アンドラスさんの孫
カランコロンカラン……。
ドアベルが小気味よく鳴りながら玄関が開く。
「いらっしゃいませ~」
受付担当のレイ姉がお客様を確認してから挨拶をする。シュネとライア姉も「いらっしゃいませ」と後に続く。
お店に入ってきたのはルーちゃんの飼い主であるアンドラスさんだ。
アンドラスさんは二十年ほど御贔屓して頂いてる常連様である。
昔は魔族の軍団を率いた偉い人だったらしく、戦時下で折られた左の角は男の勲章だという。
しかしその面影はどこへやら。
今ではアゴ髭を生やした恰幅のいい温和そうなおじいさんになっていた。
「こんにちは、今日もお願いしますね」
「は~い。いつも通りシャンプーコースで……あら? そちらのお嬢様は?」
今日はいつもと違った。
アンドラスさんの後ろに女の子が恥ずかしそうに隠れている。
「あぁ、この子はわしの孫です。ほら、ご挨拶なさい」
「こ、こんにちは。アミィです。よろしくお願いします」
アンドラスさんに促され、もじもじとしながら前に出てきて答える姿はとても愛らしい。
身長はシュネより少し小さいが同年代位だろうか?
ロングヘアーの緑の黒髪は丁寧に手入れがされている。
捻じりが加えられたハーフアップの髪型はいかにも箱入り娘と言わんばかりだ。
額にちょこんと二つある黒く小さな角は、アミィちゃんの可愛らしさをより際立たせている。
「あらあら~ご丁寧にどうも。長女のレイです」
「初めまして、次女のライアです。よろしくお願いします」
「わたしは三女のシュネ。よろしくね、アミィちゃん」
「すみません。孫がどうしても付いてきたいと聞かなくて」
「いえいえ~、ごゆっくりどうぞ~」
簡単な自己紹介を済ませた後、シュネがルーちゃんをお預かりする。
「よ~しよし、いい子だね~」
シュネが左側の頭を撫でると「キュ~ン」と体格に似合わず、甘えた声を出す。
それを羨ましそうに見ているのは右側の頭だ。
「はいはい、こっちもいい子、いい子」
左右の頭を交互に撫でていると、ライア姉が言う。
「また少し大きくなりましたね」
「そうですかね? いつも一緒にいるとわからないですが……」
アンドラスさんはアゴ髭を摩りながらルーちゃんの足元から頭に掛けて視線を這わせた。
「う~ん……ちょっと測ってみよっか。ライア姉、お願い」
「わかったわ」
ライア姉がトリミング室から巻き尺を持ってくる。
「姉さん、記帳いいかしら?」
「はいは~い」
シュネがルーちゃんを大人しくさせている間にライア姉が測定をする。測定したらレイ姉に伝えて記帳してもらう。
阿吽の呼吸で手際よく進めていく。
「体高156センチメートル。体長161センチメートル。以前より1センチ大きくなっているわ」
ルーちゃんの左右の頭を撫でながら「大きくなったわね」とライア姉が語りかけている。
「よ、よく覚えてるわね。ライアちゃん」
記帳しているレイ姉ならともかく、なぜライア姉は覚えているんだろうか……とシュネが驚いていると、ライア姉を尊敬の眼差しを送る少女がいた。
「す、すごい……ホントにすごいですね!お姉さん!」
「――!?」
先程までの人見知りで恥ずかしがり屋なアミィちゃんはどこへ行ったのか、、目を輝かせながらライア姉に詰め寄っていく。
「どうして大きくなったと分かったのですか?」「わっふ!」
「えっと……」
「なぜ頭から測らなかったのでしょうか?」「ばうっ!
「それは……」
「その道具は何ですか?」「わっふ!」
「うぅ……」
アミィちゃんの怒涛の質問攻めと、なぜかそれに呼応ルーちゃんに、冷静なライア姉が狼狽している。珍しい。
シュネに助けを求めるように目をやるが、――視線を逸らされてしまった。
次いでレイ姉に助けを求めるも、能天気に「仲良くなったわね~」と微笑んでいる。
「コラコラ。ライアさんが困っているでしょう」
アンドラスさんが嗜めると我に返ったのか「すみません」とアミィちゃんが俯きながら赤面している。
「「キュ~ン……」」
ライア姉はほっとして胸を撫で下ろし、「いえいえ」と冷静さを取り戻していった。
「アミィさんはトリマーに興味がおありで?」
コクン。と先程とは打って変わって大人しい。
ライア姉は優しい笑顔を向け「先程の質問にお答えしますね」とアミィちゃんの質問を聞いていく。
「どうしてルーちゃんが大きくなっていると分かったのですか?」
「スキンシップを取ることによって変化を感じられて気付けます」
いやいや。1センチの変化が気付けるのはライア姉だけです。
「頭から測らないのはなぜでしょうか?」
「動物たちは頭の位置が安定しないので測るたびに違ってきます。ですので胸骨端から坐骨端……胸からお尻までの体長と、地面からキ甲部……背中の一番高い場所までの体高を測ります。鼻先からお尻までを頭胴長と言いますが……測ることはあまりありませんわね。そして鼻先から尻尾の先までを全長といいます。そして地面から頭までは測定しません」
「な、なるほどです!」「「わっふ!」」
「因みにこちらは巻き尺ですわ!」
気持ちが昂ってきたのか巻き尺をビシッ! と出してポーズを決めている。大工さんや鍛冶屋さんでも巻き尺は使っているんじゃ――とは言えない雰囲気だ。
ライア姉はシュネとレイ姉と視線を交わした後、アミィちゃん肩にやさしく手を置いて聞く。
「ルーちゃんのトリミングされている所をご見学なさいますか?」
パッと顔を上げ満面の笑みで「お願いします!」と答えた。
受付ではレイ姉がアンドラスさんに「よろしいでしょうか?」と了承を得ていた。
そんな中シュネは「う~ん……」と微妙な心持ちだった。
「それではルーとアミィをお願いします。昼過ぎに迎えに来ますね」
アンドラスさんは予定があるらしく一度帰宅するそうだ。アミィちゃんに「迷惑を掛けるんじゃないよ」と伝えてお店を後にした。
「では行きましょうか」
ライア姉がアミィちゃんの手を取りトリミング室まで連れていく。
シュネは繋いだ手を見て、大好きな姉が取られてしまったようで少しムッとした。
心情を察したのか、レイ姉が「よしよし」と頭を撫でる。
普段は頼りないのにどうして妹たちの心の機微を感じ取れるのだろうか?
シュネは気恥ずかしくなり、レイ姉の手を払いルーちゃんを連れてトリミング室に向かう。
「わたしたちも行こっか」
「「わっふ!」」
「いってらっしゃ~い」
シュネは振り向かずに右手をひらひらさせて「はいはい」と合図する。





