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MIND STRONG ADVENTURES !  作者: 瑞代 あや
第二章 エヴィンハルハの天使
20/45

一、レイソナルシティ - 1

 レイソナルシティに着いて、はや一ヶ月。

 街の図書館や魔術学会の論文解読に日を費やしていたら、あっという間に時間が過ぎていた。その間に季節は夏から秋へと移り始め、突っ立っていたら肌をチリっと焼きそうだった暑さは、徐々にその勢いをなくしつつある。夜はぐっと冷えるようになってきて、昼と夜の寒暖差が激しい。

 一緒に旅をしている剣士・レオンが言うには、そんな南大陸北部の夏は、粘っこくなくて過ごしやすいのだそうだ。

「南の方に行ったことあるんだが、あんな寝苦しいのは初めてだった」

 と愚痴っていたので、かなり気候差があるらしい。確かに、寝苦しい夜なんてのには遭遇したことがない。

 字のサイズがキッチリ揃えられた、誰かが書いた論文の紙束から顔を上げ、窓の外を見る。赤いレンガで造形された街が、夕陽の光に照らされてさらに赤みを増していた。その中を、店じまいした屋台の人達や、家路を急ぐ女子供の姿が通り過ぎていく。

 隣で長机に伏して寝ているメルを確認し、あたしは一つ伸びをして席を立つ。

 いつもなら肩鎧(ショルダー・ガード)にマントを引っ掛けて羽織っているが、調べ物には邪魔になるからと、外して机横に置いたり椅子の背もたれにかけたりしている。

 今は淡い黄色の貫頭衣に飾り布と腹部鎧アブドミナル・プレートだけをつけているので、体が軽い。手袋やブーツはそのままだけれど。

 中庭に面した窓を開けて外の様子を伺い見る。ここは建物の一階。中庭はまだ青々とした芝生に覆われている。昼間であれば、ここで魔術初学者が魔術の練習をしていて賑やかなものだが、日も暮れかけている今は人の影一つ見当たらない。

 さてと。あたしは意識を集中し、自分の魔力を辿っていく。

 なにせ、一度離れたら方向音痴ゆえにどこに行くかも想定できないレオンと、魔族に狙われているメルが一緒なのだ。念のため、目印を持たせておくことにしたのだがこれが大正解。レオンを一人で出歩かせても合流できるようになった。

 近くにあるのは、メルに渡したもの。もう一つ遠くにあるのは……よしよし、レオンもちゃんとこっちに向かえているようだ。もうしばらくして戻ってこなかったら、こちらから迎えにいくとしよう。

 レオンがなぜ別行動をしているかというと、日銭を稼ぐためである。なにぶん一ヶ月の滞在となると滞在費が馬鹿にならない。あたしも日の高いうちは魔術学会主催の初心者向け講義のアシスタントをさせてもらい、いくらかの小銭をもらっている。

 が、それ以外の時間はほとんど本や紙に埋もれていた。

 なんせ、魔王伝説の資料がないことないこと。ありきたりなことしか書いてなく、探してもとんと見つかりゃしない。

 じゃあ、天使族については、と探すもこれもあたしが知っている以上のことは出てこない。

 そんな訳で、今は対魔族用に使えそうな術がないかと、神聖魔術の論文を読み漁っているというわけなのだが、論文は論文。理論が書いてあるだけで、組み立てるのはあたし自身。つまり、あたしがその論文の中身を正確に理解しなければ、術を使ってみるどころではないのだ。

 神聖魔術ならとメルにも手伝ってもらっているわけだが、彼女は彼女で精霊魔術をちゃんと勉強してみたいと、あたしが手伝わせてもらっている初心者向け講義に、生徒側として参加している。

 実は最初だけはレオンも、あたしやメルに付き合って一緒にこの講義に参加していた。

 講義内容は、学会側が用意した杖を使って基本的な呪文構成などを理解するものである。

 この支給される杖には、あらかじめ呪文が刻み込まれており、杖に魔力を注ぎながら、それに紐付いた呪文名を音にすれば発動する仕組みになっている。

 言ってしまえば、呪文を理解していなくても、魔力さえあればこの杖で基礎魔術が誰でも使える、という代物である。

 しかし彼は、この杖を握っても魔術のまの字も出せなくて、早々に外で仕事を見つけてくるようになっていた。

 そりゃ「魔術は、とんとダメ」と言うわけである。

 そんなこんなでメルは、あたしの横で、魔術基礎である呪文構成の勉強をしていたのだが、疲れて眠ってしまっていたようである。

「メル、そろそろ退去する時間よ」

 夜は学会図書館も当然閉まる。現に学会の役員の人が閉館作業を始めている。

 軽くメルを揺すると、彼女はすぐに目を覚ました。肩で切りそろえられた空色の綺麗な髪が揺れ、その下から端正で柔らかそうな肌の美少女の顔が現れる。

「――あっ、すみません、ミナさん!」

 すぐに状況を理解したのか、慌てて机の上を片付け始める彼女。

 先日、盗賊から助け出した少女で、なんとこう見えて、かの伝説の地上に舞い降りた天使の末裔なのである。今はそんな神聖なイメージとは真逆の黒を基調とした長衣(ローブ)に革の丈が短いズボンといった格好をしている。

「慌てなくていいから。あたしも今から片付けるし。出たらレオンを迎えに行くわよ」

「その前に、少しよろしいですか?」

 すでに人もまばらな図書館内に響く声。あたしもメルも片付けの手を止め、声の主を探して図書館の入り口まで視線を移動させる。そこには、ここ魔術学会レイソナルシティ支部の支部長の姿があった。

 毛先に近い方で緩く束ねた赤い長髪に、堀のある面長の顔、落ち着いた色の長衣(ローブ)に身を包んだ、そこそこ歳のあるおじさんである。

「ああ、片付けはどうぞ続けてください。その後に少しだけお話を」

「はあ……」

 例のアシスタントの件とか、図書館利用とかの話をする時に、何回か顔を合わせてはいるが、なんかマズイことでもしてしまったのだろうか?

 呼び出しを受けた理由がわからずにメルと顔を見合わせつつも、あたし達は言われた通りに片付けをして、律儀に入り口で待っていた支部長の所に向かった。

「それで、なんの御用でしょう?」

「確か、お金に困っていたのは、君達でしたよね」

「それは、まあ。滞在費もバカにならないので」

 あたしの受け答えに、支部長は何を納得しているのか、しきりに頷いている。

「なら一つ、仕事を頼まれてはくれないかね。報酬は、それなりに出そう」

「それなりって……どれなりです?」

「金五十は」

 金貨五十枚――⁉︎

 自分の目の色が変わるのがわかる。金貨五十枚、三人の旅費で使ってもあと一ヶ月は働かずに滞在できる額……!

 勢いであたしが「やる」と返事をしようとした直前に、メルにマントをくいっ、と引かれた。

「ミナさん、なにをするのか聞かなくていいんですか?」

「い、今から聞こうと思ってたのよ」

 メルに引き止められ、あたしは冷や汗をかきながら、こほん、と咳払い。

「で、金貨五十枚も積んで、あたしたちに何をして欲しいんでしょう?」

 支部長は表情一つ変えずに、仕事内容を告げる。

「魔術師なら簡単な、ゴブリン退治ですよ」

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