終電後にやってくる行先不明の列車
ネコバスが好きだった。
行き先を告げたら、どこでも好きな場所に連れて行ってくれるネコに乗ってみたいと思っていた。
子供ながらに行きたい所が沢山あって、親に連れて行って貰えなかったディズニーランドとか、えらく楽しいと感じた小学生の時に遠足で行った場所とか、ほとんどの目的地が遊ぶための場所だった気がする。
まあ、子供の時の発想なんてそんなものだ。綺麗な景色が見たいとか、外国の世界遺産に行きたいとか、少なくとも幼少時代の自分は考えなかった。
じゃあ、どうだろうか?
大人になった今の俺は、どこへ行きたいと思っているのだろうか。
「乗りますか? お客さん」
「すいません、ちょっと考えています」
「そうですか、時間がないので早く決めてくださいね」
列車がたった一人のために客を待ってくれるなんて事がありえるのかという話だが、そもそも終電後となった無人のホームに列車がいる事態がまずおかしい。
それも、なぜか一車両だけしかなく、ライトも点いていない。乗客もおらず、乗っているのは話しかけてきた車掌さんだけである。
行き先の書いてあるはずの列車の頭の部分は真っ黒に染まっており、どこへ行くのか分からない。
「あの、この列車の行き先ってどこなんですか?」
「乗れば分かりますよ」
行き先は教えてくれないようだ。行き先が分からないで乗るのはかなり勇気がいる。
「それは流石に怖いです」
正直に車掌に伝える。ネコバスならば先に自分で行き先を決める事が出来るのに。
「確かに怖いかもしれませんね。でも、もしあなたが乗るのであれば、この列車は必ずあなたが行きたい場所まで乗せて行きますよ」
俺の行きたい場所……自分でもどこへ行きたいかなんて分からないというのに、この列車は俺が望んだ場所まで連れて行ってくれるのか。
「さあ、乗りますか? もう本当に時間がありませんよ?」
駅のホームにベルが鳴り響く。どうやら本当に時間がないようだ。
「……乗ります」
「はい、かしこまりました」
車掌さんは優しい笑顔で答えてくれる。
電車のドアが開く。
多分、これが正解なのだろう。
くだらない日常をこれからも過ごすというのなら、 子供の頃に憧れたネコバスのように、この列車に乗って、どこへ行くかは知らないが、自分が望む場所へ連れて行って貰う方がよっぽどマシである。
どこへ連れて行ってくれるのだろうか?
乗ったら分かるらしいけど……
開いたドアから列車に乗り込むと――
「――――っ!!」
踏むはずの床が消えて、線路に叩きつけられる。
さっきまであったはずの列車は綺麗さっぱりなくなっていた。そして代わりにブレーキ音と警笛を鳴り散らかせながら――回送列車が近づいてきた。
「あーそうか」
理解した。
「俺の望む場所って――」
そして止まることなく列車は男の思考と体を分断した。