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MIND STRONG ADVENTURES !  作者: 瑞代 あや
第一章 アルカスの少女
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二、やりましょう! 初めての依頼 - 2

 はっきりと言おう。まさか彼がここまで方向音痴だとは思わなかった。

 お店の位置はなんてことはない、役場からそれほど離れていない、一本道で行ける大通りの一角にあったのだ。普通の人なら五分もあれば着いただろう。

 ところが、彼に任せてみたらなぜかあっちこっち歩き回って最終的にあたしがお店の特徴を聞き出して案内するという羽目に陥った。

 辿り着くのに有した時間はなんと四十分。

 な、なるほど。これは森で迷ったら通りすがりの赤の他人に縋りたくなるわけだ、と納得してしまった。

「いやーすまないな、お嬢ちゃん」

 テーブルを挟んで向かいに座る彼は、照れながらメニュー片手に後ろ頭をかいている。

「いーわよ。あなたのことよーくわかったから。これでさっきの指輪の件、貸し借りなしってことで」

「りょーかい。で、なに食べる? なんでもいいぞ。育ち盛りなんだから遠慮するなよ」

 ほほう、言ったな。遠慮するなと言うなら、本当に遠慮しないからな――と、口には出さずにあたしはメニューに目を通す。

 うーん、どれも美味しそうだけど、とりあえずは。

「じゃあ、ランチセット各一人前ずつ」

「へえ、意外と食うんだな。じゃあオレはAとBで。すみませーん」

 お、驚かないとは意外。これでも村では食べ過ぎだと心配されることもしばしばだったのだが、あたしは少しだけ彼を見直した。

 あと、彼もほぼ同じ量を食べれるとは。

 そんなことを考えている間にも彼はお店の人を呼んで注文を済ませている。お店の人が厨房に戻ったところで彼はあたしに改めて向き直り、なぜか声量を落として聞いてきた。

「さっきから気になってたんだけど、いいか?」

「なによ、そんなひそひそ話しみたいな」

「お嬢ちゃんの村って、よくある普通の村、だよな?」

 あたしはこめかみを抑えたくなった。

 先ほど散々に普通じゃないとかなんとか言ってた気がするんだが、あたしの気のせいだっただろうか。

「あたしにとっては普通の村よ。他の村を知らないから。

 七歳でナイフ一つで森に放り出されて野宿の仕方を覚えたり、毎日森を駆け回って罠を回避するヤマカンつけまくったり、とりあえず武器とか言って細い丸太持たせられて大人にフルボッコにされたり……で鍛えられるのがあなたの知る普通なら、普通なんじゃない?」

「全然普通じゃねえ!」

 うん、だろうなとは思ってた。

 自分で口に出していてなんだこの村って思ったけど、あたしの頭は、一応世間一般的常識に則って働いているらしい。そうとわかると謎の安心感がある。

「あたしの村、昔っから戦士とやらを排出してる村だとかで、子供の頃からそーゆーの仕込まれるのよ」

「よく生きてたなー、お嬢ちゃん」

 自分でもそう思うが、あれで死なない手加減はわかってやっているようだし、回復魔術は真っ先に教えられる術だったりする。

 そのため、応急手当ては村人全員できるし、村には専属医みたいな人もいて、治療系魔術には事欠かなかったので、スタンスとしては「死ななきゃなんとかなる」って感じだった……気がする。

 今頭の中で整理してても、やっぱこの村おかしいや。

「それじゃ、お嬢ちゃんもそこそこできるのか?」

「さあね、言わないわよ」

「昨日、剣士って言ってたけど、それにしちゃ随分軽装だよな」

 彼は、あたしがテーブルに立てかけた鞘をちらりと横目で見ながら、あたしの服装を一瞥する。

 大きめの淡い黄色の貫頭衣に薄金(うすがね)腹部鎧アブドミナル・プレートをつけ、その上から飾り布を差した胴巻をつけている。

 スカートの下には革製の短いレギンスを穿き、足は膝上丈の布で覆い、手袋とブーツは青みがかったファーの着いた同じデザインのものを揃えている。

 赤みを帯びた、ひだまり色の髪を流す、魔霊竜(スピリット・ドラゴン)のヒゲを編み込んだ暗色のマントは、魔法石(アミュレット)をはめ込んだ魔海竜(シー・サーペント)の鱗から削り出した肩鎧(ショルダーガード)で固定している。

 まあ、普通に見ればこれは剣士というより魔術師である。あたしも、そのつもりでこの服装を選んでいる。が別にわざわざ言う必要もないので黙っておこーっと。

 確かに彼の胸部鎧(チェスト・プレート)や籠手などの装備に比べたら軽装かもしれないが、あたしからすれば彼も剣士にしては軽装に見える。

「あたしはこの方が動きやすいのよ」

 とまあ、そんな感じで彼とあれやこれやと話していると料理が目の前のテーブルに運ばれてきた。

 パンが、サラダが、お肉が、芳醇な香りを漂わせ、あたしの食欲をそそる。うーん美味しそう♡

 料理が並び終わり、運んできたおばちゃんが去ると「いっただっきまーす!」とあたしたちはフォークとナイフを手に取った。

 サラダはシャキシャキと新鮮な音を立て、使われているドレッシングはサッパリとして野菜によく合っていたし、肉は少し固めだったが味付けは申し分なく、かけられていたソースなど、あたし好みの味だった。スープは塩分控えめの薄味で、好みが分かれそうなところである。

 テーブルに並べられた料理を二人でペロリと平らげて、食後のデザートを堪能していると、ちょうど食べ終わる頃を見計らってお店のおばちゃんが声をかけてきた。

「ところで髪の長いお嬢ちゃん、もしかしてハルベス村の子かい?」

 食後のお茶に手を伸ばしながらあたしはおばちゃんを見る。

「そーだけど?」

 目をパチクリとさせながらそう答えると、周りが「おお?」とどよめいた。その中から、昼から酒を片手に飲んでいた男が、ヒョイとあたしたちのテーブルを覗いてくる。

「今年はお嬢ちゃんが初めてだなぁ。今年は嬢ちゃんだけかい?」

「え? あ、まあ。確か」

「そーかいそーかい。がんばんだぜぇ、新人ちゃん」

 あたしもレオンも訳が分からず、クエスチョンマークを複数浮かべていると、おばちゃんが苦笑しながら教えてくれた。

「ここ、お嬢ちゃんとこの村から一番近いだろう? だから、旅に出た子達は大抵最初にここを経由していくのさ。あたしら町のもんも恒例行事みたいなもんで楽しみにしてるのよ」

 へー意外。迷惑でもかけているのかと思っていたので感心していると「お嬢ちゃん、お金についてはわかるかい?」と声が飛んできた。

「金貨、銀貨、銅貨でしょ?」

「そうそう。それぞれの価値は?」

 傍に並ぶテーブルから上半身を乗り出しながら、おじさんが続けて聞いてくる。

「金貨が一番価値が高くて、比価は一対十対千だっけ」

 あたしがそう答えると、なぜか周りから拍手が上がった。あたし、今拍手されるようなことしたっけ……?

 レオンも状況が飲み込めないのかキョトンとして、いつの間にか周りを囲っていた客たちを眺め回している。

「いやね、ハルベス村の子達ってお金を使う機会がないからか、知らない子が多いんだよ」

 あたしはその一言に、ビシッと固まった。

 た、確かに、基本、子供は一人で村の外を出歩く機会がないので、お金なんて使う機会が全くない。村ではお金をやり取りするまでもなく物々交換で済んでしまうし、お金を使う機会が皆無なのだ。

 あたしでさえ、姉にこの町に連れてきてもらって、お金の使い方を教えてもらった時くらいしか、使った記憶が思いつかない。

 ……知らない方が当然かも知れない。

「まあ、お嬢ちゃんは金銭のやり取りは理解してそうだね。なら、ちょいと一つ頼まれちゃくれないかね」

「なにを?」

「ハルベス村の人にぴったりの、オバケ退治さ」

 ほう、オバケ――ってなんだろう。

 なにがぴったりなのかはよくわからないが、これが姉ちゃんの言っていた仕事の依頼というやつかな。

「近くにオバケ? が出るの?」

「そうらしいのさ。おかげで、そっちから旅人が流れてこなくなっててね。ここんところ、お客の入りも減ってんだよ」

「そりゃメーワクな。別にいい」

「おいおい、ちょっと待った」

 あたしが快く了承しようとしたところを、今まで黙っていたレオンが慌てて止めに入る。

「先に規模と報酬を確認しろって。骨折り損のくたびれ儲けになったらどうするんだ」

 あ、確かに。

 割り込まれてムッとしていたあたしは、言われて初めてそのことに気づく。

「で、そのオバケって、どこに出てどのくらいの強さなんだ?」

「出るのはこの町から南東の街に伸びる街道さ。鬱蒼としたアルカスの森、ってとこを抜ける道があってね、そこによく出るって話だよ。ただねぇ、姿を見たやつはいるとかいないとかで、どーゆうやつかは、あたしらも知らんのさね。

 そんな噂が広まっちまって、みんな怖がってそこを通れないのさ」

 おばちゃんはやれやれとため息をつく。

 オバケは出るが見た者はいない、とは妙竹林な話である。

「どうせ悪いヤツが何かやらかしてるだろうから、あたしに退治ないし、正体を暴いて欲しいってこと?」

「ふふ、まあそんなとこさね。本当にそんなオバケがいるのか、いないのか。いたなら退治ってところだね。そろそろハルベス村の人に頼もうか、って話にはなってはいたから、ちょうど良かったよ。報酬は銀三枚でどうだい」

 銀三枚――って、相場としてはどうなんだろう。

 正体不明となると、こちらは対策や準備のしようがないから、危険性を考慮しても銅働きってことはまずないだろう。でも、規模もわからないわけだし、実際銀三枚以上の働きをする可能性もあるわけで……もうちょっと盛っても罰は当たんないかな?

「正体不明を相手にするのにそれはないんじゃない? おばちゃん。金三枚なら受けるけど、どう?」

「うーん、金一枚にまけちゃくれないかい?」

「まけても二枚!」

 あたしが指を二本立てておばちゃんの目をじーっと見ると、仕方ないねえ、と首を縦に振った。

「よっしゃ! じゃあ、金二で! あ、ランチご馳走様! おいしかったわ。ランチ代はそこの男の人が払ってくれるらしーから。じゃっ!」

 あたしは彼の返事も聞かずに捲し立て、テーブルに立てかけていた剣を手に取ると、さっさとお店を出て例の街道に続く町の出入り口に向かう。

 と、その途中に、またも後ろから「おーい」と声がかけられる。

 肩越しに振り返ると、レオンが背後から走ってきていた。こちらに用はないが、また落し物でもしたのだろうかと、あたしは思わず持ち物を確認してしまった。

「お嬢ちゃん待ってくれって」

 そう言って追いついてきた彼の息は上がっていない。

 あたしは足を止めてちゃんと彼に振り向いた。

「なんで? まだ着いてくるの?」

「お嬢ちゃん、こういう仕事引き受けたことないだろう?」

 まあ、そうだけど。

 まさかそれで心配して追ってきたとか? いやいやいや。

「戦い方は嫌という程叩き込まれてるから、心配するならお門違いよ」

「でもお嬢ちゃん、常識には疎そうだし。心配するなって方が無理というか」

「しっつれいね! 常識くらいわかりますー知ってますー」

「知ってたらいきなり役場で改名申請出さねーぞ……」

 あたしは彼の脛を思いっきり蹴った。

 またその話を蒸し返すか!

「いい? そーゆー心配はありがた迷惑って言うの! 全部まるっと揃えてお返しするわ」

「相手の規模もわからないんだから、オレがいたって困らんだろ」

「取り分が減る!」

「そこかよ!」

 あたしの迷いない断言にレオンはずっこける。 

 レオンの取り分なんて考慮してないんだから、とーぜんじゃない。

「だいたい、十四の女の子を、しかも旅も仕事も初めての人間を、一人で行かせられるわけないだろう。何かあったらどうするんだ」

「なにかって?」

 あたしが聞き返すとレオンはしばらく唸ってうまい例が見つからなかったのか、違う話を切り出した。

「そもそも人を斬ったりしたことなんてないだろう?」

「あるけど」

 即答してあたしはその時のことを思い出し、ぶるり、と身を震わせた。

 レオンはあたしの答えに絶句し、なんでかオロオロし始める。

「あ、気まずい理由とかじゃないから、気にしなくていーんだけど」

「そ、そーなのか?」

「いやね、村で剣の練習してる時に、

 どんなに剣を練習したって、いざという時に相手を斬れなかったら意味がねぇ、てめぇのへなちょこ剣で斬られた程度で俺は死なねーから、一回斬ってみろや

 ……って村のおっちゃんに強要されたことがあってね……」

「斬ったのか……」

「仕方なく。おっちゃん、今でもピンピンしてるから、あれはきっと化け物か何かの類だと、子供ながらに思ったわ」

 沈黙。

 ま、まあ、こんな話されても反応に困るわなー。さて、どうしよう。彼はどうやら本気で心配してくれているようだし、こんな話をしても引き下がるとも思えない。

「で、やっぱり付いてくるの? もう止めないから好きにしたら」

「お、おう。なんか余計にお嬢ちゃんのこと心配になってきてから、そうするわ」

 なんでよ――とは口には出さなかったが、ともかくあたしは彼と連れだって一路、アカルスの森を目指すのだった。

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