はじめはブラッシングから
トリミング室にルーちゃんと一緒に入ると、そこには仕事道具をまるで美術品を鑑賞するかのように見て歩くアミィちゃんがいた。――やっぱりお嬢様なのか、幼いながらも立ち居振る舞いが美しい。
「よしよ~し、こっちにおいで~」
シュネはルーちゃんを作業場に誘導した。
ルーちゃんは作業場の床を「スンスン」と嗅ぎ、安全か確認している。
軽く頭を撫でてからシュネは言う。
「それじゃはじめよっか……わたしは左半身ブラシ掛けるから右半身お願いね」
「わかったわ。ではアミィさんはこちらで」
作業の邪魔にならない程度の距離に椅子を用意し、アミィちゃんを座らせる。
普段は人前で作業しないのでシュネは緊張している。――何かした方がいいのかな?
ブラッシングをしつつ小声でライア姉に尋ねる。
「ねね、何か説明とかした方がいいのかな?」
「そうね……」
ライア姉は少し考えた後、とんでもないことを口にする。
「シュネ、あなたが説明なさい」
「な――」
「ちゃんと覚えているかの確認と、説明しながら作業をすると今まで気が付かなかったことに気が付くかもしれないわよ」
「で――」
「でもも何もないわ。説明が不十分だと思ったら私も補足するから安心なさい」
「……はい」
反論の余地もないままシュネが説明することとなった。――余計なことを言わなければよかったかも。
「じゃあアミィちゃん、見てるだけだと分からないことが多いから色々と説明するね」
「お、お願いします」
まずは……とコームを見せる。
「最初にこのコームで全体を軽く梳かしつつ毛玉が無いかを確認するの。毛玉やほつれをちゃんと取らないと通気性が悪くなって皮膚病の原因になるから、家でもこまめにブラシを掛けて上げるといいかもね」
「なるほど」
「でもルーちゃんは胸の部分以外は短いから、コームを入れるのはここくらいかな?」
かなり真剣に聞いてくれている。――こんな拙い説明でいいのかな?
チラリとライア姉を見ると「大丈夫よ」と言っているような優しい目をしていた。
「次はこれね。スリッカーブラシと言って、抜け毛や汚れ、絡まりを取り除くのに使うの。で……ブラシ部分を軽く触ってみて」
「チクチクして痛いですね。こんなのでブラッシングしてよろしいのですか?」
スリッカーブラシは細い針が沢山付いていて、扱い方を間違えるとケガをさせてしまうので注意が必要だ。
シュネがまだ幼い頃、姉たちのトリミング中の姿を真似て自分の腕をブラッシングしたことがある。――あの時は血だらけになって、姉たち心配されらながら怒られたっけ。それ以来道具の扱いには気を付けている。
「皮膚に充ててブラッシングすると引っ搔き傷みたいになるから、皮膚の手前で止めてブラッシングするの。針が細いから毛の根本付近まで届くからしっかりと汚れが取り除けるの。ほら」
サッサッ――とルーちゃんをブラッシングして、ブラシに絡みついた抜け毛を見せる。
「おお~。結構も取れるものなんですね」
ブラッシングだけでもこんなに感激してもらえるなんて――とシュネ自身も少し嬉しくなる。
ルーちゃんも気持ちよさそうに頭を上げて「キュ~ンァ」と催促をしてきた。
ブラッシングしながらアミィちゃんにブラシを持つ手を見せる。
「持ち方も注意が必要で根元を親指と人差し指で軽くつまむの。筆を持つ感じでね。慣れない内は中指から小指までをブラシ側に持っていくの。そうすることでブラシ部分が皮膚に当たるのを防ぐことができるわ」
「なるほど~」
「他にもブラシの種類があるけどルーちゃんはスリッカーだけで十分ね……と、このくらいの説明でいいのかな?」
今まで姉たちから教わるばかりで、人に教えることがなかった。
シュネはちゃんと教えられてたのか不安だ。
「上手に説明できていたわ。でも補足するなら、おなかの方から背中に向かって少しずつ順番に、毛をかき分けながらブラッシングするわ。そして毛を梳かすのではなく、ほつれをほぐして割いていくことを意識するのよ。――それをシュネのように無意識にできるようになるといいわね」
説明が足りなかったことに気を落としていたことに気付いたのか、ライア姉のさり気ないフォローにシュネは嬉しく思った。
その頃レイ姉は? 第一話 ご来店
バンッ! カランコロンカランコロン……。
荒々しく扉が開くのと同時に傷だらけの男が入ってきた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「いらっしゃいませ~」
「――!」
男は声のした方向に剣を構えた。
視線の先には女がいる。
自身の目がおかしくなったのかと目を擦るが、やはり見間違いではない。
金茶色の長い髪によれよれの白衣を着た女が目の前にいる。
「き、ききき貴様は何者だ!」
ニヤニヤとしながら見てくる女に、声を震わせながら男は質問した。
「えっと……」
「! 動くな!」
「え~……」
女が不審な動きをしたのを見て男は一層声を荒らげる。
(ここは何だ? あの女は一体? もしかしたら!)
「女! 貴様がここの主か!」
女はニヤニヤしながら言った。
「は~い。そうですよ~」
(やはり……こいつがここの森の主だったのか!)
「このっ! バケモノ共の親玉め!」
「え~……」