人に毛が生えた程度であった。技量も知能も無く、故に自分より弱い相手としか戦わず、命がけの殺し合いをしたことが無い未熟で粗暴なだけの蛮人の集まりである。
盗賊の頭領は、手をこまねいている場合ではないと分かったのか、大斧を手に真正面から向かってきた。ルーファンが彼の対処をしようかと思った矢先に背後から盗賊の一人が襲い掛かってくる。すかさず腹に肘を入れて怯ませると、そのまま剣を突き刺して殺す。そして引っこ抜いて頭領の下へ走ろうとした瞬間、剣の柄が手からすっぽ抜けてしまった。
雨で滑りやすくなっていたことに加え、何人も連続で斬り殺し続けていたせいで握力が少し弱まっていたのだろう。腹に剣が刺さったまま死体は仰向きに倒れ、水溜まりに少しだけ沈む。剣を拾いに行くか、魔法で引き寄せようかとも思ったが、既に頭領が目前に迫って来ていた。斧を振りかぶっており、すぐにでも対処をしないとマズい。
「大地の手甲」
ルーファンはすぐに呪文を唱え、応急の措置として岩による手甲を作り出す。そして手甲の強度に不安があったたため真正面から受け止めるのではなく、刃の側面を僅かに叩いて攻撃を逸らした。勢いのあまり泥の中に斧を叩きつけてしまい、少し体勢が崩れた頭領だが、次の瞬間には手甲で脇腹を殴られた。恐らく肋骨が折れたというのを体にめり込んでくる拳の感触で悟る。
「うぐぁっ…ま、待て――」
痛みに悶え、跪いた頭領が命乞いをしようとした。だがそれよりも先にルーファンは”来たれ”と唱えて手元に剣を引き寄せ、間髪入れずに袈裟斬りにして彼を殺す。
数多の死体の真ん中に立ち、盗賊たちだった肉塊を見下ろすルーファンの後ろ姿を見た人々は慄いた。特に少女の兄は先程まで食って掛かっていた自分の態度が酷く滑稽な物だったと思い返して血の気が引いていく。あんな化け物に喧嘩を売っていたとは思わなかった。そんな彼らの方へ武器を仕舞いながら戻ってくるルーファンだが、やはり拍手喝采で出迎えてくれる者はいなかった。
「良かったな。死体が増えたぞ」
ひとまず皮肉っぽく告げてからサラザール達の下へ赴き、彼らの無事を確認する。
「な、なあ…礼は弾むから手伝ってくれないか ? 盗賊以外にもまだ死体が沢山残ってるんだ」
その後、少女の父親が恐る恐る追加で頼み込んでくる。まずは礼を言うべきではないかと思ったが、子供が見てる手前いちいち事を荒立てても仕方ない。結局作業を全員で手伝う事にした。
「…あれ、何これ ?」
「それは”エラ”だよ。ああ、そっか…もしかして半魚人を見るのは初めて ?」
申し訳なさを感じつつ服を引っぺがしていたフォルトがとある死体を見て不思議そうにしていると、ジョナサンが隣から話しかける。彼らが観察していた死体の首筋には魚類の様なエラがあった。
「半魚人には二つの種類があってね。一つは滅多に陸上に現れず主に水中で生活をしている種族で、”ディマス族”と呼ばれているそうだ。僕も見た事が無い。そしてもう一つは、この死体のように陸上での活動に慣れ、人間に近い姿を獲得した”ウォーラン族”と呼ばれる種族。この二つの種族で半魚人は構成されている。そんな彼らに共通する最大の特徴。それは…」
ジョナサンは解説しながら死体をひん剥いていく。やがて死体は丸裸にされたが、それを見たフォルトは目が点になっていた。
「…性器を二つ持ってるんだ。男性器と女性器の両方をね。だから彼らは性別で親としての役割が決まるという事が無い。子供を産んだ方が母親になり、子種を分け与えた方が父親になるって決まりなんだとか」
そんなジョナサンによるうんちくが続いている傍ら、情報収集のためにルーファンは少女の父親と作業をしていた。何て事はない。手に入れた装飾品や武具を袋に詰めていくだけの単純な作業である。屈まなければならないので、長いことやりすぎると腰が少し痛くなるのが難点だが。
「ここまでしなければならない程に困窮しているのか ?」
ルーファンが問うと、少女の父親は間を置いてから小さく頷いた。
「ああ。とにかく税を徴収したいんだろう。なのにこっちの現状を知ろうとすらしない。時々リミグロンが村に来るときもあるよ。見つかったら何をされるか分かったもんじゃない。だから洞穴や地下に逃げ込まなきゃいけない様な日々がずっと続いている。首都の連中はまともに守ってくれない癖に、国民としての義務は果たせとうるさくてね」
「直接訴えたりはしなかったのか ?」
「首都に行くには通行手形が無きゃ入れない。そもそも入った所で相手にすらされんだろう。もし行くんなら気を付けた方がいい。お役人と上流階級様の機嫌を損ねれば、すぐに首を跳ね飛ばされる。もしくは無様な姿で市中を引き回された挙句、吊るしあげられて辱められるぞ」
怒りや悲しみではない。もはや諦めに近い言葉だった。一体なぜここまで追い詰められてるのか、反抗する気力すら失わせてしまう程の横暴とはどんなものなのか。いずれにせよ確かめる必要はあるだろう。ルーファンはそう思いながら無心に死体から服を剥ぎ続ける。何かを奪わなければ生き続けることが出来ない生物としての性を、少し恨めしく思っていた。




