二、霧深き森の魔女 - 6
「で、皆さん、どこから迷い込んで来られたか、記憶にありますか?」
アンナにお茶を出され、それぞれ口をつけたタイミングで、彼女に質問をされた。
何のお茶かはわからないが、ほっとする香りが立っていて、ほんのりと甘みを感じる。一言で言えば美味しい。
お茶の味を堪能しながら、あたしは眉を八の字にしてハンナを睨め据えた。
「最初は目印付けながら移動してたんだけど、だ〜れかさんのせいで、完全に場所を見失っちゃったのよね〜」
「はんっ! 不法侵入してくる方が悪いんだし」
相変わらず丁寧すぎるアンナとは正反対に、ハンナの態度はすこぶる悪い。
「これから一緒に旅をするんだから、少しは態度を改めてってば、ハンナ」
「あたしが同行するのはメル様であって、こんな弱っちぃ人間どもじゃないもん」
「ハンナ!」
アンナが咎めるも、ハンナはどこ吹く風である。
「さっきからあたし達のこと弱っちい弱っちいって言ってるけど、これで、戦闘で役に立たなかったら絶対笑ってやるんだから」
「は? あたしの幻覚にすぐに気づけないような、弱小魔術師なんて、まずあたしの相手にならないんですけどー。魔女舐めてんじゃないわよ」
「へー。じゃあ、卑怯な手で相手を驚かすことしかできないのが魔女ってやつなのねー? それはおそろしーわー」
「あらぁ、言ってくれじゃない。口だけ三流魔術師風情が」
「コミュニケーションが円滑にできない三流以下の魔女に言われたくないわね〜」
うふふ、おほほ、とどこかから声が聞こえてきそうな雰囲気になったところで、パンっと一つ手が鳴った。
「はいはい、その辺にしとこうな。オレたち一応、今は客人なんだから」
「ハンナも。あたし以外の方にすぐ反抗的な態度を取るのはやめてちょうだい」
音を鳴らしたのはアンナ。それを合図にレオンとアンナがあたしとハンナの間に入ったのだ。
「で、ハンナ。ミナさん達が入ってきた場所、覚えてる?」
「覚えてるよ。忘れっぽい人間とは違うもん」
自分のことを棚に上げてるけど、あれは忘れっぽいの関係ないと思うけどな。
この家に入ったとこから見ていると、ハンナはアンナの言うことには従うようにしているみたいだ。これなら、ちゃんと帰れそうである。帰ったらまず……。
「そうだ、ゴブリン退治してる途中だった〜」
「……ゴブリン?」
あたしが根本的な原因を思わず口にすると、なぜかハンナが小さく反応していた。それに気づいたのか気づいてないのかはわからないが、アンナが不思議そうに聞き返してくる。
「ゴブリン退治をされていたのですか?」
「そーなの。妙に知能のあるゴブリンを退治している途中だったんだけど、ちょっとした事故が起きて、気づいたらこの森に迷い込んでたのよ」
「それは災難でしたね。——で、ハンナ。このゴブリンにも何か心当たりがあるの?」
アンナの一言で、再び全員の視線がハンナに集まる。ハンナはなぜか机に肘をつき、組んだ両手で口を隠すようにし、神妙な顔をしている。
「心当たり、ってゆーか……そーいえば少し前、退屈しのぎにゴブリンと話した記憶があるなー、ってのを思い出しただけで」
「ゴブリンと話す⁉︎ ゴブリンと会話できるのか⁉︎」
レオンがガタンっとイスを鳴らし、勢いよくハンナの方に身を乗り出す。その瞳はキラキラと子供のように輝いている。
「あたしはある程度、意思疎通できるけど」
レオンの勢いに飲まれたのか、珍しく素直に答えるハンナ。一方でアンナは「私はできませんよ」と申告していた。
「それで、話したって、なにを?」
アンナがうまい具合に話の続きを促す。レオンにスイッチが入るとそれはそれで長くなるから、グッジョブと言わざるを得ない。
「うーん。ちょっと面白い人間のからかい方? 罠の作り方とか、どうしたら人間が嫌がるかとか、そーゆーのを面白半分に教えてほっぽっといたよーな気が……。どーせアイツら低脳だし、すぐ忘れると思ってからかったつもりだったんだけど。そっかぁー、律儀に実行してたんだー」
『お前のせいかー‼︎』
深刻な顔つきでため息をついているハンナに、あたしとレオンの怒鳴り声がハモる!
あのゴブリンたちは人様への悪戯がエスカレートしていて、さらに罠もあちこちに仕掛けて住処を守っていた。あまりにも符号しすぎてるでしょーが‼︎
「話した時期はいつ頃だ⁉︎」
「……たぶん、半月前くらい?」
村人の話とも一致する‼︎
そもそもの原因にまさか辿り着くとは思っていなかったあたしたちは、ハンナを見つめながら呆然とする。
「ミナさん、レオンさん、メルさん……」
音もなく張り詰めた水面のような声が、あたしたちにかけられる。あたしもレオンもメルも、恐る恐るアンナの方を向く。
アンナは俯いたまま、あたしたちに「どういう被害があって退治を依頼されたのですか?」と尋ねてきたので、聞いた話をそのまま伝えた。
話が進むに連れてハンナの顔がどんどん青ざめていったが、とりあえずそこには構わず、あたしとレオンとメルは話を終える。
「ハンナ……」
静かな水面は、氷に変わっていた。ようやく顔を上げたアンナの口元は笑ってはいたが、目は据わっている。
「責任の取り方は、わかってるよね?」
ハッキリとした怒気がこもった声に、あたしですら圧倒されて心臓を握られた心地になる。それを全て向けられているハンナは、カチコチに固まったまま、首を振り子のように勢いよく振り続けた。
「そうよね。私の自慢の妹だもんね。皆さん、ゴブリンのことは妹に一任してください。ご迷惑もおかけいたしましたし、もう日も暮れます。今日はこのままうちにお泊りください」
笑顔であたしたちに頭を下げるアンナの横で、ハンナは凍ったように固まり続けていた。





