第50話 厄災の巨神
「ふざけんなよ。聞いてねえぞこんなの…」
土煙が立ち込める中、目の前にうずくまっている巨影を見上げた兵士が呟く。慄く彼らの視線の先では一体の巨大な人影が静かに立ち上がった後、不思議そうに自分の掌を眺める。その背丈は彼らが従えていた巨人を優に上回っており、まるで赤子と大人の様に見えるくらいの差があった。
「飛行船と連絡を取れ。直ちに攻撃目標を見定め、砲撃を開始しろ」
本能で危険を察知したレイモンドはすぐに離れながら伝え、間もなくそれを聞いた副隊長からの命令で飛行船たちが動き出した。そして上空から船体の側面に取り付けた砲塔で狙いを定め、リミグロン兵達が銃から発射するそれを遥かに上回る火力の光弾や光線を標的へと向ける。
「ダメです。標的に目立った損壊無し !」
そしてレイモンド達の元へ、すぐさま攻撃が無意味である事を報せる伝達が入る。爆炎が晴れた後、黄土色や茶色が混ざった岩石で身を固めている巨大な敵の姿が再び現れるが、先程の攻撃をものともせずに辺りを見回してた。暗く空虚な眼窩しか存在しない仏頂面で辺りを見回すが、やがて足元に転がる数多の死体を凝視しているかのように動かなくなった。
「<ガイア>様だ…」
「偉大なる大地の守神よ…」
「<ガイア>様…おお、なんと荘厳な…」
獣人達が口々に畏怖を唱え、この地に眠っているとされる巨神の名を呼びながら拝みだす。その正体が一介の人間が引き起こした物であるとも知らず、ただただこの状況を打破して欲しいという藁にも縋る思いを兵士や民間人問わず抱くしかなかった。たとえそれがどれ程の惨劇を招くことになっても。
「…ウゥゥ…」
そして首を刎ねられたキアの死体を見た巨神が頭を抱えだし、突然唸り出す。それは動物が発する威嚇のための声とは違う、酷く悲しみに満ちた啜り泣きとも言えるか細さであった。
「フー… ! フー… !」
間もなく巨神の唸りが止み、続いて荒い呼吸音が響く。体にヒビが入り、まるで血管のように張り巡らされたヒビの隙間は、深紅に輝く宝石で埋め尽くされていた。顔にも亀裂が入り、大きく裂けた口の様に変貌を遂げる。
眼窩もまた紅い輝きを放つ宝石で埋まり、まるで涙が頬を伝っているかのように大きな亀裂が顔に二本入っていく。そして顔を覆っていた手をどけ、悲しみと憎しみの双方を抱えたかのような悪魔の形相が露になった。その顔が誰に対して向けられているのか。レイモンドを始めとしたリミグロンに属する者達が知らない筈は無かった。
「ウオオオオオオオオオオオオオ!!」
巨神が山と大地を震わせ、打ち崩してしまうのではないかという程の咆哮を放った。そして一度足踏みをすると、地面へと両拳を突っ込む。そこから仕組みは分からないが岩で出来た鎖を生成した。その先端にはこれまた一際大きな鉤爪が付いており、それを巨神がぶん投げると鎖達はまるで意思を持っているかのように動き、やがて飛行船へ絡みつく。
飛行船も慌てて動こうとするが、鎖を掴んだ巨神に引っ張られてまともに操作が出来ない。巨神はそのまま鎖をぶん回した後、一気に飛行船を地面へと叩きつけた。叩きつけられた地面に飛行船の残骸が散らばり、少しして爆発が起きる。
「巨人どもを差し向けろ。その内に離脱する…あれは流石にヤバい」
レイモンドはすぐに命じ、人質たちを突き飛ばしながら走り出す。間もなく巨人たちは攻撃に向かうが、何もかもが比較をするまでも無かった。次々と巨人達が吹き飛ばされ、踏み潰されていく中で巨神は逃げ出そうとしているレイモンドと彼の部下達を睨んで再び吠える。少なくとも自分達が原因だという事をあの場で判別できるだけの知性がある。その事実に恐れをなしながらレイモンドは逃げ続けるしかなかった。
「撃て !撃てーっ!!」
取り残されたリミグロン兵や待機していた他の飛行船も加わり、再び巨神へ攻撃を行うが焼け石に水である。兵士達も人質をそっちのけで対処を行い、それを好機と見た獣人達は再び避難を始める。中には仕返しと言わんばかりに不意打ちを敢行し、リミグロン兵との戦闘を再開する者達もいた。
「うおお…やっぱ凄い事になってる」
フォルトと共にサラザールに抱えられていたジョナサンは、地面に降り立つなり呟く。ちょうど巨神が跳躍して飛行船に飛び掛かり、力づくで破壊して墜落させている最中であった。
「…姉さん⁉」
その直後、暴れ続ける巨神を放心状態で見つめている酋長をフォルトは発見する。すぐに駆け寄ろうとするが、その先に見慣れた人物の首が転がっている事に気付き、酋長に近づこうとしていた足がゆっくりと止まった。
「……え…」
声が出なかった。言葉に出来ない何かが自分の胸元を満たし、喉元にまで込み上がって来る。
「なんて事だ…」
「…可哀そうに」
ジョナサンとサラザールも小さな声で憐れむ。そんな状況だろうがリミグロン兵達はお構いなしに向かって来ている。つくづく反吐の出る連中だとサラザールは眉をひそめ、フォルト達の前に立ってから翼を広げて敵を威嚇した。
「こういう時は空気読めって言われない ?」
そう言いながら牽制するように彼女はリミグロン兵達の方へとゆっくり進んでいく。リミグロン兵達も警戒しているのか、武器を構えつつ後ろに後退して距離を取ろうとするばかりであった。
――――そんな集落を見下ろせる崖の一角に、一人の兵士がしゃがみ込んでいた。リミグロン兵達が着込んでいる物と似た意匠が施されてはいるが、深い緑色をしている鎧を身に着けている。
「目標に到着。対象の確認も完了」
頭部の兜に備わっている変声機によって、奇妙な音程や太さを持つ声色を発しながら腕に付けている通信装置に向かって報告を始めた。その近くには一般のリミグロン兵達が所持している物よりも遥かに長尺で、細い銃身を持つ火器が置かれている。
「大胆な行動は避けろ。だが、障害がある場合はすみやかに排除を行え」
「了解。観察を続行する」
装置からは壮年の女性らしい声が聞こえ、兵士に次の指示を送って来た。兵士は一切の口答えをする事なく応じ、通信を終えてから自分の近くに置いていた銃を手に取る。そして巨神の動きに合わせて移動を開始した。




