いざ、王宮へ。
第11章
それから、ジュリエールは、エンについて話し出す。
「彼女も、あなた達と同じように、身寄りがありませんでした。しかし、彼女には親切にしてくれた村の人たちが、存在していました。それに目をつけられたのでしょう」
トハルト家令は語気を強めて聞く、「誰が、彼女を脅したのですか・・?」
「それは、今は、まだ言えません。でも、そのような暗黒世界に、これからあなた達は向かうと思って下さい。それが貴族社会で、そのスタートが2日後の晩さん会です。今の素人集団では、男爵も奥様も守れません」
「その為の訓練を始めましょう。わたくしが見本を見せます。それで、わかると思います。奥様は、こちらに、そして、フィージアは、奥様の後からついて行きます。どこに立ちますか?」
フィージアは真後ろに立つ。
「それでは、足を掛けられた奥様を支えません。常に前後左右に気をつけて歩きます。すれ違う貴族の女性たちはすべて敵だと考えた方がいいです」
「奥様、あの職人たちの中を歩いて下さい。わたくしが見本を見せます」
屋敷は出来上がったが、庭と池の工事はまだまだ続き、高台には栗や桃、柿、枇杷、葡萄、みかんなどの果物を植える工事も始まっている。今も、ヴァイオレット邸には、常に労働者が大勢いる。
彼ら達の中を、ミオが歩き、乱暴な職人は、ミオにぶつかりそうになるが、すべて、オールクリア! 完璧にジュリエールは道を作って、倒れそうになると、背中にそっと手を伸ばす。
百戦錬磨のミオさえも、このようなメイドには会った事がない。(忍者?)
その様子を見ていた他のミオ部隊も、
「すごい、なんて優雅に、ミオ様をお守りしている・・・・」
「流石だ。ジュリエール」
「では、フィージア! あなたは私のようなメイドに成りたいですか?そして、一生、奥様にお仕えすることが出来ますか?」
フィージアは、子供ながらジュリエールの凄さを体感した。彼女は、自分の事も、きっとすべて調べてからこのヴァイオレット邸に来たに違いない。
フィージアは、比較的王都に近い村の出身で、両親を亡くし、叔父の家に姉と二人で身を寄せていたが、その叔父によって、姉は、酷い男に売られてしまった。
王都に向かう条件は、妹も一緒に行く事で、叔父の家からの脱出に成功し、途中の町で、フィージアを逃がし、自分は、自害したのだ。姉の最後の言葉は、「できる事なら自分の分も生きて欲しい」だった。
だから、あの店の店主に何度も懇願して、雇って貰い、お金が貯まったら姉を探しに行こうと考えていた。
フィージアは、膝まづいて、ジュリエールに懇願した。
「なりたいです。ジュリエールさんの様な立派なメイドになって、一生、奥様のお近くでお仕えしたいです。わたしの望みは、それだけです。お願いします。決して裏切りません。守るお方はミオ様だけです」
「ええ、厳しい道ですが、頑張りましょう」
それから、フィージアは、ジュリエールの様なキチキチな服を着て、きっちり髪を結び、小さいジュリエールになる為の道を歩き始めた。
ミオはこうして、フィージアとの休日を過ごすような日々を失い、晩さん会への準備に追われてた。
髪型は、ミオの意見を尊重して、フィージアが練習した髪型に、髪飾りは、3つ付けた。
ドレスは、白を基調にして、黄色の模様に小さな薄紫の花を重ねたもの、ネックレスは大きく目立つ物を付ける事にした。金持ちは、金持ちらしくした方がいいと、ジュリエールの意見を取り入れた。
家のサロンでは、使用人総出のダンスのレッスンが行われ、危険がどのようにやって来るかを、ミオやその他の人たちに教えた。
体が頑丈な使用人たちも、ハアハア言いながら、真剣にジュリエールの講義を聞き、心の底から、この晩さん会への出席を心配していた。
「お嬢様、欠席なさることは出来ないのでしょうか?」
「そこ!! 今度、奥様の事をお嬢様と読んだら、食事抜きです!」とジュリエールはキッパリと言い放った。
「いいですか。お嬢様と奥様では、ミオ様が使用人にバカにされていると、周りには思われます」
「気をつけて下さい」
「はい! 」
「これからが、最大の難関です。奥様の弱点は、何でしょうか?はい、そこの人! 」
「・・・・食事ですか?」
「そうです。食事です。だから、ただの夜会ではなく、晩さん会なのです」
「私たちがあちらを調べたように、彼方もこちらを調べます。弱点を突いてこそ、勝算があります」
「・・・戦い?」
「食事は、次々に運ばれてきます。意地悪な給仕がいると、食べていないお皿はずっとそのままで、食事が進みません。だから、少しでもミオ様には召し上がって欲しいと思います。しかし、折角、召し上がっても、その食事には、毒が含まれている場合もあります。当然ですが、死ぬほどの毒ではありません」
「失神する、吐き気、下痢、目まいを起こすような薬が、含まれています」
「そんな・・、街の食堂でも、そんなことはないのに・・どうして?」
「それは貴族社会ですから、そのような事もあると心に留めて置いて下さい。そして、お食事の時は、アイシン男爵も、メイドも側にはいれません。男女別々のテーブルです」
「そんな・・・・」
「これから、毒を見分け、どのような症状が起きるかを見て、対処法を教えます。よろしいでしょうか?では、スープと前菜、メイン、デザートを置きます」
ジュリエールの凄い所は、パンネルとコメネルの監修の下、ミオの使用人たちに一通りの毒を食させ、対処法と言いながら解毒させていく。
ミオが大事なのか、アイシン男爵が大事なのが、わからないが、その晩さん会での失敗は、絶対に許さない意気込みが、全身で感じられ、この時すでに、ジュリエールは、ヴァイオレット邸の中にすんなりと溶け込んでいった。
「すべての毒に臭いはありません。見た目で判断して、舌先で確かめます」
「飲み物も信用しては行けません。決して大量に、飲み込まない訓練が必要です。植木に捨てる事が一番安全です」
ミオは色々な世界を回って、すでに、この手のものも経験済みで、大体の毒がわかるが、それでも、初めての国では、緊張していた。
そして、晩さん会当日。
晴れ渡った空は、徐々に暮れはじめ、夕日が美しい中、王宮では花火が上がり、新しく王都の一員になった貴族たちを迎える祭典は、幕を開けた。
地方の下流貴族にとっては、初めての事だらけで、誰もが緊張して王宮の車止めを目指し、自分たちの馬車の順番を待っていた。
馬車を降りた瞬間から、戦いは始まり、気を緩める事は、一切できない。
「旦那様・・・」
「大丈夫、必ず、守るから安心して・・」
アイシン男爵の手は、しっかりとミオの手を握り、ミオは、少し震えているのが感じ取れる。
(武者震いとは、きっと思っていないだろうけど・・・。これからの事を考えると震える。)
「男爵、ミオ様、私たちが番が来ました。降りましょう」
今回、同行するのは、トハルト家令、フィージア、ジュリエール、2台の馬車を運転するのは、トナカリと3番目のルフリーが担当する。当然の事だが、王宮の周りには、残りの全員が、緊急事態に備えて、スタンバイしていた。
ドアが開き、折れそうな程に痩せているミオを、エスコートしながら歩くアイシン男爵は、注目の的で、初めて姿を現す奥方に、痛いほどの視線が集まる。
「今日のミオは、最高に美しいよ。さぁ、行こう! 」
「旦那様は、いつも通りに素敵です」
見つめ合う二人は、新婚のカップルだと一目でわかる程に、ラブラブ感、丸出しだった。