三、謎の少女・メル - 6
それから三日後。時刻は日がだいぶ傾いてきている頃。トレイトのような妙な出来事もなく、平穏無事に、あたしたちは、トレイトタウンとレイソナルシティの間にある、一番大きな宿場町だというケルディアタウンに辿り着いていた。
もちろん道中、メルを知っている人間を探しながら来たが、一人にも出会わなかった。
さて、このケルディアタウン、名前こそ町だが、広さでいえばトレイトタウンよりも広く、大きいらしい。これでも、主要な街に比べたら小さいというのだから、これから向かうレイソナルシティはどれだけ大きいのだろう。
「あ、武器屋さん」
宿屋を探して町を歩いていると、あたしは武器屋の看板を見つけて思わず足を止める。
年季の入った青銅色をした外壁に、細工の入った窓に挟まれた人が一人通れる大きさのベル付きの片開きの扉。扉にはめ込まれているガラスは、曇りガラスでただの明り取りか、飾りのようだ。左右の窓から中を覗き込むも、窓側にも物が置かれて塞がれているため店内の広さはよくわからないが、少なくとも大小様々な種類の剣や槍、戦斧に全身鎧などが飾ってあるのが垣間見えた。
「寄るか?」
隣を歩いていたレオンが、足を止めて聞いてくれる。
「うーん。寄りたいけど……、先に宿屋探したほうがいいわよね」
「ついでに場所を聞いたら、早そうだけどな」
あーそれは、確かに。
レオンの提案にあたしは、納得し、
「それじゃあ、ちょっとだけ、いい?」
と許可を取る。
「用がないと暇なだけかもしれないけど。なんなら、メルと外で待っててくれてもいいし」
「下手に別れるほうが怖いから」
レオンはそう言って、さっさとお店の入り口を開けている。前より自覚出てきた……?
なんて邪推するものの、あたしはお言葉に甘えて武器屋で買い物をさせてもらうこととする。
目的は隠しナイフである。消耗した分を補給したいのはモチロンだが、実のところ、村を出た時点で胴巻に空きはあったので、ずーっと欲しかったのである。いいものがあればいいけれど。
店に入れば、さして広くも見えない店内に、所狭しと武器やら防具やらが並べられている。初見はその量に圧倒されてしまうが、よく見れば一応種類ごとに分けて置かれているようだ。
出入り口から見て右奥に、よく見ればカウンターがある。眉間にシワを寄せ、口を真一文字にした頑固そうな男が、そこからこちらを見ていた。恐らく、この店の店主だろう。
「……いらっしゃい」
ほら、声も硬いし、反応が気難しそうだぞ。
「こんにちは。ここって、隠し武器とかも扱ってる?」
店主は、あたしを上から下までじっくり眺めてから、表情を変えずに口を開く。
「そっちの男じゃなく、お前さんが使うのかい?」
「そうだけど、なにか問題が?」
あたしが聞き返すと、店主はカウンターから立ち上がりながら答えた。
「うちで扱ってんのは、子供の遊び道具じゃねえよ、って思っただけだ」
むっかっ。あたしは何回子供扱いされんきゃならんのだ! それも、初対面の人間に‼
「失礼ですけど、あたしもこれで、立派な戦士なわけでして」
売ってもらえなくなるのは困るので、あたしはそれでも自制する。しかし、あたしのその心ばかりの反論は、店主に鼻で笑われた。
「オレはてっきり走り出しの大道芸人かと思ったよ。そういうのは、もう少し連れの男並みに実戦経験を積んでから言うんだな。客としては扱ってやるが」
このおっさん、なんで、あたしよりレオンのほうが実戦経験多いってわかったんだろうか。それを聞き返すまでもなく、店主は店の奥に姿を消している。
しかし、偉そうに人を見下しやがって……! これで、ろくでもない武器を勧めてきたら躊躇なくぶん殴ってやる。
あたしが内心で憤っている間にも、店主は奥から箱を二、三個抱えて戻ってくる。
「うちで扱ってるので、お前さんにも扱えそうな隠し武器はこの辺だな。欲しいのはあるかい?」
店主はカウンターの上に箱を並べると、フタを開けて中を見せてくれる。中に並べられていたのは、あたしの欲しい隠しナイフの他に、針や寸鉄、パッと見武器にすら見えないものまで並んでいる。
これ、本当の暗器ってやつじゃ……。
とりあえず、そういう暗器には今のところ用がないので、あたしは、ほぼ刃物部分だけで持ち手が少ないタイプの隠しナイフを指差し、店主に尋ねる。
「あたしが欲しいのはこのタイプの隠しナイフだけど……触ってみてもいい?」
「壊すんじゃねえぞ」
店主の許可を得て、あたしはその隠しナイフを手にとって眺める。こっそりと魔力を送って反応を確かめてみるが、悪くない反応が返ってきた。魔力の通り方、耐久、魔力の保持――その他もろもろ、私の魔力との相性は良さそうだ。
ふむふむ。まあ、使い捨てだし悪くはないかなー。
「この隠しナイフ、あと、いくつくらいあるの? できれば、十本くらい欲しいんだけど」
「用途は聞かんが、扱いには気をつけろ」
どうやらあるらしい。店主はもう一度奥に引っ込んだ。
しかしなんでこう、返事が捻くれて返ってくるかな……。
店主が奥からまた箱を二つ抱えて戻ってくる。隠しナイフの入っていなかった箱はカウンターの上から片付けられ、そこに、新しく運んできた箱が並べられた。その中には、同じタイプの隠しナイフがずらりと並べられている。
「選びな」
「じゃあ、触るわね」
宣言してから、あたしは一つ一つ隠しナイフを確認していく。魔力相性がいいことが第一条件で、斬れ味はまあ、あとでどうとでもなる。
魔力を通してその反応を見るだけの作業ではあるが、これだけあると、さすがにバラツキが結構ある。最初に見たのは、まずまずいい方だったかもしれない。
あるものは、魔力回路が外にも複数繋がっているのか、魔力が通る感覚はあるものの、暖簾を腕押ししているように手応えがない。勝手に魔力が放出されるようでは、魔力を込め続けるには向いていない。
あるものは、魔力回路は細いし、魔力許容量も小さくて、通しにくさを感じながら魔力を送ってみても、すぐにどん詰まりになる。とても魔術の媒体に使えるものではない。使っても大して威力を発揮してくれないだろう。
あるものは、魔力回路は太いが、剣そのものの魔力耐久がなさすぎて、うっかり壊すかと思った。当然、これも魔術の媒体には使えたもんじゃない。
その他エトセトラ……とあるが、これだけ数があると、魔力回路のバランスの当たり外れが大きいことが、改めてよくわかる。これが見た目でパッとわかれば、選別作業に苦労しないのになぁ。
脳内で愚痴を吐き出していても仕方がないが、繊細かつ単純な作業をようやく終えて、あたしはなんとか十本のナイフを選出する。
「それじゃ、これで。全部でいくら?」
店主は、あたしの選んだナイフを確認して、なぜかメルに声をかけた。
「そっちの子には、何も買わないのかい」
レオンの影に隠れるようにして突っ立っていたメルは、店主に話しかけられても、何の反応も示さない。
「この子のことか?」
レオンが一応、メルを示して確認した。店主は「おう」と頷く。
「彼じゃなくて、この子に? なんで?」
レオンは腰に剣を提げているから、武器屋に用があるのはわかるのだが、メルはそう言った武器は持っていない。
「そういう臭いがする」
「そういうって……どういう?」
全く意味の分からない答えに、あたしは反射的に聞き返していた。
「言葉にするのは、難しいな……。そうだな、そっちの剣士の男にゃ、死線を掻い潜ってきたっていう臭いがするが、お前さんにはしない。だが、まあ、店に入ってきた時の所作から、鍛錬は積んでるってのはわかったから、客としては扱ってやった」
あ、もしかしてさっき「連れの男並みに実戦経験を積んでから」って言っていたのは、そういう意味だったのか。
店主はメルに視線を据えて、言葉を続ける。
「そっちの小娘は、お前さんよりはそういう死線を潜っている臭いがする」
その言葉に、あたしとレオンは、思わずメルの方を見ていた。
どうせ田舎の武器屋の店主の戯言――と打ち捨てるのは簡単だが、無視できないなにかを、あたしも、レオンも、メルから感じ取っていたからだろう。
結局あたしの武器だけを購入し、教えてもらった近くの宿屋にあたしたちは向かっていた。
あたしは先頭を歩きながら、先程の店主の様子を思い出す。
「さっきの武器屋の店主、もしかして霊能力者だったのかなぁ」
見えないものを視る能力者の逸話と先程の店主の様子が似通っているのに、店を出た後に気付き、我知らずそんな言葉をこぼしていた。
「さいきっかー? それは、なんなんだ?」
あ、知らないか。歩みは止めず、肩越しに振り返ってみると、彼は疑問符を顔いっぱいに貼り付けている。
まあ、魔術師の間でも研究対象としてはマイナー分野らしいし、魔術師じゃない人なら尚更知らないかも。
「霊を視る能力者、と書いて霊視能力者よ」
「霊……って、幽霊のことか?」
あたしの答えに、あまりピンときていないようだ。まあ、幽霊のことも霊と端的に呼ばれたりするので、紛らわしいっちゃ紛らわしいが、この霊はその霊とはちょっと意味合いが異なっている。
「幽霊なら自分でも見ることがある、って言いたいんでしょ。違うわよ。それだったら、特別な呼称なんて必要ないわ。
ここでいう霊ってのは、生き物の霊体のことよ。霊体はわかる?」
レオンは首を横に振る。
「なあそれ、長くなる話か?」
間髪入れずに問われて「うーん?」と考える。
「長くなるかも」
「じゃあ、飯の時でいいか?」
レオンが足を止めたので、あたしもメルも倣うように足を止める。
「なんで?」
「そこ、さっきの武器屋の旦那が言ってた宿屋だろ」
レオンがつい、と指差す方角を見れば、話している間に、あたしたちは宿屋の前に到着していた。
部屋を取り、食堂に移動して注文してから水を一口。あたしは説明の続きを始めた。
「じゃあ、さっきの説明の続きだけど。
人……というか、生物は、肉体と霊体と、精神体からできている、と言われているの」
「あー……なんか、火の魔術の説明をしてもらった時に話してた、あれか?」
お、覚えてたのか。それなら話が早い。
「そうそう、それ。幽霊はわかるわよね。あれは肉体がない、霊体と精神体だけの存在だと言われているの。あれ、普通の剣じゃ攻撃が通らないんでしょ?」
「効かないから相手にするのは避けるな。魔法剣か、聖職者が使う魔術じゃないと、どうにかできないんだろ。オレもそうしているのしか見たことない」
レオンの体験談に、あたしはふむふむと首を縦に揺らす。
さすがに、村の森の周りに幽霊が出るってことはない。知識としてしか知らないので、そういう彼の体験談はあたし個人としては興味深い。
「肉体は、文字通り物理的に存在する、生身の身体のこと。幽霊はそれがないから、基本的に物理的な攻撃力しか持たない剣じゃ、攻撃してもダメージを与えられないの。
霊体は、肉体と精神体を繋ぐもので、人が生きるための活力、生命体ってところね。幽霊の形として見えるのは、この霊体の部分って言われているの。
で、最後の精神体は、人間の感情を持っている部分って言われているわ。これは、幽霊を見ても視えない部分。幽霊を見ても、何考えてるか、とか、どういう感情が働いてるか、ってのはわからないでしょ? 精神体ってのはそういうこと」
レオンは虚空を見つめて唸っている。
うーん、幽霊を例にしたけど、逆にわかりにくかったかしら?
「その、エーテル体ってのは、死んだらなくなるわけじゃないのか? 活力とか、生命体とか言っていたけど」
「読んだ話じゃ、死んでもしばらくはなくならないそうよ」
「よくわからんが、そういうもんなのか……」
レオンは気のない返事をする。大丈夫かなー?
「他に質問ないなら話戻すけど、この中で、霊体と精神体は通常、見ることはできないと言われているのよ」
「ん? さっきの幽霊は?」
うむ、当然の疑問である。
幽霊は普通の人にも見えることがほとんどらしいし、レオンも見たことがあると言っていた。今の説明では彼の経験上、見えてしまってはおかしい。
ちゃんとそこに気づくとはエライエライ。
「あれは特別ね。肉体を失って、幽霊自体が生きてる人間に姿を見せようと働きかけている結果、偶然的に見えているだけで、本来は見えないものなんだとか。特に、生きてる人間の肉体以外を目視することは、できないそうよ。生きてる人の周りにオーラみたいなものって、見たことないでしょ?」
このオーラがいわゆる霊体と言われているやつらしいのだが、これに限れば、武芸の達人とかになると視れなくとも、気配として感じることができる、と唱えている人もいる。それはさすがに、どうなんだろう……?
あたしの確認に、レオンが少し考えて、曖昧に頷く。
「たぶん、ないな」
「それが相手の生死問わずに視えてしまうのが、霊視能力者の特異性なのよ。でもね、通常の霊視能力者と呼ばれる人も、霊体は視れても、精神体までは、はっきりと視えないそうよ。
じゃあ、なんでその三つで成り立っていると言われているのかって話になるんだけど、昔から『生き物は肉体と魂で構成されている』って考え方があるのは知ってる?」
あたしの確認に「それは聞いたことある」と、レオン。
さすがに知ってるか。昔っからある概念みたいなものだし。
「その考えにメスを入れて、さらに詳細に分類した人がいて、その人が、生き物は『肉体と霊体と精神体の三つで構成されている』と唱えたそうよ。この場合、魂を霊体と精神体に分けたというわけね。それを唱えた人が、霊視能力者の第一人者、アウストラーという人なんだけど、もうずっと昔の故人よ。
歴史上に名を残す霊視能力者なんだけど、その人は、生きている人間の霊体も精神体もはっきりと視えたって言われているわ。だから、そんなことを言い出したらしいんだけど、まあ、誰も同じ世界を視たことがないから、世間の反応は半信半疑だったって話よ」
当然っちゃ当然である。自分の目に映らない存在を信じろ、っていう方が難しい。
それでも、魔術学会で扱われているのは、その真偽を確かめる意味合いが強いのだろう。少なからず、彼の説は正しいと肯定する霊視能力者は存在しているそうだし。
「……なんだか、難しい世界だな……」
あたしの説明を聞き終えたレオンは、一言ぼそりと、そう漏らす。
あたしはそれに同意する。
「まあねぇ。『誰も同じ世界を視たことがない』って言ったけど、実際、魔術師学会で把握している霊視能力者の数って少ないのよ。この手の研究、霊視能力者じゃないと確認しようがないのに、そんな感じだから研究の進み具合もお察しってところ」
研究する人がいないと研究は進められないが、進められる素質ある人が進めようとしないのだ。話を聞いた時は、見事な悪循環だなーと思ったものである。
「それで、なんで武器屋の旦那がそれだと思ったんだ? お前は」
ここまで説明して、ようやく話が頭に戻った。
あたしは歩きながら思い出した話をレオンに説明する。
「霊視能力者って、霊体からいろいろと情報を読み取れるって話を思い出してね。話じゃ、その有名な霊視能力者さんとかは、相手の考えていることをピタリと当てた、寿命をピタリと当てた、なんて逸話も残っているらしいし」
まあ、伝承なので、どこまでが本当の話か、なんてのはわからないのだけど。
「だから、もしかしてあの店主のおじさんも、そういうのを視て『臭いがする』なんて表現を使ったのかなーと思ってね。
ま、そういう意味でも霊視能力ってのは特殊すぎて、昔からあまり周りの理解を得られないそうよ。だから、口を閉ざして霊視能力者であることを隠す人が多いんだって」
だから、魔術学会で把握してる数が少ないわけだが。
しかし、レオンもこの様子じゃ、まだまだ霊視能力ってのは、認知されてなさそうだ。この分野、いましばらくは前途多難そうである。
話が一区切りした辺りで、ちょうどよく、テーブルに料理が運ばれてきた。
あたしが今日頼んだのは、牛肉と茎ニンニクの炒め物をメインとした、ポテトサラダにオニオンメスープ、季節のアイスのセット、二人前だ。レオンはあたしと同じもの、メルはオムレツのセットだ。念のため付け加えるが、二人は一人前である。
料理が全て並び終わるのを待って、あたしはレオンに確認する。
「とりあえず、霊視能力者については、わかった?」
「どうだろうなぁ……。なんとなく、かなぁ。せっかく長々と説明してもらって悪いんだが」
「別にいいわよ。あたしもこの手の話、最初わけわかんなかったし。いきなり全部を覚えろとは言わないわよ。理解しようとするだけ立派だと思うし」
あたしも歳を経て、あれこれ魔術師の本を読み漁って、ようやく段々とそーゆうもんなのだと思うようになったくらいだし。
「ま、長話はこの辺にして、冷めないうちにいただきましょ♪」
話を締めくくると、できたてほかほか、白い湯気をたてるおかずたちに、あたしはフォークを突き立てた。





