三、天近き、沈黙の丘 - 1
天の丘――その場所がそう呼ばれるのには、訳がある。
天使族が選び住んだ場所なので、この大陸の中で最も天界に近い場所なのだとか、そもそも天に続く道があるのだとか、中身自体は諸説あるが、そのどれもが天使族の存在に由来していることだ。
かつてそこに、確かに天使族と呼ばれた地上の天使たちは、暮らしていたのである。
天の丘はレイソナルシティから南下して、早くて半月、かかってもひと月ほどの場所にある。レイソナルシティがアルデルト王国の北端ならば、天の丘はアルデルト王国の南端、しかも外れの国境沿いにあるのだ。あたし達もそのくらいの日数で、ようやく目的の丘の目の前にまでたどり着いていた。
「……ちょっと聞いていい?」
あたしは目の前に聳える高い高い壁を見上げて呆然と仲間達に尋ねる。
「天の丘ってまさか……」
「この上ですよ」
無慈悲にもアンナがあたしの予想を肯定してくれる。
場所はアンナとハンナが知っているということだったので、案内は二人にお願いし、あたしは地図を見ながら着いてきたのだが、山と谷を二つ三つ越えて案内された場所は、更に一際大きく空に飛び出している、丘と呼ぶにはふさわしくない場所だったのだ。
場所は竜の山脈から続いている山脈の端で、すでにその山を登ってきてはいるのだが、アンナはさらに目的の場所は、この急崖の上だと言ってくれる。
「どーやって登るのこれ! 魔術使わないと無理じゃない!」
「天使様は翼をお持ちでしたから」
眉を八の字にして困ったように答えるアンナ。それを聞いたレオンがメルに質問する。
「メルも飛べるのか?」
「と、とべませんよ⁉︎ わたしはつばさをもってませんからね⁉︎」
「だそーですが、アンナ案内人」
慌てるメルを示しながら、あたしがアンナに再び返すと、アンナは「そうなんですか?」と小首を傾げている。
「その辺りは私も詳しくないのですが、天使族も必要な時は翼を使われていたと聞いていましたが……」
その横でハンナは話が振られる前に自ら
「言っとくけど、あたしも知らないから」
と告げてきた。
「あ、そう」
「じゃあ、さっさと行くわよ」
「行くって……?」
ハンナがどこかに向かって歩き始めるのを怪訝そうに見つめるあたし。
ハンナは肩越しにあたしに振り向き、目の前の急勾配から左を指差した。
「向こうの方が傾斜が緩やかだから、そこから登るしかないじゃん」
「えぇ〜……」
登るったって、ほぼ壁を登るに近いんじゃ……。
「めんどくさいし、ぱぱっと飛んでいかない?」
「こんな標高の高いところで風をまとって具合悪くしても、あたしは放置するから」
身も蓋もないハンナに、あたしは頰を引きつらせる。アンナも今回は苦笑いで彼女を諌めるようなことはしなかった。
魔術による高山病とでもいうのだろうか。体が慣れないうちに標高の高い場所で風をまとって飛んだりしようとすると、具合が悪くなるケースがいくつも報告されているのだ。一説では空気の関係だと言われているが、原因はまだよくわかっていない。
二人の反応から見るに、どうも魔女の魔法でも、それは変わらないようだ。
あたしの嫌な顔をよそに、レオンもメルもハンナの後についていく。
「まあ、登れないことはないだろうし、頑張れ」
レオンに至っては、あたしを追い越しざまにそんな言葉をかけてくれるが、全く嬉しくはない。
はぁー。でも登るしか、ないのかぁ……。
あたしは深々とため息をついてから、渋々と後ろについていった。





