二、やりましょう! 初めての依頼 - 4
牢屋の先に道はなく、あたし達は分かれ道まで引き戻して、もう一方の道を進む。
宝物庫と頭領を探して歩いていると、突如開けた空間に出た。
ゴツゴツとした岩肌に囲まれているのは変わらないが、通路よりも天井は高くなり、床は広間程の広さがあるだろうか。飛び跳ねて動き回っても全然余裕そうな広さである。隅には木箱や酒瓶が転がっているところを見るに、恐らくここが盗賊たちの普段のたむろ場なのではないだろうか?
その空間の奥に、さらに奥に続く通路の入口。
その前に、茶髪を逆立てた、街を歩けばもしかしたら振り返る女性が低確率で一人くらいはいるかもしれない、程度の顔を持った男が口元を歪ませて仁王立ちしている。雑魚盗賊よりは少しはましな装備をしている――とは言っても、よれた革鎧の時点でたかがしれてるか。
「よお、随分暴れてくれたじゃねえか、お二人さん」
相変わらずの三流台詞が岩肌にこだまする。その音には余裕がたっぷりと含まれていた。
「あなたがここのトップ?」
「まあそういうこった。ダッドってんだ。よろしくな。
とまあ、それは置いといて、だ。嬢ちゃんたちゃあ強えみたいだし、オレも真正面からやりあいたかぁねえ。が、こっちも、そっちの兄ちゃんが抱えている嬢ちゃんは預かりもんだから、連れてかれっと、ちと困んだわ。
ってことで、取引しねえかい?」
――なに言ってんだこいつ。
「オレたちの貯め込んだお宝をいくつか譲る。その代わり、その嬢ちゃんは置いていく。これでどうだい?」
男――ダッドとやらがなにか言っているのを左から右に聞き流しつつ、あたしは問答無用で呪文を唱えた。
「水の矢!」
一本のでかい水の塊が、矢の形を持って出現する。本来なら小さい矢がいくつも出現する魔術なのだが、きちんと理解してちょーっといじれば、こういう風にして出すことも可能だ。
今回はこっちの方が都合が良かったので、いくつも出る矢を一つにまとめてしまったのだが、なんかこれ、見た目がタマゴっぽい。
あたしはそれを「よいしょー」っとダッドに向かって発射させる。
ダッドは「いっ⁉」と目を丸くしたが、大きさに似合わず速い水タマゴから、逃げる間もなく、命中してずぶ濡れとなった。
「少しは頭冷えた? 交渉ってのは、お互いが対等である場合に成り立つのであって、あんたらみたいなのとは到底成り立たないの。財宝は貰う、この子もあたしらが連れて行く。あんたらはお陀仏! これでぱーふぇくつっ!」
「おいおい」
レオンから呆れた声が出たが、あたしは無視。
「ってことで、お宝ちょーだい」
「だっ、誰がてめぇらみてーなクソガキに! もう容赦しねえ、てめえらは、こいつの相手でもしてるんだな!」
怒ったダッドが地に手をついて吠えた途端、床が煌々と輝き始める。
な、なに⁉
視線を走らせて空間を把握すると、光の筋が円や魔術用の文字として使われる精霊文字の形をしている。まさか、この床に魔方陣が埋め込まれていたの⁉ ってことは、ここの頭って魔術師ぃ⁉
本来口で紡ぐべき呪文を魔法陣として刻むことで呪文詠唱を省略することができる。が、基礎をしっかり理解している魔術師が見れば、当然魔法陣を解読することは可能……なのだが、既に魔法陣が発動している時点では精霊文字を解読する間もなく、地面がもこりと盛り上がった。
それは徐々に大きくなり、一体の人の形を造り出す。
「召喚魔法陣……」
魔法陣を魔力の片鱗すら感じさせず完璧に隠すって、こいつまさか魔術師としては腕がいいのかしら? なんかそれはそれで腹が立つ。
召喚が終了し、光が消える。その中から呼び出されたのは、人に近い姿をしていた。肌は血の気のない、茶色のような灰色のような中間色。その目は白目も含めて暗く濁り、口からは鋭い牙が収まりきらずに飛び出し、耳はエルフのように尖っている。一言で言えばエルフの正反対、醜い容姿だ。
頭身は……レオンよりも頭一つ程大きいくらいだろうか。痩せ型で、闇色の服と鎧を装着し、盾と剣を手にして、敵意むき出しでこちらを睨んでいる。
「オーク……!」
レオンが警戒しながらそれの名前を呟いた。
あたしは初めて見るのでそれが何かよくわからず、レオンに「なにそれ」と尋ねる。すると、レオンは抱えていた少女を隅に下ろしながらも、すらすらとそれが何かを教えてくれる。
「凶暴な妖精の一種だ。あらゆる道具を作れるほどの知能はあるが、芸術センスが皆無。人の言葉を理解しているとも言われているけど、基本的に他の種族と出会うと破壊行動しか行わない」
「へーえ。手強いの?」
「そうだなぁ、人よりも生命力が強くて、戦い慣れてるやつを相手にする、って考えてくれればいいか」
「なるほど……あんがと」
お礼を言ってオークに視線を戻せば、ダッドがどこかへ逃げていくのが、その向こうに見えた。
ってことは、こいつは逃げるための囮!
「レオン! さっさとこいつ倒してダッドを追うわよ!」
「わかった!」
答えた瞬間、レオンは姿勢を低くして地を蹴った。
速い! 瞬く間にオークの足元へと辿り着いた彼は、オークの足に向かって剣を走らせる。が、オークはこれが見えていたのか、読んでいたのか、後ろに下がって難なく盾でガードする。彼の剣は、盾に浅い跡を残すだけにとどまる。
なんとか彼の動きも目で追えているが……もしかして彼、さっきまで本気を出してなかったのかしら。
あたしの方は、オークの気がレオンに向いたのを確認すると、呪文を唱えつつ、オークの死角に回り込むため走り出す。
オークが剣を振り上げ、叩きつけるようにレオンへと振り下ろす。ブオン――と空気を鳴かせた剣を、レオンは斜め右に踏み込んで避け、そのまま今度は胴切りを仕掛ける。が、これはオークの盾に阻まれ、再び上げられた剣が横薙ぎに振られると見るや、レオンは後ろに飛び退った。今度は彼がいなくなった空間を、オークの剣が通り抜ける。
この一連の動きが、息つく間もなく行われている。
なるほど。レオンのこの動きについていけているというだけで、あのオークの強さがわかるというものだ。正直あたしは、先程のレオンの攻撃を真っ向から剣で受けて、捌ききれる自信は五分五分程度。一瞬でも気を抜いたら最後、斬られている気がする。
召喚術にはそんなに詳しくはない――なんせ、あの村の結界に阻まれて喚べないのだ――のだが、術師としてあの強さのオークを喚び出せるということは、それだけの技量はあると見ていいのだろう。あのダッドとかいう奴は。
戦況を観察しつつオークの背後に回り込んだあたしは、さらにそこから距離を詰め、オークに袈裟懸けに斬りかかる。
「炎切滅!」
刀身があたしの手から生み出された炎に包まれる!
オークはすぐに反応した。対していたレオンの剣を、右手の剣で力任せに押し戻すと、あたしの炎の剣を左手の盾で受け止めようとする。
堅いものに当たった、という刹那の手応えは、ゼラチン質のものを切る感触に変わる。
あたしの剣はスッ――と盾ごとオークの左腕を切り飛ばしていた。
グギャアァァァァアアアアアア――――ッ‼
オークの悲鳴がその場の岩という岩にこだまして、轟き渡る。
ひえぇ……。初めて生き物に対して使ったけど、こうなるのか……。
炎切滅は物体限定でなんでも斬ることのできる炎を剣に宿す、火の魔術。幽霊のように肉体を持たないものには一切無効だが、それ以外の例外を、少なくともあたしは知らない。
ついでにこの術、斬ったものは跡形もなく焼失させる。今も上下斜めに分割された盾と斬り落とした腕が塵も残さず消失し、オークの腕の切断面も盛大に燃えている。
追撃を加えようと動こうとした瞬間、オークの口から何か言葉のようなものがこぼれ、オークの体が淡く発光し始めた。同時に、左腕の炎が消え、いま斬りつけた傷がみるみる塞がり始めたではないか!
「治癒魔法⁉ オークって魔法使えるの⁉」
「知能はあるからな」
レオンはあたしの疑問に冷静に答えながら、オークに向かって再び斬りかかる。と、レオンに対応するためかオークの魔法が途切れた。
「さっきのはそういう意味かっ! 言ってくれなきゃわかんないわよ!」
あたしは地団駄を踏むが、少なくとも戦いながら魔法を持続させることはできないらしい。
先ほどつけた傷は完全には塞がっておらず、止血した程度に留まっている。さらに炎が消えたということは魔術を打ち消したということ。ということは、魔法耐性も持ってるってことかしら……。
あたしも気を引き締めなおして、剣を構える。
とはいえ、片腕となったオークは先程より明らかに動きが鈍くなっている。こうなると、もはや厄介な敵ではない。
レオンの剣がオークの剣を払うと、彼は迷わずにオークの懐に飛び込んだ。
ぐん――とレオンの剣が、息もつかせずオークの首めがけて伸びる。
次の瞬間には、オークの頭は胴体から離れていた。
「ふう」
レオンが息をついて剣を鞘に収める。あたしはおずおずとレオンに近づき、確認する。
「お、終わった……の?」
「ああ、さすがにオークも人間と同じで首を斬られると死ぬぞ」
あ、そーなんだ。
何事もなかったように答えてくれたレオンは、避難させた少女の方を見る。あたしも同じく剣を収めてそちらに視線を移して……。
「あれっ⁉」
「あの子、どこいった⁉」
二人して思わずきょろきょろと周囲を見渡す。
オークに集中しすぎたのか、戦っている間に女の子の姿がなくなっていたのだ!
「このガキは返してもらったからな!」
声に振り向けば、ダッドがいつの間にか姿を消したはずの通路の前で、あの少女を抱えているではないか。
「いつの間に! ちょっと返しなさいよ!」
「お前らが先に盗もうとしたんじゃねえか! 炎の矢!」
ひええええっ⁉
ダッドがあたし達の真上めがけて放った炎の矢は天井を穿ち、崩れ落ちてくる!
大小の欠片が降ってきて、あたしは咄嗟にレオンの腕を引き寄せて剣の柄を掲げていた。
「障壁!」
詠唱なしに術を発動すると、あたし達の周りに不可視の結界が現れ、崩れてきた天井の破片から身を守ってくれた。
「た、助かった。ミナ」
「ううん。次はないから……」
あたしの剣の柄につけている宝玉。実は魔法道具で魔術を一つだけ予め封じておくことができる。いつだったか、姉が戦利品のお裾分けだとかでくれたのだ。
封じた魔術は今のように発動言葉を唱えるだけで発動してくれるが、使ってしまえば空になるので、再び使う場合は封じておく必要がある。
土煙が止み、周囲の様子が見れるようになったところであたしは術を解いた。
辺りは岩の欠片が転がっていて歩きにくくなっているが、思ったほどの被害ではなさそうだ。
「とりあえず通路は通れるみたいだな」
「目くらましで天井崩す? 普通……。とにかく追うわよ」
「どっちに行ったかわかるのか?」
「わかるもなにも、天井が崩れてる部屋を突っ切れるとは思えないし、あいつがいた方向しか逃げようがないじゃない」
説明すると、レオンが申し訳なさそうに頬をかいた。
「いや、そうじゃなくて、その通路がどっちかわかるのかって話で……」
「そっちっ⁉」
むしろ動いてないのになんでわかんなくなるの⁉
あーもう……。「とにかくついてきて」と告げて、あたしはレオンの前を歩き始めた。
ダッドが逃げ込んだと思しき部屋の入口から中を覗くと、なにやらキラキラと空間が輝いて――。
「おー! これが噂のお宝の山⁉」
あたしは思わず我を忘れて入り口に堂々と立って中を覗き込んでいた。
金貨銀貨に宝石まで、蝋燭の灯りを反射させて天井まで光り輝かせている。すごーいすごい!
「おっ、お前らどうしてここに!」
その金銀財宝のど真ん中でダッドが驚いた顔でこっちを見ている。
その傍らには、さっきの女の子もちゃんといた。
「だって、道塞がってなかったし、ほら、さっき濡鼠にしたから、濡れた靴跡がずっとここまで」
「追ってくるのは意外と楽だったな」
「しまった、忘れてたぁ!」
おいおい、忘れるなよ。
実際、通路に足を踏み込んですぐのところに染みを作った地面を見つけて、ははぁ、となったのである。
ダッドはオークを喚び出したあと、逃げたふりをして通路に身を潜め、あたしたちの気が完全にオークに向いた所でメルを奪還したのだろう。その時に身を潜めていた場所に水が滴って跡になっていたのだ。
篝火があるとはいえ洞窟内の気温は低い。そうそうずぶ濡れの状態が乾くものではない。ならば、濡れた足跡があるのでは、と地面を探してみたら、案の定あったのでそれを追ってきた、というわけである。
これが賊に身を落とすような人間の脳みそなのだろうか。
喋りながら、あたしはちらりとダッドの足元を見て影が出ていること、女の子の影と重なっていないことを確認する。
「まあとにかく、その子は返してもらうわ。つ・い・で・に、この辺のお宝もちょちょーっとだけもらってくわね♡
刀影縫!」
胴巻きから隠しナイフを一つ取り出し、呪文を放ちざま、ダッドの足元の地面に向かって鋭く投げ放つ。
「あっ⁉」
ダッドが濁音付きで慌てた時点ではもう遅い! あたしの放ったナイフは、ダッドの影を地面へと縫いとめていた。
なんてことはない、ただの金縛りの術である。
「レオン、ダッドが動けないうちにあの子を」
「了解!」
そうしてあたしは、っと♪
カラの袋を取り出して、その辺の金貨を数枚拾い集めてしまい込む。
「あっ、この泥棒!」
「泥棒はどっちだ! ミナもがっつくなっ」
レオンはお母さんか。
初めてこんなに金貨銀貨を見てしまってウハウハと気分が高揚してしまったが、レオンも女の子を連れて戻ってきたので、仕方がないと最後に手に取った宝石をしまって顔をあげる。
と、蝋燭の反射光とは違う光が視界をかすめた。
その光がなんなのかを瞬間的に悟ると、咄嗟にレオンを引っ張って部屋の外へと飛び出した。
まずい! さっきの光はたぶん火炎球!
どうする⁉ 爆発の衝撃をさっきみたいに防御結界で防ぐ⁉ ううん、衝撃が分散しないこんな狭い通路で使っても、あたしが負けて圧しつぶされるし……そうか! だったら炸裂する前に!
「火炎球!」
呪文発動の言葉と共に、紅い光が入り口を通り抜け、狭い一本通路を一直線に、あたしたちに向かって高速で迫ってくる。
イチかバチか!
「炎切滅!」
あたしの剣が太陽を連想させる朱色の炎に包まれる。
レオンを先に行かせ、あたしは振り向きざまにタイミングをはかってその炎球を真っ二つに叩き切った。
なにかと衝突することで爆発を引き起こすはずのその炎球は、斬った全てを焼き尽くす剣の炎に包まれ燃え尽き――ないで、膨らんでる?
……あ、そーか。炎や爆発の衝撃は物理的に存在してるから燃やせるけど、核の術式そのものは物理的に存在してないから、炎切滅じゃ燃やせないのか。なるほどー。
「ミナっ!」
あたしが感心していると、後ろでレオンがあたしの名を呼んだ。それを機に、あたしは二つの炎球に背を向け走り出す。
「入り口まで急いで走って!」
あたしは叫ぶが、すぐに情けない声が返ってくる。
「いやオレが先に行くとたぶん入り口にたどり着けん……」
…………。
こいつがド級の方向音痴なの忘れてたー!
「だーもう使えるんだか使えないんだかああああ」
あたしは慌ててレオンの前に出ると、つけてきた目印を頼りに先導して走り出す。
「さっき一体なにやったんだ⁉」
「後で説明するからっ! とにかく、あれの均衡が崩れて完全に爆発する前に外へ!」
しっかしこんな屋内であんな術使うなんて、なに考えてんだあのダッドとか言う男! 通路どころかここが崩れて――。
とか考えてると、ずっと後方でなにかが盛大に崩れる音が轟いてきた。
『あ』
あたしとレオンはその音が何かを理解して、同時に声を漏らしていた。
あたしは念のため持続させていた術を解き、先程よりも速度を上げる。出口はもうすぐ、前方に白い光が見えてきた!
外に飛び出して十分に距離を取ってから振り返ると、洞窟があったと思われる山だか丘だかの形が現在進行系で変形している。ついでになんだか中から「わー」とか「ぎゃー」とか悲鳴が響いてきていた。
あたしとレオンは無言で顔を見合わせる。
「戻るか」
「うん」
一瞬で意思疎通すると、あたしは剣を鞘へと収めた。