訪問者
第18章
翌日の朝に、最後の貴族が発見され、合同訓練の幕は閉じた。
王宮でも、その対応に追われ、国力を上げる訓練は、戦力を削った形で終わってしまった。
「第1皇子は骨折、第2皇子も体力を回復するには2、3日はかかります」
「その他の貴族たちにもけが人が多数出ています。王都中の医者は、手が回らず、地方貴族の間から不満が出ています」
シキオール国王は、報告を聞くたびに、この結果をもたらした原因を、探し出す。
「ナツ皇子、お前はどうして、無事に生還出来たと思う?」
「運ですかね?」
「・・誤魔化しは要らない。どうせ、独自に情報を集めているのだろう?」
「はい、私は最初から、アイシン男爵の後ろを行く作戦でした。運よく、ロイとヒューガが、彼らと同じ組になり、彼らが出発するのを待っていました」
「うん、それで?彼らの話によると、アイシン男爵は、出発前には、雨が降ると予想していたみたいです」
「あの晴天の中か?」
「はい」
「どうやって予想したのだろう・・・・?」
「アイシン男爵は、来ているか?」
「いいえ、今日は休みを取っている様です。昨日から、地方貴族たちが、ヴァイオレット邸へ、多数押しかけて、その対応に追われていると、聞いています」
「・・・・・・」
なぞは、どんどんと大きくなり、王室内では、また、アイシン男爵に注目が集まった。
昨日の雨の中では、外の仕事はお休みになり、それでも1日分の給金をもらった労働者たちは、朝早くから、ヴァイオレット邸に出勤してきた。
トハルト家令は、みんなを集め、これから1週間は、静かに作業するように伝える。
「ーー男爵様が・・・、ケガなさったのですか?」
「アイシン男爵は無事だが、心配なさった奥様が、倒られた。だから、当分の間は、ダルマルも屋敷には入れない」
その瞬間、労働者たちの顔が沈んでいくのがわかった。
「今は、薬を飲んで休んでいる。大丈夫だ。安心して作業に当たって下さい」
ダルマルの母のクランは、働きながら涙が出た。昨日の惨事は、王都では大きな話題となり、自力で下山出来たのは、第3皇子のグループとアイシン男爵のグループだけだったと、朝刊にも掲載されていた。
昨日は、昼頃からの雨が、どんどん酷くなり、職人たちも、アイシン男爵を心配しながら家路に着いた。
大雨の中、どれ程、みんなが心配したかわからない、それは、生活の為だけではなく、アイシン男爵自身を思いやっての事。
夕方、アイシン男爵を乗せた馬車が、ヴァイオレット邸に到着したと、長屋の仲間内で広がり、みんなで抱き合い喜んだ。
まさか、ーーーお優しい奥様が、ご病気になるなんて・・・。
「クラン! 泣きながら作業するなら、ダルマルを連れて、さっさと、家に帰れ! 」と夫のクニマルが、怒鳴る。
その声に、びっくりして、ダルマルも泣き出した。
気づくと、大勢の人々は泣いていた。みんな、アイシン男爵の心配ばかりして、奥様の事を考えてなかった事を悔いての涙だった。
「うん、今日は、ダルマルを連れて家に帰る。帰って、奥様が食べる事が出来る食事を考えてくる」
クランは、立ち上がり、ダルマルの手を引いて、本当に家に戻って行った。
「・・・・・・」
「ーーーそんな事、屋敷中の人たちは、皆、考えている・・・。馬鹿だな・・・」とクニマルは思ったが、急いでダルマルの手を引いて走るクランを、心配しても、止めはしなかった。
その後、皆は、極力、静かに作業をして、まるでその場所に存在していないかのように、働いた。
ヴァイオレット邸の作業場は、静かだったが、ヴァイオレット邸を訪ねてくる人は多かった。
青いドレスのサーティもその一人だった。
「旦那様、エプリング男爵夫人が、いらっしゃいました」
「ああ、お通しして下さい」
「昨日は、不安に駆られて、奥様にご連絡してしまい。申し訳ありません。その後も、男爵様が、現地の様子をご報告して頂き、どれ程、有難かったか、わかりません。ありがとうございました」
「いいえ、私もあの場所に留まれば、お手伝いも出来ましたが、軍部主体での救助活動と聞き、屋敷に戻る事しかできませんでした。エプリング男爵は、どうですか?」
「はい、救出されたのが遅くて、随分衰弱していましたが、そのグループの人達と、干し肉を食べて、その場で助けが来るのを待ったそうです。後は、少し捻挫をしていまして、歩くのが、少し不自由そうですが、私の元に戻って来てくれただけでも、有難いと思っています」
「今日は、昨日のお礼に参りました。ミオ様はご在宅ですか?」
「ええ、ミオは、体が弱く、少し心配をかけ過ぎて、昨日の夜から熱を出して寝込んでいます」
「まぁ、わたくしのせいです。どうしましょう・・・」
「エプリング男爵夫人、それを言われると、わたしが一番辛いです。私も周りも、同じ気持ちです。しかし、彼女には、小さい頃からの医師と薬剤師が、この屋敷に常駐しています。だから、安心して下さい。私は、彼らを信じてます」
サーティは、小さい花籠をアイシン男爵に手渡した。
「ミオ様は、お食事が苦手と聞きましたので、お花をお持ちしました。お元気になったら、奥様にお渡しください」
「ありがとうございます。彼女は、花は大好きで、きっと、喜びますよ。そうだ、家にはシップ薬があります。エプリング男爵にお持ちください」
「え?本当によろしいのですか?今は、どの薬屋を探しても手に入りません。ありがとうございます」
「そうですか・・?職人たちがケガをした時にと常備してあります。トハルト家令、お渡しできますか?」
「大丈夫です。こちらへどうぞ・・」
「ありがとうございます。ありがとうございます」と何度も頭を下げて、サーティは、男爵の執務室を出て行った。
その後、多くの訪問者が、ヴァイオレット邸を訪ねて、薬をもらって帰って行った。
「男爵、最後に、ブーメン子爵の使用人が訪ねてきましたが・・・・」
「ブーメン子爵も、ケガしてたのか?」
「いいえ、旦那様がくださった鳥の裁き方がわからないそうです。マカフィに任せましたが、よろしでしょうか?」
「ああ、彼女にも何か、持たせてやってくれ。すまない、ミオのお金がどんどん減って行く・・・。貴族ほど、お金がかかる人種はいないな・・・・」
「今日、一日分の出費は、ミオ様にとっては、どうってことありません」
「それは、知っている。ああ、花ばかり増えて、ミオが、少しでも食べられる物があればいいが・・・」
「それが、旦那様、クランが、ミオ様に料理を持って来て、厨房で、旦那様をお待ちです」
「クランって、ダルマルの母親か?干し肉の?」
「はい、そうです」
アイシン男爵とトハルト家令は、急いで厨房に出向き、クランと会う。
「旦那様、すいません。今日は仕事をお休みして、奥様が食べられる物を考えて来ました。コレです」
クランが冷蔵庫から出した物は、杏仁豆腐の様な、冷たい白いゼリー、細かく鶏肉と野菜が入っていて、のど越しが良く、つるりと、口に入って、食道を通り、胃の中に納まる。
「どうでしょうか?」
「ああ、冷たくて、優しい酸味もあって、美味しい。いいのではないか?」
トハルトとマカフィも男爵と同じ意見で、頷いた。
そこにはもう一人、ブーメン子爵の使用人も居て、
「物凄く、美味しいです。さすが、ヴァイオレット家は違います。本当に、スゴイ! 」
「早速、ミオに、持って行って見る。ここで、待っていて下さい」
アイシン男爵と、フィージアは、早歩きで歩き、寝室に向かった。