第58話 道中
リガウェール王国への旅が始まって数日が経過した。雑木によって作られた日陰で、ジョナサンは相変わらず手帳を睨む。その目と鼻の先にある川辺では、ルーファンとフォルトが組み手を行っていた。力を手に入れた以上は、一刻も早く<大地の流派>に慣れておきたい。そんな彼の頼みを聞き入れてくれたフォルトとガロステルにより、道中の休憩時間や野営中はひたすら二人による呪文の発音指導、そして実技という名の決闘が行われていた。
互いに魔法で作り出した岩の手甲を纏い、ひたすらに打ち合いを続ける。が、獣人と人間の間には越えられぬ身体能力の壁が立ちはだかっていた。正面から力押しをしようものならたちまち彼女に防がれてしまい、手痛いしっぺ返しを体や顔面に叩き込まれてしまう。流石に殺すつもりはないものの、やはり出来ることなら味わいたくない鈍痛で体中が悲鳴を上げる羽目になる。これがほぼ毎日続いていた。
「それ !」
「え⁉、ラス・シル…いや…ぐはっ!!」
組み手の最中、フォルトから蹴りを食らおうとした時、ルーファンが急いで防御用の呪文を口にしようとするがやはり上手くいかない。盛大に噛んで発動できなかった挙句、彼女に蹴飛ばされて仰向けに地面に寝っ転がった。砂が体に付き、落ち葉や青々しい草が体に付着する。
「ハハハハ ! またしくじったな !」
草むらに座り込んだまま観戦していたガロステルが笑った。そこまで笑わなくてもいいのに、そんな事を思ってるのか体を起こしたルーファンもバツが悪そうな顔をしている。
「だ、大丈夫 ?」
「ああ、やっぱり使い慣れてないと詠唱が遅れてしまうな。頭で考えてしまう」
「もどかしいよね。やらないといけないって分かってるのに、体が追い付かないんだもん…やっぱり”大地の鎧、顕現せよ”で全身を武装した方がいいと思うんだよね。”大地の盾”はどちらかと言えば防護用の柵や壁に使うものだから。戦ってる時にすぐ出すってなると結構苦労するよ」
「だろうな。だけど試したんだが、やっぱりアレは重過ぎる。小走りがやっとだった」
「だよね…ごめん、獣人以外で<大地の流派>を使う人って見た事ないから」
起き上がろうとルーファンに手を貸しつつ、フォルトは魔法の用途について彼に説明をする。だが、大半の魔法に関して獣人が使用者である事を前提にしているせいか中々習得には四苦八苦している様だった。念のため、他の魔法はちゃんと出せるかも確認してみると、どれもひとまずは形になりつつあった。
「”大地の茨よ” も小さめな上に自由自在とはいかんが一応出せる…岩石や鉱物の武器変形も簡単な物なら出来る…初心者であることを踏まえれば上々って所か。しかし、練習ばっかりでいいのか ? 実戦で試したりは ? その辺の魔物や獣へ適当に喧嘩売ってよ」
「中途半端な知識と技術は却って不安要素になる。”出来ない場合もある”っていうのは戦では御法度だ。基礎だけでも確実に物にしておかないと」
「はは、成程」
ガロステルは実戦に対して慎重な姿勢を見せるルーファンと会話をしてから二人の元を離れる。そしてジョナサンの近くへと向かった。彼は先程までの会話にも耳を傾けつつ、手帳に日記を書き込んでいるらしい。
”リガウェール王国への旅が始まってから三日が経過。”鴉”は相変わらず一方的に叩きのめされているが少々変化があった。だいぶ魔法や立ち回りに慣れてきたのか、以前に比べると防御と攻撃の双方に余裕があり、何より呪文が発動できずに不発に終わるという事態が格段に少なくなっている。呑み込みが早い方だという彼の話を最初に聞いた時、率直に言えばナルシズムが過ぎると過小評価していたが、どうやら伊達ではないらしい。本人には言えないが、あそこまでそつなくこなせる人間なら何かしらの欠点を持っていて欲しいものだ。強く、顔もそこそこよく…これで他の分野まで出来るとなれば劣情故に彼を嫌い、憎み…その結果嫉妬に燃え狂った後に逆張りをする者も現れるだろう”
いささか偏見が過ぎる上、かなり辛辣な意見も交えつつジョナサンは書き殴っている。それを見たガロステルはなんだか気まずそうに横から覗いていた。
「お前はいつもこんな感じか ? その…しんぶん?とやらを書くときも」
「どんな事柄でも記事にする時は基本、その場にいてどう感じたのかに注目したい主義でね。日記ってのはその辺をすぐに書き残すにあたって都合がいい。校正なんてのは後からできる。当事者になってこそ、人間の本性が剝き出しになるってもんだよ。そこでリアルさも生まれるんだ。僕はそれをおろそかにしたくない。自分は現場へ赴かない癖に一丁前に文句を垂れる評論家やご意見番気取り、知りもしないで願望や陰謀論をぶちまける自称情報通なんかと一緒にしないで欲しいね」
ガロステルに自分の仕事における信念を語った上で、一通り書き終えたジョナサンは手帳を閉じて背伸びをする。川の上の方ではどこぞの商人から買ったらしい粗末な釣り竿を持って、サラザールがひたすら川の水面を観察していた。全くと言って良いほどの無反応である。
「何か釣れたかい ?」
「…濡れた枯草なら」
「ぼうずか。今晩は干し肉を食べよう…まあ気を落とさない事だ」
背後へと近づいたジョナサンが尋ねるが、珍しく少しだけ落ち込んだようにサラザールが呟く。いよいよ持ち歩いている食糧の内、タンパク源がそこを尽きてしまう事に不安を覚えながらジョナサンは彼女を励ました。
――――次の日の明朝、まだ日も昇っていない頃にルーファンは岩場で目を覚まし、音を立てないように起き上がった。焚火を消した痕跡があり、全員がその周りで寝ている。起こさない様に傍らに置いていた剣と弓、そして矢筒を拾ってからルーファンは寝そべっている全員の間を静かに動く。そして外へと出て行った。
「ん… ?」
そんな後ろ姿を、寝ぼけていたフォルトはおぼろげながら目撃をする。一体どうしたのか不思議に思った彼女は、自分の近くにいたジョナサンを暑苦しそうに動かしてからこっそりと後ろを追いかけ始めた。
ルーファンは矢筒と剣を背負い、弓を握ったまま森を歩き続ける。中々速いペースである一方、その足取りは騒がしさを微塵も感じさせないものであった。枯れ木や砂利など、音が立ちそうな場所は避けつつ、時折しゃがみ込んだり最寄りの樹木に近づいたりして何かをしている。
「…苔の生えた木の近くだな。いるんだろ ?」
やがて立ち止まってから気配に気づいたルーファンが言った。間もなく観念したようにフォルトも苦笑いを浮かべながらひょっこりと顔を出す。
「バレちゃったか~…邪魔しちゃいけないと思って。もしかして狩り ?」
「まあそんな所だ。とうとう肉の備蓄が無くなったから補充を。ここまで来たんだし、一緒に行くか ?」
「うん !」
このまま彼女を追い返すのも悪い。そう思ったルーファンは同行を提案する。旅をしている面子の中では今の時点で一番年齢も近く、せっかくだから親交でも深めておくべきだろうという考えもあった。仲のいい方が連携も取りやすくなる。
「落ち着いて静かに行こう。ついでに腐葉土や虫が食った様な痕跡のある木を見つけたら教えてくれ」
「何で ?」
「たまに近くに幼虫がいるんだ。何も狩れなかったら虫を捕って食べる」
「え~…」
しくじった場合には食事の献立が散々な物になる。ルーファンからそう聞いたフォルトは途端に緊張し始めてしまう。失敗した際にどやされたくないから帰りたい一方で、何もかもおんぶに抱っこというのも忍びない。結果、大丈夫だと自分に言い聞かせながらルーファンのお供をする事にした。




