四、嵐過ぎて、凶兆 - 4
そうなると、メルに確かめないといけないことがある。いまのメルに聞くのは気が引けるのだけど。
「ごめん、メル。一つ嫌なこと確認させて」
「なん、ですか?」
「メルのご両親たちって、本当に魔族に殺されたの?」
メルが息を呑む気配がした。レオンがあたしの肩を掴む。
「おいミナ、それはっ」
だが、あたしはレオンを無視して、メルに話しかける。
「アルが、妙なことを言っていたのよ。『純血の天使族はメル以外命を絶った』って。魔族に殺されたなら、『命を絶った』なんて表現、しないでしょう?」
「――それじゃあ……おとうさんたちは、みずから命を絶ったって、そういうんですか⁉︎ どうしてわたしをおいて、そんなことをするひつようがあるんですかっ⁉︎」
食らいつくような泣き顔で、メルがあたしを強い眼差しで刺す。
「それは、わからないわ。でもその様子だと、メルはご両親たちが亡くなるところを、見ていないみたいね」
メルは「はい」とも「いいえ」とも答えなかったが、声を詰まらせて顔をくしゃくしゃにする。
その様子だけで、あたしの言葉がそうだと肯定しているようなものだった。
「考えたら、魔族には天使族を殺す理由がないのよ。彼らは『鍵』なんだから、自分たちでそれらを潰す必要、ないでしょう?
他の天使族がどうしてメルだけを残して自ら命を断つような真似をしたのか、それはわからないわ。でも、なぜそうしなければならなかったか、の推測はできる。
メルが唯一、天使の力を使えなかったから――じゃないの?」
アンナとハンナはそれで理解したのか、目をハッと瞠っていた。その一方で、レオンはピンときていない顔をしている。
「それがどうして、メルだけを生かす流れになるんだ?」
「メルだけを残せば時間稼ぎが、それもうまくいけば人ひとり分の人生くらいはできるかもしれないわけよ。
そして今回のことを踏まえると、たぶん、魔族たちも知らないんじゃないかしら。どうしたら子供の天使族が天使の力を使えるようになるのかを。だから回りくどく、わざわざアルをダシにして、メルをけしかけるようなことを言ってきたんじゃないの?」
そうすれば、魔族の不自然な点が全て繋がる。あたしは半ば確信しながら、考えを口にした。
「メルが本当に純血の、天使族の血を引く者かどうか。天使の力を持っているのかどうかを、確かめたかったんだと思うの。魔族が欲しいのは、天使の力だから」
レオンが息を飲み、アンナとハンナは表情を変えない。メルがどんな反応をしたのかは、俯いていて、よくわからなかった。
もし、あたしの考え通りなら、ダッドの「実験は成功だ」という発言の意味も理解できる。
たぶん、引き金を引いてしまったのはアルと、あたしのとってしまった行動だろう。
アルは言わずもがな、メルにとって同族で、かつ、親しい間柄だ。そのアルを助けなければならない状況に追い込んだら、使うかもしれないと踏んだのではないだろうか。
このような力の類の封印というのは、精神、あるいは、霊の部分が関与していると考えられている。
魔族もそれを知っていて、精神に揺さぶりをかけにきたのだろう。
更にあたしだが、こっちはアルでダメだった時の保険だろう。
そのため魔族には、メルに信用され、親しい関係を築ける「人間」が必要だった。
それらを総合的に考えた末、手元に置いておく状態では、力の有無を確認できないと、魔族たちは踏んだのではないだろうか。
そして恐らく、あたしとレオンがメルと出会った時から、今回の仕込みは始まっていた。
前回、ダッドが手を抜きまくってあたしと戦ったのは、あたしたちがメルを託すに足るか見定めるため。あたしたちはその意図には全く気付かず、まんまとダッドのお眼鏡に適ってしまった。
そして、今回の実験を実行した。
あたしがそこまでの考えを全て伝えると、レオンの眉間のシワが濃くなった。
「確かに筋は通ってるが……、そうするとあの盗賊の巣は、潰されるのが目的の使い捨てだったことになるぞ」
「たぶん、そうだったんでしょうね。盗賊団なんか潰されたって、誰も気にも留めないだろうし。盗賊団程度、潰せるくらいの腕が最低ライン、ってことだったんじゃないかしら」
まあ、運が良いのか悪いのか、ハルベス村の近くなんかに構えちゃってたのはどうなんだろうか。
先に村の姉ちゃんたちに潰されてたら、魔族の企みなんて根こそぎ潰れてたんじゃないだろうかと思わなくもないが、結果としてはあたしが引き受けてしまったわけだし。
「まーあんたの考えは大体わかったわ。合ってるにしろ見当違いにしろどっちでもいーけど、魔族が天使の力の解放の方法を知らないだろーってのは、あたしも同意見」
「そうですね。ただ、そうなると少々事情が厄介になったように感じます」
「厄介?」
アンナの言葉に、あたしは首をかしげる。
「魔族達の動きが、本格化するのではないか、ということです。
指輪を集めても、純血の天使族がいなければ、封印を解くことはできません。ミナさんの話の通りであれば、メルさんにさえ確証を持てなかった魔族達が、指輪集めを本格的に行っていたとは思えないんです。
ですが、今回のことで状況が少し変わります。メルさんに天使族の力がちゃんとあるのが判明した以上、魔族達は本格的に指輪とメルさんを奪いにくるのではないですか?」
冷静な目であたしたちを見つめるアンナの考えは、疑いようもなくその通りだと思った。
「これからもっと、戦いが厳しくなる、ってことよね」
あたしの確認に、アンナは頷く。
今回、アルにさえアレだけ苦戦したというのに、立ち向かった所であたしたちに勝ち目はあるんだろうか――正直、そう思うところもある。
それでもここまで深く関わった以上、いまさら引く気には、あたしはなれなかった。
魔族に利用されたことも、アルを助けられなかったことも、全部ひっくるめて、借りを返した上で、魔王復活を阻止しないことには、あたしの気は晴れそうもない。
「――上等よ。やってやろうじゃない。やられっぱなしは性に合わないし。そもそも関わった最初から、降りるつもりなんて、あたしはないわよ」
「オレも、ここで降りる気はないよ。ミナもこう言ってる以上、ほっとけないし。二人はいいのか?」
レオンも残ってくれると言ってくれたことに、自然と肩の力が抜けた。自分で感じているより緊張していたみたいだ。
まあ、薄情な人だったら、前回魔族が関わっているとわかった時点で手を引いているだろうけれど。
逆に問いかけられた白魔女の二人は、澱みなく意思を示す。
「答えるまでもないし」
「私たちは、最後までメルさんと行動を共にいたします。それが、白魔女ですので。それに私たち、メルさんのこと、大好きですから」
アンナが柔らかく微笑む横で、ハンナはそっぽを向いた。あれは、照れているのだろうか……?
「二人がいてくれるなら、オレ達も心強いよ。なあ、ミナ、メル」
「うん、正直そう」
あたしは答えたが、メルは返事をしない。
「ふ〜ん。この天才美少女魔女ハンナ様がいるありがたさが、分かったってわけ」
「態度は気に入らないけどね」
鼻高く胸を反りそうなハンナに即答すると「なんでよ!」と文句が出た。が、それをアンナがいつも通り制している。





