獣使いの音色
シュネはルーちゃんを連れながら、シャワー室へ入るためのガラス扉を開けた。
「キューン……」
「クーン……」
「あ~……やっぱり覚えてるよねぇ……」
ルーちゃんはシャワーが嫌いなのである。
毎回このガラス扉の前に来ると四肢を突っ張り、全力で拒否するのだ。
「いい子だからおいで~怖くないよ~」
微動だにしない。
「ライア姉さま、シュネさんの手伝いしなくてよろしいのですか?」
「任せておいて大丈夫よ」
「おいで~ルーちゃ~……ん?」
ん? 今ライア姉のことを『ライア姉さま』と言ってなかった? 『姉さま』って――ライア姉は何も反応していない。
「どうかして? ボーっとこちらを見て」
「え! いや! なんでもないよ」
気のせいだったということにして、いつまでもこのままじゃ埒が明かない。
「はぁ……仕方ないか……」
シュネはため息を付きあまり気乗りしない様子でシザーホルダーから『横笛』を取り出す。
取り出した横笛をじっと見つめる。
シュネにとって笛を使うことは未熟の証だからだ。
「笛?」
笛を取り出したシュネを見て、アミィちゃんがキョトンとしている。
それもそうだ。シャワー室の扉の前で急に笛を取り出したのだから。
「シュネは獣使いなの」
そういうとライア姉は人差し指を唇の前に持ってきて、「シー……」とアミィちゃんに静かにするよう促した。
ふたりが黙して見守る中、シュネが「すぅー……」と息を吸うと辺りの空気が一変し、静寂が包み込む。
その、どこか気高く、厳かな雰囲気にアミィちゃんは息を吞む。
そしてゆっくりと。しかしはっきりとした音を発し始めた。
その音色は静けさの中に染み渡るように広がり、心を解きほぐしていく。
「おいで」
「「クーン」」
シュネのその一言で、先ほどまで嫌がっていたルーちゃんが自らのシャワー室へ歩を進めていく。
「――いったい何が……」
笛の音に聞き入っていたアミィちゃんが我に返り、ライア姉に尋ねた。
「シュネは笛の音色を媒介にして、動物を従えることができるの」
レイ姉もライア姉も動物と仲良くなることはできるが、シュネと同じように笛を吹いても行動を促すことができないのだ。
三姉妹でただひとり、真に心を通わせることができる。それが『獣使いのシュネ』なのだ。
「でもシュネは獣使いと言われると嫌がるから本人には言わないであげて」
「わかりました。ですがカッコいいと思うのになぜ嫌がるのですか?」
「あの子にとって動物たちは友達だからよ」
笛を使って言うことを聞かせるのは強制的に催眠状態にすることである。
獣使いの才能がないとこれさえできない。
しかしシュネが目指しているのは強制的に従えるのではなく、心と心の対話で促してあげられるようになることだ。
「ライア姉~準備できたから手伝って~」
シャワーを当てても暴れないように大人しくさせたシュネが、シャワー室の中からライア姉を呼んだ。
「今行くわ」とシュネに返事をした後、アミィちゃんに「濡れるといけないからここで見学お願いね」と一言残してシャワー室に入っていく。
「ライア姉、アミィちゃんと何はなしてたの?」
ライア姉とアミィちゃんが時々内緒話をしているのがやはり気になり、「二人になった今だ!」と思い切って聞いてみた。
「『シュネはすごいね』って話していたのよ」
「――っ! 何言ってるのよ!もぅ!」
照れてるシュネを見てライア姉は「フフフッ」と嬉しそうに笑い、――シュネは「茶化さないで!」と口を尖らせた。
その頃レイ姉は? 第四話 ハーピィのリンス
カランコロン……。
「あ、いらっしゃいませ~」
男と入れ違いでお客様が来店した。
「なぁに、さっきの人?」
来店されたのはハーピィの女の子だ。
慌てて店から出てきた男の姿を上空から見ていたようだ。
「何だったんでしょう?」
女も「よくわからない」といった表情をした。
「まぁいいわ。いつものちょうだい」
「は~い、こちらですね~」
女が棚から持ってきたのは、注ぎ口が異常に長く、ボトルの形もボンプ上になった変わった商品だ。
これは両手が使えないハーピィ用の足で踏みつけるボトルである。
「はぁ~そろそろ彼氏を見つけなきゃな~」
ハーピィは両手が使えない。なので首周りや背中など、羽づくろいできない箇所を番にやってもらうのだ。
そうして寄生虫を駆除してもらうのだが、番になっていないハーピィはつくろえない。
なのでここのハーピィ用の薬用リンスで寄生虫の駆除をしている。
「どこかにいい男はいないかしら?」
「え~っと」
「ってあなたに聞いても仕方ないわね」
人とハーピィの美的感覚やいい男の条件は違う。
「さっきの男でも捕まえてみようかしら?」
「はいどうぞ~」
袋詰めしたリンスを床に置き、首に掛かっているポシェットからお代を頂いた。
「ありがと~。じゃあちょっとさっきの男追ってくるわ」
「ありがとうございました。お気を付けて~」
ハーピィは男を追いかけて森の中へ消えていった。