干し肉の行方。
第15章
「暑いわ~~。王都はなんて暑いのかしら?」
「はい、奥様、今年の夏は、大変暑いですね。でも、外の人達は、涼しい場所に移られて良かったです」
「休んでもいいのですが、皆さん、日払い制で、その日の給金で暮らしを支えているらしく、毎日、働きたいと聞きましたので、そのままお願いしました」
「ダルマルは?」
「ダルマルは、お母さんが厨房にいるので、お母さんの近くでモジモジ甘えています」
「ふふふ・・、少しでもお母様の近くにいたいのね」
「でも、きっと、邪魔にされて、泣いて奥様を探すのではないでしょうか?」
ミオが注文した干し肉は、小腹が空いた時に、こっそりと食べる用にと、考えて頼んでつもりだったが。結局は、肉を買い占め、薬草、果物、酒、調味料を買い占め、ヴァイオレット家の馬車は総出で、王都の市場を回る形で終了した。
「奥様、本当に買い出しについて行くのですか?」
「ええ、王都の高級店は、珍しい物がなくて、つまらなかったですが、市場は賑わっている様で、じっくり、見てみたいです」
ダルマルの母親は、クランと言い、そのクランとダルマルを馬車に乗せ、市場を回る。危険が伴う為に、ミオは決して下りないが、その馬車の列を見れば、金持ちだとわかる。
ミオは暑い中、馬車の中にとどまり、だんだんと顔が赤くなって来て、冷たいお茶を飲んでも治まらない。トハルト家令は、スピードを要求して、なかなか買い物が進まない事に苛立ちを覚えている。
「どうした?店主が売るのを拒むのか?」
戻って来たツタハルが、困った顔で答える。
「はい、あまりいい顔をしないお店が多いですね。まるで、見知らぬ使用人には売らないと言うありさまで・・」
「ーーー新参者には売らないと、キッパリ断れた店もあります」
ミオは、その会話に興味を持ち、市場を紙に書き、お店に✖︎と、記入して行く、商人の娘として許しがたい行為だと憤慨していた。
「次に進みましょう」
「はい、奥様、王都にプラスムス様の息がかかった商店も多く、その線から購入しますか?」
何故かミオは反対する。
「それは、あまりにも面白くありませんね・・・・」
すると、クランが話しかける。
「奥様、私に行かせて下さい。私の様な身なりの人間には、売ってくれる店もあります。それに、そんな大量の買い物を、正値で買っては大損です」
「・・・・・・」
皆は、顔を見合わせ、結果、トハルト家令は許可した。
「彼女に行って貰いましょう」
「僕も行く! 」と、ダルマルもニコニコしながら答える。
クランは、ミオの使用人と市場に入り、市場の人たちと交渉して、殆んどの買い物を終えて来た。
「すごい! 凄いわ! どうして、そんなに上手に買い物が出来たの?」
「私が、選んだ店は、本当の庶民が使っている店です。不親切で傲慢な態度を取っているお店は、貴族の人たちの息がかかったお店で、後ろ盾がある分、強気です」
「奥様、これから市場調査を徹底して、不愉快な思いをさせない事を、お約束します」
「そんな事は、気にしないわ。それで、材料は揃ったの?」
「はい、しかし、後ろの馬車のツタハルが・・・頭に来たのか、肉屋の肉をすべて購入したようで、全部を処理するには、また、人を雇わなくてはなりません。重ね重ね、申し訳ございません」
「それなら、人を雇いましょう」
その時、クランが馬車の中で頭を下げる。
「それなら、職人たちの奥さんたちを雇って頂けませんか?彼女たちは、家で内職の様な仕事をしていますが、こちらの様な給金を頂けることはありません。皆、オンボロ長屋で暮らしていますが、王都に来るまでは、農家だったり、食堂を経営していたり、それぞれ仕事をしていました」
「わたくしは良いけど、内職の方はよろしいのでしょうか?」
「私が、話してみます。駄目でしたら、今いる人間を使って、私の命に代えても、この沢山の肉を絶対に無駄にしないようにします」
そして、当日、ダルマルは、涙をいっぱいに溜めて、やはり、ミオを探して来た。
ミオとジュリエール、フィージアは、思いっきり笑って、ダルマルを慰め、お菓子を渡した。
ミオが肉を大量に購入したのは、合同訓練の発表がされる1週間前だった。
ブーメン子爵が、アイシン男爵に話しかける。
「家の使用人から聞いたのだが、ヴァイオレット邸で、どうやら一軒の精肉店の肉を、全部、買い占めたらしいな?もしかして、盛大なパーティーでも開くのか?招待客は何人くらいになる?」
「まさか、そのような事は、しないよ。これを作っているみたいだ」
アイシン男爵は、ポケットからナプキンに包まれた干し肉を、ブーメン子爵に渡す。
ブーメン子爵も、遠慮せずに食べて、
「美味い!! 物凄く美味いな。どうしたんだこれは・・・?」
「庭の工事をしている職人たちの奥さんが、作ってくれたらしい。あまり食べない家の奥さんも、これなら食べている。このままでもいいが、もう一度、戻して、スープにしても美味しい」
「それに、小腹が空いた時に、こうして食べられし、長期保存も可能らしい」
「おお、いいアイデアだ」
「これ、今度の合同訓練に持って行くのか?」
「ああ、これと水筒は持参するつもりだ。勿論、君の家にも、前もって届けるよ」
「絶対か?」
「絶対だ」
「よかった。王都では、肉を買うのも一苦労だからな・・・。使用人たちも、苦労しているみたいで、毎日、出世、出世と、恨めしい顔で見られるよ」
「どうやら、それは本当らしく、家もやっと材料が、揃ったみたいで・・、そうそう、ミオやその奥さんたちが作った、買い物ができる店のリストだ。これを、君の家の使用人にも渡してあげるといい」
その日、アイシン男爵とブーメン子爵は、王宮内のカフェテリアで珍しく持参した昼食を食べていた。
二人の会話は、周りの地方貴族たちの注目の的で、いつの間にか大勢に囲まれている事に、びっくりした二人は・・・・。
「どうしたのですか?」と聞いた。
「私たちの家も、食料を調達できる店があまりありません。使用人たちは困り始めて、泣きついてきています。そのリスト、僕たちも拝見できますか?」
「勿論、いいですよ。でも、買い物するにはコツがあって、使用人たちに一般庶民の服装で行かせてください。そうすると、気軽に買えるようです。ーー後、値切る事も必要らしいです」
「そうなんだ」と一斉に頷く。そして、テーブルの干し肉に目が行く。
「そのお肉は・・・どこで売っていますか?」
「これは、家で作っている物ですが、皆さん全員に差し上げるには・・・、私の給金ではとてもできません。申し訳ないです。・・お金は、すべて家内のお金で・・・」
アイシン男爵は貧乏男爵で、娶った奥様は、大金持ちの商人の娘、それは周知の事実。
「それでは、売って頂く事はできますか?」
「それは、可能でしょう。屋敷には、本当に売る程ありますから・・・。ミオの使用人に言って届けさせます」
「ありがとうございます」
そうして、合同訓練前に、ミオの小腹を満たす干し肉は、アイシン男爵の同期の貴族たちに渡り、現金化されてしまった。さすが、商売人の家の娘。お金を使っても、お金は戻って来る。
「ミオ、すまないね。あまりにも美味しくて、追加注文が殺到したらしく、完売してしまった」
「いいえ、旦那様のお役に立てて嬉しいです。また、彼女たちが、作ります」
本当は、もっとたくさんの肉や魚、野菜も食べたい。その欲求をどうにかしなければ、本当にダメだと、実感しているミオだった、
「あ~~~~!!お腹が空いた~~~~~」