四、嵐過ぎて、凶兆 - 1
メルがアルに触れた――そこから先は、一瞬のことだった。
恐らく、当初考えていた通り、メルはアルに、自身の魔力を流したのだろう。
神聖魔術は、創造神や天使の力が源となる。「天使の力」と言っていたので、それらに詳しいメルは、もしかしたら神聖魔術を根底にした方法で、魔力を流すなりしたのかもしれない。
その辺はあたしの想像でしかないから、実際どうなのかは、あたしにはわからない。
だが、そんな想像をせずにはいられない光景が、目の前で起きたのだ。
メルがアルに触れた瞬間――アルが、塵と崩れた。
それは風にさらわれ、何処かへと霧散する。
あたしも、メルも、その瞬く間の光景を、ただ、ただ茫然と眺めることしかできなかった。
アルが消えたその跡に、わずかに発光する月光樹の葉が、どこからともなく、ひらりと舞い落ちる。
「ぇ……ぁ、る……」
メルがわなわなと震えながら、緩慢にアルがいた空間から自分の手の平へと視線を移す。
「所詮、この程度か」
後ろに流した青の短髪、鎧を覆うマント、灰色の肌に際立つ、色が反転した目。
声のした方を向けば、あたしたちの近くにダッドが佇んでいた。蔑む目でメルを見下している。
間合いは十分空いているが、あたしはダッドの出方に警戒する。
「今度はアンタが相手?」
「その形で、私の相手が務まると思っているのか? 本気ならつくづく愚かと思うほかないが」
まあ、無理だろうな。かと言って、わざわざ嫌味だけを言いに出てきたわけでもあるまいに。
「天使族の小娘。お前があの小僧を殺した」
こ、こいつ⁉︎
あたしとの会話は終わったと言わんばかりに、メルに言葉を降らすダッド。
突きつけられた言葉に、メルの顔から血の気が引いていくのが目に見えてわかる。
「ちょっとあんたっ」
「天使の力のないお前では、結局そんな結末しか引き寄せられん」
「いいかげんにしてっ!」
あたしはダッドの言葉を怒声で遮る。
「わざわざそんなこと言いにでてきたのっ⁉︎ なんのつもりよ⁉︎ アンタら魔族、みんな性根腐ってんじゃないのっ⁉︎」
今までの積もり積もった感情を、あたしは全てダッドにぶつけていた。
ダッドの視線がメルからあたしに流れる。
おもむろに腰から剣を抜く仕草をしたかと思うと、いつの間にか、その手には剣が握られていた。長さや幅から見て、バスタードだろう。
その切っ先が、あたしに向けられる。反射的に防御姿勢をとっていた。
「それでは、お前は誰一人守れはしない。死なせるだけだ」
ダッドが地面を蹴ったと思った一拍後には、キン――と、金属同士がぶつかる音が響いていた。
間合いの外にいたはずなのに、速いっ!
一撃目は、なんとか防いだが、さすがに万全と呼べる状態でないあたしは、二撃目への対応が遅れ、剣を巻き上げられる。
「よく見ておけ。これがキサマが周りにもたらす未来だ」
ダッドは、大上段から剣を振り抜いた。あたしはそれを白刃どり、横に受け流す。だが、ダッドは更にそこから剣を無理やり横に寝かせ、滑らせた。
あたしの肋骨に、ダッドの剣がめり込んで嫌な音を立てる。
「ぁ、ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ――」
その瞬間、メルの悲鳴とも慟哭ともわからぬ声が、月下の天の丘に響き渡る。
あたしの視界は、白い光に呑まれていた。
『メルの心を守ってくれ』
薄れる痛みと意識の向こうで、そんなアルの言葉と「実験は成功だ」という声が、聞こえた気がした。





