三、天近き、沈黙の丘 - 3
大人しく彼についていくと、廃墟に紛れるようにして屋根や壁が補修された家が一軒だけ現れた。
「一晩だけだぞ」
アルが扉を開けて、あたしたちをその家に招き入れてくれる。
「あら、どうも。もしかして、あんたの家だったり?」
「だったら」
「別に〜」
と口にはしつつ、家の中をざっと観察する。入り口近くに水瓶があり、その横に調理場と思われる空間が伸びている。入り口から見て部屋の右奥には暖炉があり、その脇に薪が置いてあった。入り口から左側には扉が一つあり、奥の部屋に続いているようだ。ぱっと見、人が生活する一式は揃っているようである。
アルが暖炉に火を入れ、部屋が暖まってきたところで、あたしは話を切り出した。
「それじゃあメル。改めて彼のこと、教えてくれるかしら?」
「あ、はい。かれはわたしのおさななじみで、アル=セイラルトといいます。しばらくはわたしたちといっしょにいたんですが、魔族たちにつかまったあたりから、アルだけ、すがたがみえなくなって……。でも、きょう、ぶじなすがたを、かくにんできたんです」
メルは普段の気弱で遠慮しがちな態度とは裏腹に、流暢に言葉を並べていく。
しかし、その説明だと……。
「オレは、純血じゃないんだ」
突然のアルの発言に、全員の視線が彼に集まる。
「変な疑い持たれてる気がするから先に言っとくけど、オレはメルみたいに純血じゃない。天使と人間の混血だ」
「混血……って、天使と人間って交配出来るのか」
「そこまで知るか。できるからこうしてオレがいるんだろう」
レオンの疑問に、アルは反抗的な態度で答える。出会った時から一貫して、あたしたちとあまり関わりたくない感じが、彼の言動から滲み出ている。
「で、混血だから、なに? 魔族は純血以外に用はないって?」
「当たり前だろう。混血に天使の力はないんだから」
アルのその一言であたしは「あ、そーなんだ」と納得した。
アルは、自分がメルの前から姿を消した理由を、混血は今の理由で不要だから魔族の手を逃れた、と言いたいのだろう。彼の今の話をそのまま信じるならば、の話ではあるが。
「とりあえず理由はわかった、って言っとくわ。それで、アルはメルと離れてから何をしてたの?」
「ここに戻ってきた。もしかして、誰か戻ってくるかもしれないと思って。そしたら――メルが来た」
「アル……!」
メルはアルの言葉に喜んでいるが、あたしは、アルがメルを見る際に少し躊躇したように見えたのが気になった。
思い返せば最初からそうだ。メルはアルと再会できて今もこんなに喜んでいる。というのに、アルの方はあまり嬉しそうに見えない。どちらかというと戸惑っている様にすら見えなくもない。
「メルとアルって、仲よかったのよね?」
「としのちかいこどもが、わたしとアルだけでしたから。ね」
「ああ」
あたしの素朴な疑問に二人は淀みなく答える。うーん、アルの声にも迷いはなさそうだったし、たぶん今のは本当なんだろうな。
「しっかし、メルは歳が十って言ってたぞ。アルは何歳で一人暮らし始めたんだ?」
このレオンの質問に、アルは「答えたくない」と回答してはくれなかった。
あたしが「それじゃあ」と続けようとしたところで、ぐぅ、とあたしのお腹が鳴る。
「……」
「……」
その場に沈黙が流れる。みんなの視線が刺さって、は、はずかしい……。
あたしがお腹を押さえながら、あらぬ方向を見つめていると、アンナとハンナが立ち上がる。
「それでは、そろそろお夕飯の支度を始めましょうか。ミナさんも手伝っていただけますか?」
「それは、いいけど」
「では、メルさんとアルさんは、ゆっくりされていてください。調理場をお借りいたします」
「ああ」
アルの了承を得ると、あたしたちは邪魔になりそうな防具だけを調理場近くの壁際に外して置いてから、広くもない調理場へと移動する。小柄な女性三人とはいえ、一度に立ったら狭そうである。
別に料理はできなくはないけれど、なんで呼ばれたんだろう……。
「ハンナ、とりあえず火を起こしておいて」
「はーい」
「それで、ミナさん」
ハンナが竃に火を入れるための薪を探しに出て行ったところで、アンナがあたしに小声で話しかけてくる。
「先ほどのアルさんのお話、どこまで信じられますか?」
なるほど、そういう話をするためにあたしだけ連れてきたのか。この距離ならレオンが一人側にいれば、ある程度の安全は確保できる。レオンも彼のことは薄々勘付いているっぽいし、情報共有なら後であたしの方から彼にできる。さらに付け加えると、あたしがこっちにくることに違和感は発生しにくい。
見た目はあたしと歳が同じくらいに見えるんだけど、この魔女の二人、本当は何歳なんだろう……?
「言ってることは本当っぽいんだけど、まるっと怪しさ大爆発、かしら」
「同じ感想で安心しました」
アンナは安堵した顔で胸の息を吐き出している。
メルには悪いのだが、向こうが死霊使いであることは先日の戦いで判明している。操られた死者は死人とは思えないほど生者のように動き回っていて、見た目で判断するのは難しかったのだ。メルの経緯を聞く限りでは、彼も死者ではないか、と疑ってしまうのは当然と言えるだろう。
「彼との接触が魔族の罠である可能性は十分に高いです。このまま、夜を共にされますか?」
アンナに聞かれ、あたしは居間にいるメルをそっと覗き見る。
今までに見ないほど明るい顔でアルに話しかけては、その受け答えを聞いて、出会った時には想像できないほどの笑顔を見せている。
「――あのメルを見て『あなたのことが信用できないから、やっぱり野宿します』って、アンナ言える? あたしは言いにくいんだけど……」
「そこ、なんですよね」
アンナは深々とため息をついた。
安全を確保するなら、選択など迷う必要はないのだが、いかんせん、そちらを選ぶとメルの怒りはしっかり買いそうなのだ。もしくは、落ち込ませるか、それ以外か。
今のメルの気持ちは完全にアルに向いている。そんなメルをうまく説得できなかった場合、想像外のことをしでかす可能性も全くないわけじゃないだろう。
「あとで、メルのいないところでアルと話したいこともなくはないし。あたしたちが気にかけておく――じゃ、ダメかしらね」
「お気楽な人間が考えそーなことねー」
あたしの提案に、外から戻ってきたハンナが気持ちのこもらない感想を呟きながら、あたしの横を通っていく。
「それでうまくいくならいーけど、最悪の結果になった時、メルがどうなるかは想像したんだか。まぁ、あたしはどっちでもいーけど」
「ふーん。随分冷たいのね」
「それはどっちなんだか」
ハンナは横目であたしを見たが、すぐに興味を失ったように竃に視線を落とす。拾ってきたばかりの枝をそのまま放り込んで、指先から火を灯した。
「その枝、乾燥させなくて大丈夫なの?」
「さっき外で乾燥させてきた」
「あ、そう。お早いことで」
あたしの村では、魔術で木を乾燥させるところを見たことがないのだが、魔女だと薪作りも魔法でちょちょいとできちゃうのだろうか。
「そーいえば、メルの時は二人ともすぐに天使族だってわかってたみたいだけど、アルはどうなの?」
「そこが、わからないんです。少なくとも、アルさんご本人からは天使族の力を感じられません。混血だからなのか、死者だからなのかはハッキリしませんが」
「ハンナの、霊視能力とやらでは、なんかわかんないの?」
「そっちで死者かどうか見分けるには、肉体と魂の繋がりや肉体に対して魂がどこにあるかを視るけど、彼に関しては、魂が肉体に収まってるからそれ以上はわかんない」
へーそういうもんなんだ。つーか、随分素直に教えてくれたな、ハンナ。
「それでアンナ、なに作るの」
「新鮮な食材を使えませんから、今日は保存食です」
と言って、アンナの手によって作られたのは、お湯で戻した干し肉とキノコをブラックペッパーで炒めた物に、干し大根とマッシュルームを軽く塩で和えたサラダ、あとはチーズと干しぶどうだ。
アンナの横で具材を切りながら手伝っていたが、乾物たちが瞬く間にいい匂いを漂わせてきたところに彼女の手際の良さが伺える。
「はい、今日のところはこの辺りです」
「おお……。あたし、本気でアンナに料理習おうかしら……」
ひとり旅に戻った時、携帯食でこれだけ作れたら野宿でも多少疲れがとれそうだ。
「そこまで言っていただけると嬉しいですね。私はご一緒している間でしたら、一向に構いませんよ」
移動に、魔術研究に、剣の稽古――そこに料理修行を入れてこなせるだろうか。あたしは少しだけ唸ってから「考えておく」とアンナに伝えた。
携帯用の器に盛り付けて、レオンたちのところに持っていくと、三人ともあたし同様、出てきた夕飯に驚いていた。レオンもメルも、携帯食だからそれほど期待はしていなかったのだろう。こちらに興味のなさそうなアルも一緒に驚いていたのは意外だったけど。
「かたづけは、おてつだいします」
とても美味しい夕飯をとり終えると、メルが双子に片付けを申し出た。
「では、お手伝い、よろしくお願いします。メルさん」
アンナがハンナとメルを連れて食器を外に持ち出していく。
レオンが「じゃあオレも」と片付け組みについていこうとするのを、あたしは引き止める。
「レオン、ちょっと夜の散歩に付き合わない?」
「え? 別に構わないが」
怪訝そうな彼の許可を取ると、あたしは同じく残っているアルにも声をかける。
「アルも腹ごなしに一緒にどう?」





