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怨嗟の誓約  作者: シノヤン
3章:忘れられし犠牲

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第56話 暗雲

 スアリウスより遠く離れた北西の地域では、<聖地>によって作られた障壁の特性である大雨が降り続けていた。雨水が自然を濡らして植物の青臭さや土の匂いを際立たせている中、かなり草が生い茂っている草原に光の円が現れ、そこからリミグロン兵の小隊が出現し出す。中々の数であった。


「連絡が途絶えたってのは本当ですか ?」


 小隊の一人が言った。


「ああ。どうやら交戦したらしい。注意しろ」


 先頭に立っていた隊長も後方に言い聞かせながら進んでいくが、猛烈な雨のせいで視界が遮られる。恐らく兜で頭部を覆っていなければまともに息さえ出来なかったかもしれない。おまけに視界も酷いものであった。滝の中を歩いている様、というのはいきすぎた表現かもしれないが生きて帰る事が出来ればきっと仲間にはそう誇張してやろう。その場にいたリミグロン兵達の大半はそう思っていた。


 隊長が立ち止まって合図を出す。ここからは慎重に行くべきだと判断したのだ。長めの草藪に隠れるため、少しだけ屈みながらリミグロン兵達は銃を構える。しかしどうしてもわからない点があり、隊長だけはずっと頭の中でそれを考え続けていた。


 情報が途絶えたという点からして奇襲を受けたのだろう。またどこかで待ち構えているのだろうか。しかし諜報班によればこの辺りはリガウェール王国の領土からまだ離れている上に、付近に関所や重要な拠点があるわけでもない。そもそも本当に信ぴょう性がある情報なのだろうか。諜報班の情報が誤っていたか、そもそも誤るように仕向けられたか…つまり情報提供者の裏切りという可能性だってある。


「何かあれば合図を出すから、攻撃――」


 隊長は小声で後方の仲間に伝えようとするが、間もなく異変が起こった。雨の音に交じって小さく風を切る様な音が聞こえる。次の瞬間、隊長が勢いよく後方へ吹き飛ばされた。霧の向こうから攻撃が来たのだ。


「攻撃だ !」


 どうやら装甲に守られているお陰で助かったらしく、吹き飛ばされた後に隊長は大声で叫んでいた。その声を皮切りにリミグロン兵達もこうなってはコソコソする必要も無いと言わんばかりに銃で反撃を始め、次々と光弾を発射した。


波よ来たれ(ティダル・カ)


 一方、敵である魔法使い達の内、後方の列で待機していた者達が両腕を前に突き出してから呪文を唱えると、雨水のしみ込んだ地面から大きく波立ち、水の壁となって立ちはだかってくれた。そしてそのままリミグロン兵の元へと押し寄せ、彼らの体勢を崩す。


水流の矢よ(ウォスティ・ロウ)


 更に呪文を唱えると降り注いでた雨が空中で静止し、そのまま鋭い針のような形へと変わりながら強烈な勢いで飛んでいく。まるで鉛玉の様な威力で叩きつけられる水滴を前に、リミグロン兵達もただ怯むか隠れながら打ち返すしかない。まさかリガウェール王国の魔法使い達にとって、この近辺は戦いやすい土俵だったとは知らなかった。


「怯むなっ ! 白兵戦に持ち込め !熱く輝け(カロート・フルン) !」


 しかしこちらには鎧がある。所詮は水、衝撃に耐えさえすれば問題ない。そのまま隊長が隠れていた者達へ発破をかけるや否や、サーベルを持ってから全員で突撃を開始する。やがて近づかれすぎたと思ったリガウェール側の魔法使い達も、背中に携えていた槍や三叉槍を持ってから迎え撃つ。光や水しぶきがあちこちで上がり、時折血しぶきが迸り始めたその戦場の傍、森の中でそれを窺っている者達がいた。


 あまりにみすぼらしい服を着ている瘦せこけた姿の不審者たち。彼らが望んでいるのは追剥であった。どちらが勝とうがどうでも良い。とにかく死体が増えてさえくれればいいのだ。そう思いつつも、痛ましそうに戦を眺め続ける。誰かの犠牲の上で人間が生かされているという事実を、光景を通して心に植え付けられていたのだ。




 ――――スアリウス共和国の首都ノルドバでは、レイヴンズ・アイ社のオフィスでスティーブンが各地の調査員から集められた資料に目を通していた。


「ふうん。あちこちでリミグロンによるものと思われる破壊工作や攻撃が相次いでいる…か。それも本格的に」


 スティーブンはぼやきながら頭を掻く。しまったという後悔の現れであった。というのも、原因に心当たりがないわけでは無い。


「リミグロン側もスアリウスとリゴト砂漠の和解と、そこに”鴉”が介入してるっていうのを報道で知ったから焦ってる…とかじゃないですか ? 新聞飛ぶように売れましたし」

「だろうな。被害に関しては気の毒というほかない」


 近くにいた職員らしき女性が原因を推察すると、スティーブンは同意して席に着く。発行部数を気にするあまりこの報道が招く結果を軽視しすぎていた。ここまでリミグロン側が強気に出始めるとは思っていなかったのである。


「まあ、ひとまずは様子を見続けるしかない。ついでに、ジョナサンの”密着取材”に使う経費も増やす。同行者が増えたらしいしくて金が足りんそうだ」

「次はどこへ向かう気なんです ?」

「リガウェールだ。通行手形も抑えているし、何より…向こうのお偉いさんから直々の頼みらしい。出向いて欲しいんだと」

「お偉いさん ?」

「…ルプト・マディル国務長官だ」


 職員と話をしながらスティーブンは窓の外をチラリと見る。曇っている灰色の空は今にも雨が降りそうで、自分の胸中をまるごと表しているかのようだった。


「思っている以上に荒れるかもな」


 何の事についてかは明言せずに、スティーブンは鼻で笑いながら呟いた。

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